第54話「そうはならんやろ」

 突如龍が襲来したことで、城塞都市フォールドからはあらゆる勢力が撤退した。

 大陸同盟の関係者や、同盟から依頼を受けている冒険者たち、そして彼らの様子を密かに伺っていたプリムス王国暗部の者たちなど、一切合切が、だ。


 かつて、魔術都市フォルトゥーナが龍によって滅ぼされるという災害があった。

 一般には、魔術によって建造された、天をも掴まんばかりの高さを誇る塔を龍が見咎め、フォルトゥーナに関連する者すべてを葬ったと言われている。


 しかし、王国や同盟の上層部はそうではないと知っている。

 なぜなら、大陸全土を見渡せば、フォルトゥーナの塔よりも高い塔が以前より存在していたからだ。

 人間ごときが不遜にも天空に手を伸ばしてきた。それを厭うてのことならば、疾うの昔に高い塔は破壊されていたはずである。

 にもかかわらず、フォルトゥーナだけが滅ぼされたのには、そうされるだけの理由があったから。

 その理由こそが決戦魔術具。

 そしておそらくは、広範囲に渡る深刻な魔素枯渇現象なのだろう。

 そのことを誰よりも知っていたのは、フォルトゥーナで研究をさせていたプリムス王国と、その研究の進捗報告を受けていた大陸同盟である。


 あの時のフォルトゥーナでの龍の徹底ぶりを思えば、フォールドの末路も推して知るべしである。

 そう考えた関係者たちは、持てる資料や物資をすべて持ち、速やかに撤退したのだ。

 ところが幸か不幸か、龍はフォールド上空を軽く旋回した後、すぐに移動した。

 フォルトゥーナの時ほどの緊急性はない、と判断したからだろうか。

 フォールドを後にした龍が向かったのは、プリムス王都であった。 


 しかし龍は王都を遠目に見て、その直前にさらに向きを変えた。


 次に龍が向かった先は、メディアードの町だった。

 メディアードの町は一日にして、瓦礫ですらない砂利の山と化した。

 そこまではよかった。いや町を丸ごと砂利に変えられてしまった住民たちには不幸なことだったが、人類全体にとってはそれどころではなかった。


 砂利の中心には、龍の死体らしきものが鎮座していたからだ。


 もちろん、ピクリともしないとは言え、もしかしたらただ寝ているだけかもしれない。

 それゆえに、王国の調査部隊や一部の冒険者たちが何週間もかけ、メディアードを調査した。

 かつてフォルトゥーナに現れた際の記録から、横たわる生物は確かに龍であることが確認された。

 ただ、俗に英雄級と呼ばれる強者──冒険者等級で表すと四つ星以上──が龍の死体に近づくと、なぜか本来の実力を発揮できなくなるとの報告があったため、王国上層部はただちに英雄たちを退かせ、別の者たちに調査を引き継がせた。


 その結果、龍らしき生物は確かに死んでいることが判明する。

 そればかりか、龍の死体の前には、なぜか縄で繋がれた八つの酒樽が置いてあった。

 この酒樽はいかなる手段でも破壊することが出来ず、それは樽を繋いでいる縄も同様だった。

 さらに、樽の中の酒らしき液体もいくら掬っても減ることがなかった。

 龍の死体に関係していることは間違いないが、一体どういうことなのか、誰にもわからなかった。


 龍の死亡。

 それは、ここ最近、新魔獣の発見や特急ダンジョンの認定、プリムス王国の同盟脱退など、どれかひとつでも歴史に刻まれるほどの出来事が続いた中での、それらすべてを過去にする超重大な事件である。


 当初、同盟はこの情報を統制しようと試みたが、無駄だった。

 メディアード避難民を通じて、すでに多くの人が見聞きしていたことに加え、発信源がプリムス王国だったことも大きい。

 この時点ですでにプリムス王国は大陸同盟から除名されていたため、情報統制の指示が行き届かなかったからだ。


 プリムス王国は、あらゆる手段を使ってこの事実を大陸中に広めようと画策した。


 因縁深き龍を討ち倒し、神より無限に湧き出る神酒を賜った、と。


 同盟から排斥された王国は、龍の死をプロパガンダに使おうとしていた。



 ◇ ◇ ◇



「──我が国は大陸同盟より除名された。それも、ネグロスを匿っているとかいう、不確かな情報のみで、だ」


 いつもの会議場で、国王コルネリウスがそう語る。


「無論、我が国はネグロス・ヴェルデマイヤーを匿ってなどおらん。むしろ、我々の方がの行き先を教えてほしいくらいだ」


 以前の会議では、国王はネグロスを「奴」と呼んでいた。

 しかしこの時、国王がネグロスを呼ぶ「彼」という声には、確かな敬意があった。


「同盟が! そうだと言うのならば! ネグロスがフォールドの地獄を作り出し、その責が我が国にあると断じるのならば!」


 そこで一呼吸おき、会議場を眺める。

 集められた王国重鎮は皆、覚悟を決めた目をしていた。

 それを確認した国王は続けた。


「──真実にするしかあるまい。その言い分を。我が国の罪を!

 しかし! 罪だけ被るわけにはいかぬ! ネグロスの罪が我が国の罪だというのなら、ネグロスの功は我が国の功!

 あの偉大にして傲慢、暴虐にして最悪の災厄である『龍』を、歴史上初めて討ち取ったであろうネグロスの功は! 我が国のものだ! であればもはや、我が国に同盟の庇護など要らぬ!」


 国王コルネリウスは、いや、プリムス王国は、龍が倒されたのはネグロスによる仕業だと確信していた。

 同時に、フォールドが地獄と化したのも彼の仕業だとも。


「探せ! 世紀の大英雄ネグロス・ヴェルデマイヤーを! 地を這ってでもその足取りを追え! 何としてでも見つけ出せ!」


 ばっ、と音を立て、会議場の全ての家臣が頭を下げる。


「探れ! 世紀の大天才ネグロス・ヴェルデマイヤーの研究成果を! 彼の残した痕跡を穴が開くまで調べ尽くし、何としてでも我が国の技術とせよ!」


 頭を下げていた中から宮廷魔術師たちが立ち上がり、敬礼を以て応える。


「これより、大陸同盟は我が国の敵だ! それすなわち、大陸の全ての国が敵に回ったということだ! 心せよ!

 そして、敵には容赦をするな! 見せつけてやるのだ! 龍をも屠る、我が国の力を!」





 ★ ★ ★


これにて第二章「王国の受難」は終了です。

つらいこともたくさんあったけど、王国も最終的にはなんか元気になったみたいでよかったですね(


次回は短めの神視点(神のごとき視点という意味ではない)を挟んで、第三章ですかね。

あ、その前に登場人物とか登場カードまとめみたいなのを一回挿入します。読者の皆様に需要があるかどうか、というより備忘録代わりですね。名前だけ出てて詳細は出てないカードとかも改めて作成します。


それと、第二章と第三章の間には軽めの年代ジャンプを挟みます。半年くらいですかね。

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