第53話「さよならメディアード」

 しばらく世話になっていたメディアードの町だったが、住民は誰もいなくなってしまった。避難したか、龍の被害を受けて死亡したかのいずれかだ。

 待っていれば戻って来る者もいるかもしれないが、冒険者ギルドが再び開くことはないだろう。

 であれば、仮に町が復興したとしても黒狼たちが残る理由はない。


「つっても、それはこの国のどこの町や村でも同じだろうしなァ。もうこの国出るかァ」


「探してた行商人はもういいでござるか?」


「よくはないでござるが……積極的に探すってほどでもねェかな。見つけたら殺すし、見つからなかったらもういいや」


 行商人を恨む気持ちはまだ持っている。

 しかしそれは、どこにいるかもわからない、名前も知らない行商人を探すために費やす時間を考えると、とても天秤に載せられるほどのものでもなかった。


「こっから一番近い国ってどこだ?」


「うーん、わからんでござるな。冒険者ギルドに地図とか残ってないでござるかな」


「あァ、なんか最終的に取るものもとりあえずって感じで逃げてったっぽいし、探しゃあるかもな」


 宿屋跡地のちょうど上くらいに横たわる巨大な龍の死体に背を向け、黒狼とバイケンは冒険者ギルドで火事場泥棒を敢行することにした。


 その成果はというと、十分に満足のいくものだった。

 まず、想定していたとおり、地図があった。メディアード周辺のものから、プリムス王国全体のもの、大陸全体のもの、それ以外にも近隣のいくつかの国のものなど、冷静に考えたら軍事機密だろうと思えるものまで大量に出てきた。

 おそらく冒険者ギルドが事実上大陸同盟の下部組織であることが関係しているのだろう。これは役に立つのですべて持って行く。

 他にもいくつか書類があったが、どれも必要なさそうなものだったので無視する。


 残念だったのは、貨幣の類が一切なかったことだ。

 金庫は残されていたが、中身は空だった。きっと最優先で持ち出されたのだろう。


「おォいバイケン。なんかいいモンあったか?」


「んー。魔獣図鑑とか薬草大全とかは役に立ちそうでござるな。他は特にはなさそうでござる」


「そうかい。んじゃ、この建物ぶっ潰して旅に出るか。幸い、龍ので旅仕度の必要はなくなったからなァ」


 今持っている以外の荷物が置かれていた宿屋は木っ端微塵になっており、しかもその上に巨大な龍の遺体が鎮座している。仮に荷物が無事だったとしても、取り出すのは無理だろう。

 黒狼もバイケンもこの町の治安をそこまで信用していなかったので、宿には特に物は置いてなかったのが幸いだった。置いてあったのは盗まれても構わないもの、各属性のマナ結晶くらいだ。


「なんでギルドぶっ潰しちゃうでござるか?」


「そりゃお前、俺らの火事場泥棒をごまかすためだよ。もう龍はいねェんだから、そのうちみんな戻ってくるだろ。町から出ていくつもりだったギルドの連中が戻ってくるかどうかはわからんけど、もし戻ってきて、地図と図鑑だけ無くなってるのがバレちまったら面倒だろ。だから更地にして誤魔化しとくんだよ。木を隠すなら森の中ってなァ」


 言いながら、連れ立ってギルド支部を出る。

 振り返って見上げてみると、それなりの感慨も湧いてきた。数週間とはいえ、この世界に来て始めて働いて金を稼がせてもらった場所だ。業態としては日雇いの元締めのようなものだったにしろ、世話になったことには違いない。

 人や組織だけでなく、物や建物にまでそうした感慨を抱くのは日本人特有の感覚なのかもしれないが、少なくとも隣の和の国出身の怪しいニンジャも黒狼と同じであるようだった。


「じゃ、世話ンなったなァ。マジックカード発動。【龍の咆哮ドラゴンズロア】」


 黒狼が魔法カードをプレイする。

 すると、先ほどの龍の上げた咆哮よりもさらに大きな轟音が響き──


 メディアードの町の全ての建物が一瞬で砕け散った。


「……やり過ぎでござるよ」


「……おォ。正直すまんかった。今は反省している。なるほど、『相手フィールド上の全てのアイテムカードを破壊する』って、何も考えないで発動するとこうなるのか……」


 建物がアイテムに含まれるか、といえば、当然含まれる。例の【お菓子の家】もそうだし、それとは規模は桁違いだが【樹上要塞 ユグドラシオール】も、超巨大な要塞ではあるが分類上はアイテムだ。

 なので、ギルド支部と共に周りの家々が破壊されるのは想定内だった。

 想定外だったのは「フィールド上」が町全土に及んでいたことだった。


「なんか、このフィールド上の範囲って、試すたびに変わってるような気がすんだよなァ。法則とかあんのかな……」


「まあ、幸い龍の死体は砕けなかったでござるし、全部あいつがやったことにすればいいでござるよ」


「そうだな」


 龍の死体が砕けなかったのは、死してなお破壊耐性があったからだろう。破壊耐性をがす【八塩折やしおりの酒】の効果は、おそらく龍が死亡し、クリーチャーでなくなったときに消えている。

 その変化のタイミングがいつなのかはわからないが、もしかしたら公式に龍の死亡が確認されたタイミング、なのかもしれない。「公式に確認される」とは、お互いのプレイヤーがその事実を認識したときだ。カルタマキアではそうなっている。

「何かありますか(シャカシャカパチパチ)」「ありません。どうぞ(シャカシャカパチパチ)」「では戦闘フェイズ入ります(シャカシャカパチパチ)」とかと同じである。嫌な文化だ。

 今回のケースで言うと、先ほど黒狼が放った【慈悲の一撃】で龍の死亡確認をしたときだろう。そうでなければ【慈悲の一撃】も効果未解決ではなく発動失敗になっていたはずだからだ。


「んじゃあこれにて、メディアードの町は龍の襲来で壊滅! 龍はメディアードの町を壊滅させるために全ての力を振り絞って死亡! ってことで、出発するかァ」


「で、ござるな! 次はどこ行くでござる?」


「んー。地図を見るとだなァ。こっから一番近い国境はたぶんここだから……」


「あ、地図逆でござるよ」


「マジかよ。見にくいなこの地図」


 ああでもない、こうでもないと言い合いながら、ふたりは当てもない旅に出たのだった。


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