第52話「ルールを守って楽しく」

「おォ、結構揺れたなァ。見た目の通りに重さもあるみてェだな」


「あんな重いのがさっきまで悠々と飛んでたでござるか。物理法則が仕事してないでござるよ。理不尽極まりないでござる」


 全くだ、と黒狼も同意した。

 ファンタジックなのはいいが、限度があるだろう、と。何の理屈や説明もなく空を飛び、原理も定かでない破壊のブレスを吐き散らすのはやめてほしいものだ。

 何事も、ちゃんとルールに則ってしめやかに行われてほしい。そう切に願った。

 ただでさえ、この世界の社会通念ルールは、ほんの少し顔の造形や耳の形が違うだけで他者を排斥する歪なものなのだ。せめて物理法則ルールくらいは守ってほしい。

 それも駄目だというのなら──こちらのルールを押し付けるしかない。


「ま、残念ながら俺たちには理不尽な力なんて便利なもンはねェ。さァバイケン。俺たちは俺たちなりに、きちんとルールに則ってやっていこうぜ。ほれ、今ならマトは動かねェぞ。念の為対象耐性だけ剥がしとけ」


「ガッテンでござる!」


 バイケンは扇状に広げた手札から、大富豪かババ抜きで目当ての札を見つけたときのように一枚を抜き取り、宣言する。


「アイテムカード【八塩折やしおりの酒】発動! このカードがフィールド上にある限り、カテゴリに【龍】を持つフィールド上の全てのクリーチャーは破壊耐性と対象耐性を失う、でござる!」


 バイケンが抜き取ったカードが光と共に消え、その場に巨大な酒樽が八個、数珠繫ぎの状態で現れた。

 同時に、横たわる龍の巨体に薄暗いオーロラのようなエフェクトがかかる。いかにも「あ、今デバフを受けましたよ」といった具合だ。


 その光景を見て黒狼は満足する。正しくルールに則ってカードの効果が発動されたからだ。


「【八塩折やしおりの酒】はコントロール耐性までは想定してない時代のカードだからそっちは無理だが、それ以外ならこれで何でもできるようになったはずだ。殴ってみるか? 相手の攻撃力がわかんねェから反撃で死ぬかもだが」


「やるわけないでござる。耐性が全部無くなったなら、反撃を受けない安全な距離から地道にペチペチやるでござるよ。攻撃力は無理でも、おおよその耐久力は調べておいて損はないでござる。まずはええと、このあたりからでござるかな? マジックカード、【御伽百物語】発動! でござる!」


 バーンカード、と俗に呼ばれるカード群がある。

 わかりやすく言うと、相手プレイヤーのライフに直接ダメージを与える効果を持つカード全般のことだ。そうしたカードをまとめ、クリーチャー同士の戦闘に頼らず効果ダメージのみで相手ライフを削り切るデッキをバーンデッキと呼ぶ。

【御伽百物語】は対象に100ダメージを与えるというシンプルな効果のバーンカードだ。プレイヤーを対象にするなら10枚も発動しなければならず、現代カルタマキアのバーンデッキにおいて、手札一枚に求められる平均ダメージが180程度であることを考えると、やや効率が悪いカードだと言える。

 しかし発動に必要なコストは安い上にプレイヤーだけでなくクリーチャーも対象にできるため、クリーチャーの排除や戦闘補助を目的とするのなら中々使い勝手のいいカードである。


 バイケンの手からカードが消え、効果が発動する。

 怨霊のような見た目の何かが飛んでいき、龍の巨大な身体を撫でる。と言っても、怨霊と龍ではあまりにサイズ差がありすぎて、浮塵子うんかが数匹たかった程度にしか見えないが。

 しかしそれが齎す結果だけは確かなものであったようで、龍は一瞬ビクンと身を捩らせた。当然ながら、その大きさゆえに「ビクン」は「ズズゥン」という地響きでもって代えられた。


「やっぱり、少なくとも耐久力は100はあるみたいでござるな。んじゃ次──あ、黒狼殿、このカードもっと欲しいでござる! 癖が無くて便利でござるよ!」


 言われるがまま、数十枚の【御伽百物語】をバイケンに手渡す。

 それを受け取ったバイケンは、一枚一枚数えながら発動し、龍に怨霊をぶつけていく。

 繰り返し、その作業を15回ほど行ったところで、龍は完全に動かなくなった。


「死んだ、でござるかな?」


「わかんね。寝てるだけかもしれねェぜ。【慈悲の一撃】──っと、発動はしたが、効果は解決されてねェな。てことは生きてはいなさそうだ」


 死んだクリーチャーは安置所に行く。これはカルタマキアでは当たり前のルールだ。

 しかし、例えば同時に複数の効果が発動している場合、その処理の順番によっては、すでに死亡しているクリーチャーに何らかの効果がかかることがある。

 同時に複数の効果が発動する場合とは、例えばターンプレイヤーが非ターンプレイヤーのコントロールするクリーチャーに対して破壊する効果を与えた際、非ターンプレイヤーがその効果を無効にする効果を発動させ破壊を免れる、といったようなケースが最も多いだろうか。

 この場合、破壊されてしまってからでは破壊効果を無効にしても遅いので、破壊される前に無効にしてやる必要がある。そのためカルタマキアでは、何かしらの効果が発動した場合には、お互いにそのタイミングに割り込む行動をするのかどうかを確認し合うルールになっている。

「〇〇を発動します。何かありますか(シャカシャカパチパチ)」というやつだ。


 まあつまり、ゲームの進行上、破壊したい対象が同じタイミングですでに破壊されてしまっている可能性がある、ということだけわかっていればいい。何を言っているのかわからないと思うが、カードゲームの世界ではよくある話だ。

 そういう場合、すでに破壊されている対象に発動された破壊効果は未解決のまま終了する。さらにもう一度対象を破壊したりはしない。


 今、黒狼が確認したのはそういうことだ。

 この世界のクリーチャー、というか生物は、死亡してもそのままその場に死体を残す。

 これを、破壊されたクリーチャーが一時的にフィールド上に残ったままになっているのと同じだと見なし、破壊効果のあるカードを発動してみたのである。

 結果、発動はしたものの、その効果は解決されなかった。そういう手応えがあった。


「てことは、あの龍の耐久力は1401以上1500以下ってことになるでござるな。プレイヤーより多いでござるよ。インチキもいい加減にしろでござる」


「ほんとになァ」





 ★ ★ ★


八塩折やしおりの酒】

発動コスト :水火

カテゴリ  :【龍】【メルヘン】【和の国】

設置アイテム  :

〈パッシブ〉このカードがフィールド上にある限り、カテゴリに【龍】を持つフィールド上の全てのクリーチャーの、「破壊されない」「破壊できない」「対象にならない」「戦闘によるダメージを受けない」効果は無効になる。


──こいつを飲ませりゃ、龍だろうがベロンベロンよ! 名前の由来? いやいや、確かにヤマタノオロチの討伐に使われた酒だがな、八ってのはオロチとは関係ねぇよ。この八は八百万の神とおんなじで、要は「たくさん」って意味さ。




【御伽百物語】

発動コスト :闇

カテゴリ  :【メルヘン】【和の国】

通常魔法  :

プレイヤーまたはフィールド上のクリーチャー一体を指定して発動できる。その対象に100ダメージを与える。


──おい! 次85番目だぞ誰の順番だ早く話せ! 5秒で言い切れ! もう夜が明けちまうぞ! 時間がないんだよ!

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