第50話「龍の狙い」

「うおお!? びっくりしたァ!」


 ギルドの建物がきしんだのが肉眼で確認できるほどの爆風だったが、黒狼もバイケンもその場から動くことなく無事だった。

 バイケンはその程度の爆風でどうにかされるほど低い耐久力をしていないからで、黒狼も身にまとったウィザーズローブの耐久力のおかげであった。

 直撃を受けていれば話は別だったかもしれないが、直撃を受けそうならバイケンが手札から何かしらの対抗手段を講じていただろう。

 今回はそうする必要性もなかったということだ。


「あの龍、いったいどこを狙って──あー!」


「っせーなァ。今ちょっとびっくりしてんだから邪魔すんなよ。どうしたバイケン」


 龍のブレスには度肝を抜かれたものの、冷静に考えてみれば、今の光景はかなりのスペクタクルだったのではないだろうか。滅多に見られるものではない。

 その余韻に浸っていたところにバイケンの甲高い叫び声である。水を差された気分だ。


「あの龍が吹っ飛ばした建物でござるよ! あれ、拙者たちの宿でござる!」


「マジかよ! なんでよりによって俺らの宿なんだよ! 宿に親でも殺されたんかあの龍!」


 別に現金や貴重品を置いてあるわけでもなかったので吹っ飛ばされても構わないのだが、つい今朝まで自分たちが寝起きしていた場所が吹き飛ばされる瞬間を目にしてしまったとなると、さすがに感じるところがある。


 プンスコと黒狼とバイケンが憤慨していると、龍はたった今自分がブレスで吹き飛ばした宿の跡地に息を吹きかけた。本来の意味ならこちらの方が正しく「ブレス」なのだろうが、少々ややこしい。

 暖かい風が地面を伝って黒狼たちの方まで流れてくる。生き物特有の生臭い匂いは感じられない。龍とはやはり通常の生き物とは違うのだろうか。それとも先ほど吐いた攻撃力が高い方のブレスの光熱で、常時口内は加熱消毒されているから匂いがしないのだろうか。


 龍の息によって宿屋跡地の煙が吹き散らされ、黒焦げの瓦礫が散乱している哀れな様子が明らかになる。

 すると、龍は再びそこに光熱線の方のブレスを叩き込む。


「おいまた撃ったぞあいつ!」


「知能とかないんでござろうかな。畜生の考えることはわからんでござるよ」


 直接狙われているわけではないのなら、黒狼たちにとってはさほどの危険もない。

 知能の低そうな龍が一体何をしたいのかが気になったこともあり、黒狼たちはそのまましばらく龍の行動を観察することにした。


 龍は何度か同じような行動を繰り返していた。宿の跡地に光熱ブレスを吹き付けては、その破壊で生じた煙や粉塵を拭き散らし、はっきりと地面が見えるようになると、また光熱ブレスを吹き付ける。


 マジで何をしているのか、と思いながら観察していると、ある事に気がついた。

 龍がブレスで狙っているのは地面ではない。地面に落ちている、光るナニかだ。

 光るナニかはいくつか転がっているようで、龍はそのナニかを狙っているため、毎回微妙にブレスの着弾位置が変わっているのだ。

 しかもそのナニかは龍のブレスによって破壊される様子はない。宿の建屋を一撃で粉砕したことを考えると、相当な頑丈さである。

 宿に置いてあって、龍のブレスでも破壊できないほど頑丈で、光るナニか。

 心当たりがあった。


「……龍のやつ、もしかしてマナ結晶に攻撃してんのかな」


「あーなるほどでござる。あれ光って目立つでござるからな。特殊な効果じゃないと破壊もできんでござろうし、それでずっとちょっかいかけてるんでござるか。やっぱり知能低そうでござるな」


「確かになァ。あの光景、どっかで見た覚えがあると思ったらあれだわ。レーザーポインタの跡を追いかけまわす猫だわ。絶対捕まえられないし壊せないのに躍起になって猫パンチしまくるやつだわこれ」


 そう思って見てみると、あの龍の行動にもどこか愛嬌が感じられるような気がする。というかそうでも思わないと、大型客船を超えるサイズの生き物が空を飛びながら、上空から狂ったように光線を吐き続けている光景など怖すぎる。

 いや実際怖いのは確かなのだろう。だからこそ、町の住民たちは残らず逃げ出してしまったのだ。最初のブレスのタイミングを考えると、宿屋の主人が逃げ出せたかどうかはわからない。間に合わなかったかもしれない。

 だとしたら実に運のないやつだな、と黒狼は思った。龍の目的が本当にマナ結晶だとしたら、黒狼たちさえ泊めなければそんな目に遭うこともなかっただろうに。


「どうするでござる?」


「どうするって、どうすっかなァ。この国ってもうあれだろ? 国連的な組織からは見捨てられちまったっぽい感じだろ? やっぱ別の国に行ったほうがいいんじゃねェかと思うんだが」


「あ、これからの旅の話でござるか? 拙者はあの龍をどうするかを聞いたつもりだったでござるが」


「ほっときゃいいんじゃねェの? 知らんけど。マナ結晶が目的なら、永遠にああやって遊んでるだろ多分。マナ結晶が壊れることなんてねェんだし」


「それはそうかもでござるが……。龍の目的がマナ結晶で、しばらくああやって遊んでるっていうのなら、この世界の龍の性能を安全にテストするなら今しかないんじゃないかと思うでござるよ。対【龍】カードがどこまで効くか、試しておいた方がよくないでござるか?」


「そォだなァ……って、お前さっきやったカード使ってみたいだけだろ」


「てへへでござる。バレたでござるか」


「まァでも、一理あるな。いっちょやってみっか」


「そうこなくちゃでござる!」


 そう言うと、バイケンは躍起になってマナ結晶にブレスを吐きまくる龍に対し、静かに一枚のカードをかざした。





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