第49話「判断が早い」

 何やらギルドの外が騒がしいなと表に出てみたら、遠くの方からゆっくりと巨大な飛行物体が近づいてきているのが見えた。

 メディアードの住民たちはそれを見て騒いでいたらしい。

 王国に龍が来ているという情報はまだ一般には知らされていないため、あれが龍だとわかっている住民はいないようだ。

 皆呑気の遠くの空を見て好き勝手に騒いでいるだけである。


「……あの距離であのサイズってことは、まァたぶんアレが龍なんだろうな。

 なんだよ来てんじゃねェかよ。誰だよこんなとこまで来るわけねェとか要らんフラグ立てたアホは」


「どう考えても黒狼殿でござるよ……。どうするでござるか?」


「どうするったって……とりあえず様子見するしかねェだろ。マジで龍なら戦闘で破壊できねェかもしれねェから戦うだけ無駄だし」


「あっちは破壊されないのにこっちは破壊されるとか理不尽でござるなぁ……。何とかならんでござるか、黒狼殿」


「んー。そうだな……。あ、そういえば」


 黒狼は【ストレージ】の中に手を入れ、ゴソゴソと探る。

 別にいちいち手を入れて探らなくとも脳内で検索できるのだが、何となく気分である。


「あったあった。趣味じゃねェからあんま使ったことねェけど、こいつがあれば安心だろ」


 黒狼が取り出したのは、マジックカード【不可侵条約】。

 マジックカードには珍しいフィールド設置型のカードで、「このカードが場に存在する限り、お互いが受ける戦闘ダメージは全てゼロになる」という効果だ。

 このカードも維持コストが必要なタイプで、払えなければターン終了時に破壊されてしまうが、この町で運用する限りは問題ないだろう。マナならいくらでもある。


「どうせ向こうは戦闘で破壊できねェんだ。戦闘ダメージ自体を縛っちまっても問題ねェだろ。攻撃されそうになったらこいつを発動すりゃァいい。あとは効果ダメージ対策だが……まァ、無難なのはこれかな」


 次に取り出したのは、アイテムカード【強化防弾ガラス】。

 相手クリーチャーが「ダメージを与える効果を含む特殊能力」を発動した場合に手札またはフィールド上から発動できる、【お菓子の家】と似た発動条件のアイテムカードである。

 その効果は、相手クリーチャーによる戦闘以外のダメージの対象を、任意の対象へ移し替えるというものだ。

 ダメージをそのまま反射することも可能だし、ダメージを受けさせたい別のクリーチャーに押し付けることもできる。


「バイケン、何枚か持っとけ。マナならあるし、たぶん手札から発動できるはずだ」


「拙者でも発動できるでござるかな……?」


「あー、いや、知らんけど……。手に持ててるんならいけるんじゃねェか?」


 当たり前の話だが、カルタマキアのプレイ中にクリーチャーカードがアイテムカードを発動することはない。

 しかしこの世界でならそうとは限らない。

 なにしろ、召喚されたクリーチャーもその手でカードを持つことが可能だからだ。

 カードを手に持っているのなら、それは誰がどう見ても手札である。ならば、「手札から発動可能」なカードなら発動できるはずなのだ。

 フレイムジン(手が燃えてる)やバーントコープス(焼けただれた握りこぶしが開けない)、フラムグリフォン(猫っぽい前足)など、物理的にカードを持つことができなさそうなクリーチャーもいるものの、バイケンはパッと見では普通の人間である。怪しい獅子舞仮面以外は。手裏剣だろうがカードだろうが持ちたい放題である。


 そう考えた黒狼は、バイケンに対【龍】カテゴリ特効のマジック、アイテムカードと、いくらかの汎用カードを与えた。

 汎用カードとは、デッキの構成に関係なく活躍できるカードのことだ。

 気持ちよくソリティア展開をしていると急に相手の手札から飛んできてスンッとなったりする悪い文明だが、自分で使う分にはそれもまた気持ちいので問題ない。また、真に悪い文明はソリティア展開の方だとする学説もある。


「おー! このカード知ってるでござるよ! 何回か食らった覚えがあるでござる! 拙者の特殊能力と同じ、クリーチャーの効果をターン中無効にする系のやつでござるな! これ相手にやられるとイラッとするんでござるよなー!」


「そうだな。俺なんて相手がバイケン出してきたらもうその時点でイラッとするからな。出たら速攻対処してたわ」


 バイケンのような妨害系の特殊能力を内包したクリーチャーは、展開系のクリーチャーの次に優先度の高い排除対象だった。それがカルタマキアでのセオリーだ。

 しかしそれは、相手のプレイしたカードを好きなだけチェックできるというルールがあればこそのことである。もし、カルタマキアの販促アニメのように、相手が使うカードの効果が実際に発動するまでわからないとかそういうルールだったらどうだろうか。果たして、獅子舞の面を被っただけの怪しい忍者を優先排除対象にするだろうか。

 するかもしれない。怪しいし。


(でも隠形の術だかなんだかで目立たないようになってるんだっけか。それは俺もか。じゃあいいか)


 考えるのが面倒になった黒狼は、自分も手にいくつかの対抗カードを握ると、ぼんやりと近づいてくる龍を眺めることにした。


 今しがた黒狼たちが出てきた冒険者ギルドでは、さっきまでの夜逃げのような様子から蜂の巣をつついたような様子に変化しており、すでに何人かの職員は逃げ出したようだった。

 もはや遥か遠くに見える、ギルドの制服を着た背中はあのイケメンくんだろうか。判断が早い。


 冒険者ギルドの中にいた職員たちが、各々荷物を背負ってあらかた避難した頃、龍の威容がちょうどメディアードの町の上空に差し掛かっていた。


「……マジででけェな。あとすげェ龍してんじゃん。カルタマキアの龍っつーとなんかこう、一応【龍】ってついてるから龍だけど、よく見たらどう見ても触手の塊みたいなデザインの連中も多かったから、なんか逆に新鮮だわ」


「逆に新鮮、の意味がよくわからんでござるが、確かに凄い迫力でござるな。大きさは黒船くらいでござろうか」


「黒船知ってんのかよお前どういう時代背景なんだよ和の国って」


「時代は知らんでござるが、来訪した黒船は和の国のローニン部隊が刀で細切れにして海の藻屑にしてやったでござるよ」


「へー。むちゃくちゃじゃだな。ローニンってなんだよサムライじゃねーのかよ」


「サムライは正規兵で、ローニンは在野の戦士でござる。この国で例えると、サムライは騎士でローニンは冒険者でござるな」


「なるほどわかるようなわからんような。いや俺も別にこの国のネイティブってわけじゃねェし、その説明でわかるのも何かちょっとおかしな感じだが」


「そんなことより黒狼殿! 龍が口を開けたでござるよ!」


「あ、ほんとだなァ。何か喋んのかな」


 首が痛くなりそうなほど、ほとんど垂直に上空を見上げていると、開かれた龍の口の奥が何やら光を放っているのが見えた。


「あ、違ェわこれたぶんブレ──」


 黒狼が最後まで言い切る前に、その龍の口から強烈な光が放たれた。

 圧倒的な破壊の気配を纏った光は、まっすぐに地上のとある建物に着弾し、轟音と爆風をあたりに撒き散らした。





 ★ ★ ★


【不可侵条約】

発動コスト :光光光

カテゴリ  :【約束】【平和】

設置魔法  :

〈パッシブ〉このカードがフィールド上に存在する限り、お互いのプレイヤー、クリーチャーは戦闘によってダメージを受けない。(戦闘ダメージは発生する)

〈パッシブ〉ターン開始時、光マナを一マナ支払う。支払わない場合、このカードを破壊する。


──大丈夫だ。彼の国と我が国は不可侵条約を結んでいる。二正面作戦にはならない。まあ、我が国が山吹色に光るモナカを献上できている間は、ではあるがな……。




【強化防弾ガラス】

使用コスト :地光

カテゴリ  :【古代文明】【バリア】

設置アイテム:

〈アクティブ〉このカードが手札またはフィールド上に存在し、相手が単体を対象に効果ダメージを発生させる効果を発動した時に発動できる。その効果ダメージを任意の対象に移し替える。


──お客様、大変申し訳ありません。本製品はあくまで「効果ダメージ」からお客様をお守りするためのものです。フレイムジンによる焼却には対応しておりません。フレイムジンの焼却による被害については、フレイムジンの製造元へお問い合わせください。

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