第48話「無限に持ってるでござるよ」

 捕獲依頼は失敗した。

 対象を捕まえようとした瞬間、黒狼のまとっている【ウィザーズローブ】と戦闘した判定になってしまい、肉片となって弾け飛んでしまったからだ。

 希少な魔獣ということだったが、バイケンがものすごく頑張って森中を探索したところ、ついに二匹目は見つけることができなかった。


 失敗したことは仕方がない。切り替えていく必要がある。

 ということで、二人はギルド支部のいつものイケメン受付にもみ消しを依頼しに行った。



 ◇



 到着した冒険者ギルド、メディアード支部は、まるで蜂の巣をつついたかのような大騒ぎになっていた。


「……なんだァ? こりゃァ」


「なんでござるかなぁ? まるで夜逃げ直前の呉服問屋みたいな騒ぎでござる」


「なんで呉服問屋なんだよ。呉服問屋に何か恨みでもあンのか?」


「……ん? 確かに、なんで呉服問屋が出てきたんでござろう……。

 まあ、いっか。そんなことより、冒険者ギルドでござる」


「あァそうだな。いつものイケメン君いるかな……?」


 いつものイケメン君は他のギルド職員とともに、建物の中で書類を荷造りしているところだった。


「これは、黒狼さんにバイケンさん。申し訳ありませんが、本日はギルドの通常業務は行っておりません」


「なんだ、そうなのか。そうなのかっていうか通常業務してねェことは見たらわかるんだけどな。ほンで何してんの?」


「引っ越しの準備ですね。実は今月いっぱいでこのギルドを閉めることになったんですよ」


「マジかよ! ギルドって閉店することあンのか」


「そりゃギルドも商売でござろうし、売り上げ落ちれば閉店もあるでござろう」


 メディアードの町は田舎だが、そこそこの規模だ、と思う。少なくとも、避難民たちと共に移動してきた辺境の町や村の中で、冒険者ギルドがあったのはこの街だけだった。

 そんなメディアード支部の売り上げでも事業維持に足りていないのだとしたら、もはや根本的にビジネスモデルが間違っているとしか考えられない。


「いえ、当支部の売り上げが問題なのではありません。そもそも冒険者ギルドは独占市場ですからね。売り上げが落ちたなら、その分利鞘を増やせばいいだけです。

 引っ越しは政治的な理由ですよ。冒険者ギルドはプリムス王国から撤退するようです」


「マジかよ。そんなことあンのか。冒険者ギルドって国に縛られない組織とかそういう感じのアレじゃねェのかよ」


「縛られませんよ。だから撤退できるのです」


「ふゥン。よくわかんね。まァいいや。

 あ、そうそうこないだ請けた捕獲依頼なんだけどよ。あれ失敗しちまったから、請けてなかったことにしといてくれよ」


「承知いたしました。引っ越しのドサクサで誰が請けたかわからなくなったことにしておきます。ええと、受注の書類は……この束ですね。ああ、これです。今どっか行っちゃいました」


 イケメンは荷造りされかけていた書類の束から一枚抜き出し、くしゃりと握り潰して要らないものと書かれた箱に投げ入れた。

 その様子を見た同僚らしき受付嬢はぎょっとしたような表情を浮かべているが、特に何も言おうとしなかった。このイケメンは受付の中ではそこそこ上位の立場にあるらしい。もしかしたら、最初にこの受付に来た時に、いきなり上位のイケメンのところに並んだのは慣例的によくないことだったのかもしれない。まあ、そんなことは知らなかったし今更だが。


「おォ、ありがとよ。しかし、ここ無くなっちまうのかァ。俺たちの食い扶持も無くなっちまうなァ。これからどうするよバイケン」


「移動するしかないでござるかな。ていうか、さっきの『国から縛られないからこそ撤退できる』みたいなニュアンスの言葉からすると、もしかして冒険者ギルドはこの国全土から撤退するってことなんじゃないでござるか?」


「……さすがですね。おっしゃる通りです。ですが、まだ一般には公開されていない情報ですので、内緒ですよ」


「……マジかよ」


 国際的な組織が国から撤退するとは只事ではない。

 前世で言うと、それこそ国際連盟から急に蹴り出されたりとかしなければ、よほど起きない事態のはずだ。いや国連から急に蹴り出されるなんてことが有り得るのか引きこもり動画配信者の黒狼にはわからないのだが。


「一体何したんでござるかな、この国」


「よっぽどマズイことしたんだろうなァ。上がアホだと下が苦労するな。同情するぜ、マジでよ。

 しかし、そうなると俺たちもこの国から出た方がいいかもな。今日は帰って旅仕度でもするか、バイケン」


「そうでござるな」


「それがよろしいかと。この国も、いつまで地図に載っているかわかりませんからね。……なんでも、辺境のダンジョンの上空に『龍』が現れたとか。この国は以前も龍による攻撃を受けておりますので、今度こそ国ごと滅ぼされるのでは、ということで、ギルドが夜逃げ同然で引っ越しを進めているのもそのせいなのです。あ、これも内緒でお願いしますね」


「龍なんているのかよ。やべーなこの世界」


 龍、というと、カルタマキアにおいても特別感のある存在だ。

 カテゴリに【龍】を持つクリーチャーのいくつかは、戦闘や効果によって破壊されない「破壊耐性」や、そもそも効果の対象にならない「対象耐性」などを持っていた。あまりに強すぎるため、対【龍】専用のアイテムカードやマジックカードまで存在していたくらいだ。

 ただ、その手のメタカード──特定のカード群のみに対抗するためのカードのこと──をデッキに入れると、相手がそのカード群を使っていなかった場合、事故要因にしかならないため、敬遠されがちではあったが。


「龍はさすがにヤバいでござるな。黒狼殿、対龍特効の忍具とか魔導具とか持ってないでござるか?」


「もちろん無限に持ってるでござるよ。数えてねェから知らんけど。まァマジで龍に遭遇しちまったらそういうの使うしかねェだろうな。どれもマナを馬鹿食いするが、この町ならマナも無限にあるし。つっても、龍が出たのはフォールドだろ? フォールドってバーントコープスだのフレイムジンだの放流してきた城塞都市だろ? そんなとこから急にこっちまで来たりはしねェと思うけどなガハハ!」




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