第47話「魔素ジャマー(仮)」
国王コルネリウスが寝室へ運び出された後、入れ替わるように筆頭宮廷魔術師ヒルベルトが会議場に現れた。
「なんだ、陛下はご不在か」
「あ、ヒルベルト殿、今までどこに! 王都の魔術具の不具合の件、今も苦情が来続けてるんですよ! いや、今の今となってはもはやそれどころではないのですが……」
「それはこちらも、だな。魔術具の不具合どころの話ではない。大変なことがわかったのだ。陛下がおらんのではご報告もできんが……どうするべきかの。というか、それどころではないって、一体何が起きておるのだ?」
「りゅ、龍ですよ! 龍が現れたんです! あの、フォールドに! しかも、フォールドでは結局何もせずに、ここ王都に向かって移動しているらしいんです!」
「な、なんだと!? しめたぞ! こうしてはおられん! フォルトゥーナの弔い合戦だ!」
ヒルベルトはそう吐き捨て、会議場を出て研究室へととんぼ返りした。
『龍』はかつて、魔術都市と言われたフォルトゥーナを完膚なきまでに滅ぼし尽くした災厄だ。
街の住民はひとり残らず命を奪われ、もはや生き残りはいない。たったひとり、ネグロス・ヴェルデマイヤーを除いて。
当時はヒルベルトもまだ筆頭ではなかったものの、宮廷魔術師ではあった。その彼にとって、魔術都市フォルトゥーナには当然友人や知り合いが多くいた。
家族までもを奪われたネグロスほどではないにしても、ヒルベルトも龍に対しては思うところがある。
彼が「しめた」と思ったのは、その憎き龍に対する対抗手段を手に入れられたからだ。
それこそが、会議場にいたはずの国王コルネリウスへ報告したかったことでもある。
ネグロスが造り出したと思われる謎の水晶の正体と、国王より命じられていた王都内の魔術具の能力低下の調査は、実は関連のあることだった。
あの水晶こそが魔術具能力低下の原因だったのだ。
あれは周囲の魔素を消し去る魔術具であり、それによって周辺の魔素が薄くなることで、魔術具の挙動に影響が出ていたのである。
人間の魔素の回復にも影響が出ていたはずだが、基本的に人間は消耗しなければ回復もしない。魔獣や盗賊の出ない王都では強者が消耗することがないため、誰も気が付かなかったのだ。
戦闘をせずに魔力を消耗する魔術研究者でもある宮廷魔術師たちだけが、この事実に気が付いた。
ヒルベルトはそこからあの水晶の持つ特性を見抜いたというわけだ。
彼はこの水晶を仮に「魔素ジャマー」と名付けた。
そして、この魔素ジャマーがなぜ龍に対する対抗手段足り得るかというと、これは龍、ひいては魔獣の能力的な特性が理由である。
龍や一部の魔獣は空を飛ぶ。
しかし、魔獣ではない通常の空を飛ぶ生物、例えば鳥などと比べると、彼らの身体構造は明らかに強靭に過ぎる。強靭ということはつまりそれだけ重いということである。
そんな重たい者たちが普通の手段で飛べるはずがない。
明らかに、彼らは何らかの魔術的手段で宙に浮いているはずなのだ。
であれば。
周辺の魔素をジャミングしてやれば、龍は飛ぶことが出来ずに地に落ちるのではないか。
ネグロスがこの魔素ジャマーを造り出した理由は、おそらくこれだろう。
人間であれば、消耗しなければ特に影響が出ない魔素枯渇現象だが、巨大な体躯を持ち飛行する龍であれば、その限りではない可能性が高い。
これまでの研究から、彼らはただ普通に生活しているだけで膨大な魔素を消費し、常時周囲から魔素を吸収し、回復していると思われる。
そんな状態で、急に周囲の魔素が無くなったとしたら一体どうなるか。
ただでは済まないはずだ。
最低でも行動不能、下手をすれば生命維持にも影響が出るかもしれない。
そうして、魔素が無い中でもがく龍に対し、魔素なしでもスキル発動や攻撃が可能だという【燃え盛る悪夢】で囲んで殴る。
ネグロスの狙いはそういうことだろう。
【燃え盛る悪夢】の人間を捕殺し仲間を増やすという習性については、確かに人道的ではないし明らかに間違っているが、ただ合理性だけを求めるのなら極めて優れたやり方と言えなくもない。
この部分については、龍に対するネグロスの激しい憎しみが悪い方向に暴走してしまった結果と言えるだろう。
しかし昔からの彼を知るヒルベルトとしては、彼の目的があくまで龍の討伐のためにあると知って、正直なところ嬉しかった。
彼は王国に弓を引いたわけでも、人類の敵になったわけでもない。ただ龍を倒したかっただけなのだ。
結果的に王国の不利益になり、罪もない人々が犠牲になってしまったが、それらは彼の本意ではない。
フォールドで亡くなった衛兵たちには申し訳ないが、単純な数だけで言えば、フォルトゥーナで犠牲になった住民たちよりもずっと少ない数だ。今後、龍によって命を奪われる人々を救えると考えれば、極めて少ない犠牲で済んでよかったとすら言える。
「……唯一、気掛かりだとすれば、本来であればネグロスの功績になるはずの魔素ジャマーを、わしが勝手に使うことだが……。あの龍めに対抗するためだ。奴も許してくれるだろうて」
ヒルベルトは研究室から闇色の水晶──魔素ジャマーを持ち出し、城の外へと飛び出した。
ところが、彼が王都の外壁に辿り着いた頃には、すでに龍の姿は無かった。
フォールドに現れた龍は王都を目指し──その少し手前で、西へと進路を変えたという。
西にはメディアードという、そこそこの規模だが所詮は田舎の、冒険者も三つ星程度までしかいない小さな町があるのみだ。
肩透かしを受けたヒルベルトは、水晶を握りしめてトボトボと研究室に戻っていった。
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