第46話「急転直下にも限度があるよね」

申し訳ありません。

なんか公開順が一部入れ替わってたみたいです。

先に45話「お前や 2」が公開され、後から44話「大陸同盟 総会」が公開されてしまったようです。

44話、45話、46話は全て違う場面の話なのでおそらくどの順で読んであんまり変わらないと思いますが、お気をつけください。


 ★ ★ ★





 新魔獣発見。

 その報は、驚きと絶望を以てプリムス王国政府に伝わった。


「ハガー開拓村? どこだそれは!」


 会議室で国王コルネリウスが叫ぶ。

 特級ダンジョンや行方不明のネグロス・ヴェルデマイヤー、それらに関する問い合わせが絶えない大陸同盟への対応で、今や王城の会議室は常時開放されており、国王をはじめとする国家運営の重鎮たちは常にここに詰めているような有り様だった。


 さらに、近頃は城内や都内の各所から魔術具の効率が著しく低下しているとの苦情が相次いでいる。

 これについては筆頭宮廷魔術師ヒルベルトに丸投げだ。

 現在国内で運用されている魔術具のほとんどは宮廷魔術師かそれに類する者たちによる発明品であるため、当然の措置と言える。

 ヒルベルトは避難民がネグロスから盗んだと思われる謎の水晶の研究に没頭したいようだったが、手がかりになるかどうかもわからない謎の水晶の研究より、足元で騒がれている問題の解決に尽力するべきだ。立場ある者ならば。


 とにかく次から次へと問題が起こるので、官僚のみならず大臣たちですら数日寝ていない者も少なくない。

 普段は温厚で理知的なコルネリウスもさすがに神経が苛立っており、この新たな問題の発生にはさすがに声を荒げていた。


「ええい、村の名前だけではわからん! 地図をもて!」


 プリムス王国は魔獣ひしめく未開の地を切り開き国土を広げることで、大陸でもトップクラスの国力を得るに至った国である。

 開拓を続けている場所など無数にあり、その数だけ開拓村も存在している。

 中には名前が被っているところもあるし、村名だけではどこなのかなどわかるはずがない。


「もしかして、これか? フォールドの東の方にそんな名前の村があるな」


「フォールドの東ですと? まさか、例の【燃え盛る悪夢】とやらと関係があるのでは?」


「わからぬ。仮にそうだとすれば、その新魔獣もネグロスめが生み出した可能性があるが……」


 ざわめく一同をよそに、その報告の詳細を聞いていた大臣が一瞬だけ目を見開いた。


「──皆々様、関係があるのかはわかりませぬが、ひとつ、無視できない情報はあるようですぞ」


「なに、まだ他に報告があったのか」


「いえ、陛下。報告自体は新魔獣の発見のみです。しかし問題なのは報告の内容ではありません。その一次情報を上げてきた者です。

 今回の新魔獣の情報は、ラルフなる行商人からもたらされました。この名前、聞き覚えはございませんか?」


「ラルフ……ラルフだと? それだけならばよくある名前だが、行商人とな? もしや……」


「はい。あの特級ダンジョンフォールドにおいて、最初に衛兵に異変を伝えた人物、それが行商人ラルフです」


 大臣の言葉に、会議室に静寂が満ちた。


「大陸は確かに未開の地が多い。しかし、我々人類が接触する魔獣は限られている。魔獣にはそれぞれ生息圏というものがあり、彼らはそこから外に出ることは滅多にないからです。

 新魔獣の発見など、数十年に一度あれば多い方……。それも、既存の魔獣の進化系がほとんどです。

 それがここにきて、まったく新しい生態の魔獣が立て続けに発見され、しかも、そのどちらにも同じ人物が関わっている。

 何らかの関係がある、と考えるのが妥当でしょう。

 ラルフ本人が魔獣を操っているとまでは思いませんが、少なくとも、彼とネグロスとの間に何らかの関係があるのは確実……」


「し、しかしですな、行商人ラルフについては、フォールドから避難してきた富豪たちや一部の貴族から英雄視する声も出ておりますし……」


「そうは言っても、数十年に一度あるかないかの事態に、二度も連続して遭遇するなど、一体どれほど低い確率なのかを考えると……」


 ふたたび騒がしくなる会議場。

 大臣はさらに情報を追加する。


「しかもラルフ本人は、新魔獣発見の報告の際、此度の一連の騒動は全て『魔族による仕業である』と強硬に主張しているようです」


「魔族だと……? それは真か?」


 コルネリウスは大臣に問いかけた。

 真か、というのは、ラルフが本当にそんなことを言っているのか聞いているわけではなく、実際に今回の件に魔族の影がちらついているのかどうかを確認する意味である。

 魔族というのは民間ではただの伝承、おとぎ話にすぎないが、各国の上層部にとってみれば、太古の時代に地上の覇権をかけて争った、確かに存在する脅威なのである。

 もっとも、その時の争いはそれは壮絶なものであったらしく、今では大陸の北の一部地域に散発的に現れるのみで、本格的に再び地上を狙っているというわけではない。

 地下に広がっているとされる別世界に完全に定着している、という認識だ。


 それゆえに、大陸でも中央部に位置するプリムス王国で魔族が活動していたとなると、また別の問題に発展する恐れがある。


「いえ。魔族の姿を確認したという報告はありません。調べたところ、ラルフなる行商人は生粋の平民です。実際に魔族の姿を知っているわけではないはずですので、おそらく確たる証拠に基づく発言ではないものかと……」


「……根拠があやふやながら強硬に主張しているとなると、何かしらの目的があってのことか。もしや、ネグロスによる犯行であるとの国の見解をひっくり返そうというのでは?」


「いやいや、ヴェルデマイヤー卿が原因だという話は一般には公開しておらん。大陸同盟など、感づいている者たちもおるだろうが、一介の行商人がその情報を知っておるとは……」


「待て、もしそのラルフ某とやらがネグロスめと通じておるのだとしたら、ネグロスから魔族のせいにするよう命じられて報告しているとも考えられんか?」


「なるほど。ここにきて新たな魔獣の情報を出してきたのは、スムーズに上層部に報告を届けさせるためか。またしても新魔獣が発見されたとなれば、その報告は確実に最速でここへ届けられるからな……」


 再び紛糾する会議場。

 しかし、行商人ラルフがネグロス・ヴェルデマイヤーと通じていたとしたら、という仮定の上で考察すると、不思議と辻褄が合ってくる。

 そのため会議の流れは「ラルフ・ネグロス協力説」に傾きつつあった。


 そして、あとは生粋の平民に過ぎないラルフがいついかにしてエリートであるネグロスとの知己を得るに至ったのか、という問題を残すのみになった頃。

 会議場の扉を蹴倒さんばかりに開け、文官が入ってきた。


「うお!? な、何事だ!?」


「たったたたたたたたった今! あ、ご報告です!」


「落ち着け!」


「申し訳ありませんそれどころではありません! たった今、大陸同盟から通達が! わ、我が国を──同盟から除名する、と!」


 再び静寂に包まれる会議場。

 文官の報告を聞いた各々が、自分は一体今何を聞かされたのかを自分の中で咀嚼していた。

 にわかには信じられない。しかし、ネグロスのやらかした結果を考えると、絶対に有り得ないとは言い切れない。

 事実、第二次のフォールド調査隊には、プリムス王国の息の掛かった冒険者や調査員は参加が認められていない。


 余計な保身など考えず、ネグロスを怪しんだ時点ですぐに同盟に報告を入れておくべきだった。

 そう気がついたときにはすでに遅かった。

 同盟から除名されたのは痛い。プリムス王国を取り巻く全ての国家が、事実上、仮想敵国になったに等しい。正確に言えば、それらの国家にとってプリムス王国の方が仮想敵国になったわけだが、同じことだ。


 会議場に詰めている者たちは皆、無言で頭を抱えた。

 これからどうするべきか。同盟に復帰するためには何が必要なのか。逆に、同盟参加国全てを敵に回して生き残るには何をすればいいのか。

 そういったことについて、それぞれが無言のうちに考えを巡らせ、同じ立場の皆と無意識にアイコンタクトをして探り合う。

 数週間を会議場で共に過ごした彼らは、このくらいのことは普通に出来てしまうほど、心が通じ合っていた。かつて、平和だった頃はお互いに政治闘争に明け暮れていたのが信じられない。

 間違いなく、今、この時が、プリムス王国が国家として最も強固に結束している瞬間だった。


 ところが、その結束を一瞬で揺るがせかねない報告が、続けて齎された。

 先ほど激しく開けられた扉が再び同様に開かれる。


「今度はなんだ! 同盟除名の件なら今──」




「ほっ、報告です! 龍が……龍が現れました!」




 国王コルネリウスは白目を剥いて倒れた。





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