第44話「大陸同盟 総会」

 プリムス王国に突如発生した特級ダンジョンは、大陸全体からも無視できない存在であった。

 そのため、大陸全体の管理機構を自認している大陸同盟としても、極めて慎重に注視する必要があった。


 プリムス王国の領内に存在していることから、この件については彼の国にも色々と配慮する必要がある。

 しかし同時に、彼の国には極力伏せて進めるべき調査もあった。

 

 プリムス王国、国定一級魔術師、ネグロス・ヴェルデマイヤー。

 特級ダンジョンフォールドに現れた【燃え盛る悪夢】を生み出したと目されている、言わば最有力容疑者である。

 王国は、彼を匿っている嫌疑がある。


 プリムス王国もまた大陸同盟の加盟国である。

 同盟や他の加盟国にとっては、プリムス王国も協力し合い、助け合う対象だ。

 しかしそれ以上に、同盟は大陸全体と他の加盟国を守らなければならない。

 加盟国一国と、それ以外の全ての加盟国の安全が天秤にかけられた場合、どちらを選ぶかは言うまでもない。


 そして今、プリムス王国代表を除いた大陸同盟の総会において、提携組織である冒険者ギルドから、ひとつの報告があげられていた。



 ◇



「──特級ダンジョン、フォールドのダンジョンボスは、ネグロス・ヴェルデマイヤーの屋敷の地下にいました。また、ダンジョンコアと思われる水晶のようなものもその地下にありました」


 大会議室で報告している冒険者には、右腕が無かった。血で滲んだ包帯が、その腕がつい最近失われたものであることを表している。

 冒険者は【ブラックタイガー】のリーダーを引き継いだ、ショーンだった。

 斥候として名を馳せていた彼だが、片腕ではこれまでのようにやっていくことは無理だろう。すでに引退が決まっているようなものである。


 しかし、淡々と報告する彼の表情は、絶望や諦観とはほど遠いものだった。

 一言で言うなら、憤怒。

 何かに対する、こらえきれない怒りのようなものが、彼の内部から滲み出ているようだった。


「共に作戦に従事していた【コンコルド】のリーダー、ベルンハルトは……本作戦で命を落としました。俺たち斥候役を逃がすために、戦士役の冒険者たちは皆、命を賭してダンジョンボスに立ち向かいました」


 対峙した瞬間理解した。あのダンジョンボスには敵わない。

【燃え盛る悪夢】と名付けられたあの恐るべき魔獣が、まるで子どものように思えるほどの威圧感だった。

 その時、その場にいた冒険者たちの役割が決まった。いや、予め決めてあった通りに行動することを全員が覚悟した。

 情報を持ち帰るため、斥候役は逃げ、戦士役は命を捨てて足止めをする、という行動を。

【コンコルド】リーダー、ベルンハルトもまた、そのために命を捨てた。


「ダンジョンボスは、身体中が燃えている大男のような、まるで、炎そのものが人の形をとったかのような、そんな姿をしていました。ベルンハルトも、他の奴らも……一瞬で消し炭になりました……。

 その隙に、俺は何とか距離を取ることができましたが、持っていた短剣が突如燃えだして……そのまま、この通り二の腕まで炭化しました。他の斥候も似たような状況です。何人かは、そこで捕まって、全身が……。

 逃げ延びた斥候は、俺を含めて二人だけです」


 ショーンはそこで一旦言葉を切った。


「……ネグロス・ヴェルデマイヤーの屋敷には、慌てて荷物をまとめて逃げ出したかのような痕跡がいくつもありました。屋敷の主が、何らかの異変を察知して脱出したのは明らかです。状況から推察するに、それはフォールドのダンジョン化よりも前のことでしょう。そのタイミングで街から逃げ出すことが出来たのは、いや、その必要があったのは、フォールドが地獄に変わると知っていた人物──いえ、地獄に変えた張本人だけでしょう」


 加えて言うなら、【燃え盛る悪夢】が街の英雄でもある行商人ラルフによって初めて確認された奴隷商館は、ネグロスの行きつけの店だったという情報もある。


「あの作戦の生き残りとして、作戦に参加した全ての冒険者の意思を代弁します。【燃え盛る悪夢】を生み出し、フォールドを地獄に変えたのは、ネグロス・ヴェルデマイヤーで間違いありません。

 彼を人類の反逆者として指名手配すべきです。そして、もしプリムス王国が彼を匿っているのなら──」


「わかった。報告はそれで終わりだな? それ以上を口にするのはやめておけ。お前の立場が悪くなるだけだ」


 ショーンを止めたのは冒険者ギルドの総帥だった。

 冒険者ギルドは国家ではないが、国を跨いで活動する冒険者を取りまとめる組織として、大陸同盟とは切っても切れない関係にある。

 故にその総帥は、同盟総会において一国分に値する議決権を有していた。


「プリムス王国はまだ大陸同盟の加盟国だ。加盟国への処遇は同盟総会で決める。いかに功労者と言えど、いち冒険者が公的な場で口にしていい問題ではない。……あとは、任せておけ」


 総帥の言葉にショーンは引いた。ただし、その顔には未だ憤怒の表情を張り付けたままであったが。


「我々が今得られる情報はこれで全て出揃ったはず。議長、改めて協議を始めよう。『龍』の襲来にも匹敵するやもしれぬ、この未曾有の危機に関する協議をな」


 こうして、大陸同盟総会において、異色のダンジョン・フォールドと、フォールドを擁するプリムス王国への対応が協議されることとなった。


 しかし、この協議は思わぬ形ですぐに中断されることとなる。


 ──突如舞い込んできた、「プリムス王国に『龍』出現」の急報によって。





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