第43話「ダンジョン潜入」

 冒険者ギルドから自信を持って送り込まれた冒険者、その斥候たちは優秀だった。

 事前の調査通り、ベルンハルト率いる潜入チームを見事、ネグロスの屋敷まで導いてみせたのだ。【燃え盛る悪夢】に気づかれることなく。


「……鍵は……かかってないな。すぐにでも入れるが、どうする?」


 屋敷の玄関を調べた斥候からの報告を受け、ベルンハルトは斥候に倣い声を抑えながら尋ねる。


「……屋敷の中から【燃え盛る悪夢】の気配はするか?」


 事前の調査はあくまでフォールドの街の様子を探ったものだ。屋敷の中までは調べていない。鍵の有無もそうだった。この作戦に参加できるほどの斥候ならば、普通の屋敷の鍵くらいはその場ですぐに開けてしまえる技術を持っている。


「……しない、と思う。ここは魔素が薄いせいか、うまく気配が探れないが、少なくとも一階、二階部分には動く者はいない。地下は……わからん」


「……よし。では侵入するぞ。いつまでもここに留まっているのはまずい」


 斥候が素早く扉を開け、調査チームが順々にするりと屋敷内に入っていく。鎧など重い防具を身に着けている者も多いが、誰も無用な音を立てたりはしない。

 肉体を使うプロフェッショナルばかりを集めたチームだからだ。

 この街にいる限り、魔力や体力が回復しないことはすでにわかっている。

 そのため、魔力が回復しなくともある程度行動し続けられるメンバーばかりがチームに集められていた。


 屋敷に侵入した一行は、壁伝いに慎重に足を進め、扉があるたびに周辺を細かく調べた。

 そうして時間をかけて一階部分を調べきり、二階へ続く階段と、地下へと降りる階段を発見する。


「……どちらから調べるべきだと思う?」


「……二階を推奨する。一階を調べる間、二階からは何の物音もしなかったし、生き物の気配も感じなかった。おそらく何もいないだろう。だが、地下からは……」


「ああ、それは俺も感じた。地下からは……何かとてつもなくヤバい、プレッシャーのようなものを感じる。調査をするなら、命を掛けることになるだろう……」


 チームで相談した結果、先に二階から洗うことにした。

 決死隊の意味合いの強い調査チームであるが、死を覚悟して地下を調べなければならないのだとしても、それは少しでも遅いほうがいいという思いからである。


 一階は生活のための居住空間と来客のための応接室や客間だったが、二階は主にネグロスのプライベートな空間であるようだ。

 独身の小金持ちが住んでいる屋敷としては一般的と言えるだろう。この規模の屋敷なら普通は使用人のひとりやふたり雇っているものだが、調べた限りではその形跡は無かった。

 ネグロスはこの屋敷に本当の意味で一人で住んでいたらしい。


「クローゼットが開けられたままだ。中は隙間も多い。急いで衣服を持ち出した、という感じだな」


「ああ。察するに、人造魔獣の実験……例えば制御に失敗したとかで、急いで街を離れる必要が出来てしまった、んだろう」


 状況から見て、その可能性が高いように思える。

 もちろんこれはネグロスを一連の事件の犯人だと考えた上でのことなので、その方向にバイアスがかかっている考察である。


「おい、こっちを見てくれ。金庫が破壊されている」


「なに?」


 皆でその破壊された金庫の方へ集まった。

 見てみると、金庫の心臓部である鍵の部分が、何か高熱で溶かされたかのようにひしゃげており、そのせいで扉が開いてしまっている状態だった。

 当然、中に入っていたであろう物は何も残っていない。


「熱で……溶かされたみたいだな。ネグロスほどの魔術師であれば、金庫を溶かす炎を生み出すことも不可能ではないだろうが……」


「でも自分の家の金庫だろ。壊す意味ってなんだ」


「あまりに急いでいて、鍵を開けるのも億劫だった、とか?」


「なるほど。鍵をどこに置いたか忘れちまってたのかもな」


 その可能性も無いではないだろう。しかし、この金庫も一流の魔術師が購入するほどの逸品だ。普通の熱で溶けてしまうようなヤワな作りはしていないはず。

 だとしたら、その鍵を溶かし破壊するにもそれなりの労力が必要だったはずだ。


「いや、どう考えても、鍵を探したほうが早い。たとえ金庫を溶かす熱を生み出せるのだとしても、それで実際に溶かしてやるには相応の時間がかかるはずだ。一瞬で鍵だけを溶かし壊すだなんて、とても現実的じゃない」


 これではまるで、先に金庫の鍵を壊すという結果があって、その結果に至るまでに炎という手段しかなかったから、仕方なく溶けたように見えている、かのようだ。


「それにしても、熱、炎か……。【燃え盛る悪夢】が、この金庫を壊したという可能性は?」


 今となっては金庫の中に何が入っていたのかはわからないが、魔獣が普通の金庫の中身を欲しがるようには思えない。


「いや、考えにくい。これまでの調査で【燃え盛る悪夢】が求めていたのは、基本的に生きた人間だけだ。金庫の中にそれがあったとは思えな──」


 思えない。

 が、絶対にないとは言い切れない。

 何しろこの屋敷に住んでいたのは、その【燃え盛る悪夢】を生み出したかもしれない稀代の天才魔術師なのだ。

 金庫の中に入ってしまうような、人間に似た生命体を生み出していたとしても、不思議はない。


「──まさか、それが……その金庫の中にいた存在ってやつが、今、この屋敷の地下にいる、なんてことは……」


「は、はは。こんな金庫に入っちまうくらいなら、大したことない魔獣なのかもな」


 乾いた笑いが誰かから出たが、それが強がりであることはそこにいた誰もがわかっていた。


「……どうやら、そろそろ覚悟を決める時間が来たようだ。

 二階はもういいだろう。次は地下を調べるぞ。気を引き締めろ。この作戦の成否に、ともすれば大陸の未来がかかっているかもしれない」


 ある者は家族の名を呟き、またある者は神に祈る仕草をし、ある者は黙って自分の得物を撫でた。


「行くぞ。地下室の調査だ。地上階に一般的なものしかなかったということは、ネグロスの研究室は地下にあった可能性が高い。何が出てくるかわからん。十分に注意しろ」



 ◇



 そうして、一行が降りていった地下には。

 金庫の鍵と全く同じように、高熱で溶かされ破壊された扉があり。

 さらにその奥には、全身に炎をまとった大男の姿があった。


「……【燃え盛る悪夢】を超えるプレッシャー……! こ、こいつが……この街の、このダンジョンの『ボス』か……! そして、あれが『ダンジョンコア』……!」


 その大男の傍らには、この世ならざる気配を放つ、真紅の水晶が無造作に落ちていた。





 ★ ★ ★


ん、まあ、だいたい合ってる(


このところちょっと忙しくて、感想返信等が滞っており申し訳ありません。

何が忙しいのかっていうと、コロナ感染で長期休業せざるを得なかった分のリカバリーとか、「黄金の経験値」のⅤ巻の書籍化作業とかですね。あとその特典SSの執筆とか。

すでに特典SS3本を納品しましたので、おそらく店舗特典とかは予定通り付くと思います。具体的にどちら様がどういうキャンペーンを打ってくださるのかは全く聞いていないんですけど。

まあその、引き続き頑張ります。


あと今日気がついたんですが、サブタイトルの話数がいっこ飛んでましたね。35話の次が37話になってました。修正しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る