第42話「第二次フォールド調査団」

 プリムス王国上層部が密かにネグロス捕縛に血道を上げる一方、大陸同盟や冒険者ギルドは城塞都市フォールドの調査を進めていた。

 この調査についてはプリムス王国にも報告は上げているものの、調査団には王国の関係者はできる限り関わらせないように細心の注意が払われていた。

『プリムス王国は何かを隠している』

 その疑いが濃厚であるからだ。


 もちろん、国家を運営していく中で、容易に明らかにできない情報もあるだろう。

 しかし、大陸同盟に所属している以上は、そして冒険者ギルドの恩恵を受けている以上は、開示すべき情報があるはずだ。

 少なくとも、あの城塞都市フォールドについては、同盟とギルドと連名で特級ダンジョン認定したわけだから、そのふたつの組織に対しては関連する情報を詳らかにするのが筋である。


 しかし現実として、プリムス王国はフォールドについて何かを隠している。

 おそらく「決戦魔術具」に関することだろう、と同盟は予想している。

 というのも、プリムス王国の紐付きの高位冒険者チームが、初回調査の折に決戦魔導具に関わる発言をしていたからだ。

 その発言をした冒険者が、プリムス王国の王族の一員であることは同盟も冒険者ギルドも把握している。彼女が六つ星に列せられているのも、一国の、それも大国の王族であるという事情が考慮されたからだ。

 共に調査を乗り越えた他のチームの冒険者たちにこの情報を漏らしたのも、彼女自身、王国から何も聞いていなかったからだろう。つまり、プリムス王国の王族に連なる高位冒険者が、王国上層部に不信感を抱いているということだ。

 だとすれば、王国は今、ふたつに割れている。その可能性がある。


 そして隠しているのが決戦魔術具に関することならば、最悪の場合、王国がネグロス・ヴェルデマイヤーを匿っている恐れすらある。

 プリムス王国のネグロス・ヴェルデマイヤーといえば、決戦魔術具の開発に深く関わり、そして現在は魔獣の研究に明け暮れているとされる一級魔術師である。

 フォールドにいたはずの彼の姿はどこにもない。冒険者ギルドや大陸同盟の調査能力をもってしても、未だにその姿は捉えられていない。

 すでにどこかの組織に匿われている、と考えるのが妥当だろう。その場合、容疑者の筆頭は言うまでもなくプリムス王国だ。

 この状況で彼を匿っているとなると、同盟に対する反逆行為も取られかねない。


 そんな状況では、さすがに堂々と王国と共同戦線を張ることなど出来ない。

 冒険者が後を絶たないため、その監視と牽制のためにも冒険者ギルド主導でフォールドの調査を続行する、という名目で、王国関係者を締め出し調査任務を続けているのだった。



 ◇



「──【燃え盛る悪夢】は非常に特殊な魔獣で、戦闘すればほぼ確実にこちらが一方的に死ぬ。距離も防具も関係ない。戦闘を行えば、絶対だ。ほぼ、と言ったのは、稀に相打ちで【燃え盛る悪夢】を倒せるケースがあるためだ。これは向こう見ずな冒険者たちののお陰で判明した」


 協力と言っても、そうと宣言してされたわけではない。向こう見ずな冒険者たちはだ。そして調である。


「死亡した冒険者たちの詳細なデータがあるわけではないため、はっきりしたことは言えないが、おそらく【燃え盛る悪夢】には耐久値とでも言うべき何かがあるのではないかと考えられている。一体の【燃え盛る悪夢】に対し、討伐までに死亡した冒険者の数がおおよそ一致していたことからそう考えられた。

 またこの耐久値だが、残念ながら10分程度で完全に回復していると思われる。討伐までに死亡した数が一致しているケースでは、必ず10分以内で片が付いているからだ。逆に10分を超えて討伐できたケースはない。これは、一体に掛けられる被害者数が容認できる数を超えたため、討伐を断念したものと考えられる」


 そこで六つ星セクスタプルパーティ【コンコルド】のリーダー、ベルンハルトは一旦言葉を切った。

 彼は大陸同盟から派遣された冒険者だ。

 初回の調査任務を成功させた功績から、今回も冒険者たちのまとめ役を任されていた。


「協力者たちに依頼して、じゃない、あー、協力者たちが勝手にダンジョンに入って勝手にやっている【燃え盛る悪夢】の討伐だが、今の話で分かる通り、一定の成果は出ている。協力者の被害は甚大だが、想定の範囲内だ。また、戦闘を介して死んでしまった人間は、どうやら【燃え盛る悪夢】のお仲間にはならないらしい。完全に燃え尽きちまって原型を留めないからかもしれんが、詳細は不明だ。戦闘を介さず、連中にとっ捕まっちまった間抜けだけが連中の仲間として蘇る」


 向こう見ずな冒険者たちが勝手に突入して勝手に死んでいる、と、プリムス王国の手前表向きはそうなっているが、今ベルンハルトが話している通り、実際は冒険者ギルドを通し大陸同盟から秘密裏に出されている依頼によるものである。

 これもフォールドとそこに巣食う魔獣【燃え盛る悪夢】の調査のためだった。

 完全に冒険者を捨て石にする作戦だが、【コンコルド】のような高位冒険者ならいざ知らず、星の数が三つ以下の低位の冒険者の扱いなどこんなものである。


「それからどこからがその『戦闘』に含まれるかだが、これは人間一人とその人間が携行できる武装だけで攻撃をした場合、になっているようだ。わかりやすく言うと、弓やクロスボウで攻撃した場合は『戦闘』に含まれるが、設置式のバリスタで攻撃した場合は『戦闘』には含まれない。魔術による攻撃も同様だ。通常の魔術や個人で携行可能な魔術具で攻撃すると『戦闘』になるが、大型の魔術具や設置式の魔術陣を使用した攻撃なら『戦闘』にはならない。一方的に攻撃が可能だ。とは言え、そんな大掛かりな仕掛けを使っても、奴らを10分以内に殺し切るのは簡単じゃないわけだが……」


 使い捨ての低位冒険者の命を最大限に利用し、検証した結果である。

 これらの手法をうまく使い、さらに冒険者を囮に都市から誘き出すことができれば、いつかはフォールドから【燃え盛る悪夢】を駆逐することができるかもしれない。

 しかし、それには気が遠くなるほどの費用と時間が必要となる。

 それができるだけの余裕は同盟にもギルドにもなかった。


「それらの作戦が功を奏し、少なからず【燃え盛る悪夢】の数を減らすことができた。数を減らせたことで、優秀な斥候たちの努力により内部の調査が進み、我々は連中の行動をパターン化することに成功した。

 街の見取り図を見てくれ。この赤い線がわかるか? これが今、街なかで確認されている【燃え盛る悪夢】の巡回ルートだ。特別な理由がない限り、奴らは毎日この線の上を移動する。で、それにこの感知範囲を重ねると……。見ろ。今見えている細い道が、連中に見つからず、目的地に到達できる道しるべだ」


 見取り図には、細い線がいくつも枝分かれしながら、途切れ途切れに描かれている。途切れているところは【燃え盛る悪夢】の感知範囲に被っているため、通り抜けるには【燃え盛る悪夢】の巡回の時間を見極める必要がある。


「次の調査は、潜入任務となる。各パーティから斥候技能に優れた者を選出してもらい、その者たちを中心に潜入部隊を結成する」


 話しながら、ベルンハルトは見取り図を指でなぞった。

 途切れ途切れの細い線の上を、門から一筆書きに街外れまで辿っていく。


「これがその潜入ルートだ。目的地は街外れの屋敷。プリムス王国一級魔術師、ネグロス・ヴェルデマイヤーの研究所だ。ギルドと同盟は、ここに今回のダンジョン化の秘密が隠されていると睨んでいる。【燃え盛る悪夢】以上の危険がある可能性がある。ゆえに潜入チームには、斥候だけでなく戦闘が得意なメンバーを入れる必要がある。その分斥候役の負担は増えるが、ここは気張ってもらいたい。

 以上だ。質問はあるか? なければこの後メンバーの──」




 

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