第41話「出来心の末路」

 プリムス王国上層部の中で特級ダンジョン『フォールド』を生み出した元凶と目されている人物──ネグロス・ヴェルデマイヤー。

 これは大陸同盟、及び冒険者ギルドにはまだ正式に公開されてはいないものの、初回の調査時でもチームが彼の屋敷を目標のひとつと定めていた通り、怪しんでいるのは確かであった。

 いや、あるいはすでに確定情報として認識しているかもしれない。王国上層部の情報を知る立場の人間の中に、スパイがいないとも限らない。


 故に、王国はネグロスの身柄をどこよりも先に押さえる必要があった。

 彼が本当にダンジョン化の原因かどうかはわからないものの、新種の魔獣【燃え盛る悪夢】が発生した瞬間に彼がフォールドにいたことは確かだ。フォールドで魔獣の研究をしていた彼以上にこの事件について詳しい人間はいない。

 しかし残念ながらネグロスの足取りはすでに途絶えていた。王国の暗部が引き続き行方を追っているが、結果は芳しくない。


 そこへ新たに齎されたのが、ネグロスらしき人物から持ち物を盗んだという少年の情報だった。

 王国上層部から連絡を受けた暗部はすぐに少年の確保に走り、程なく捕縛された。

 ネグロスの持ち物はすでに闇市に売り払われていたが、暗部が丁寧に聞き込みを続けたことにより、その現物も確保することが出来ていた。



 ◇



「さて。長い間付き合ってもらってお疲れ様だったね。最後の確認だ。このやり取りが正式に書類に残ることになるから、慎重に、正確に答え給え。

 少年の名前は?」


 窓のない、石造りの部屋。

 かろうじてロウソクによる明かりだけがある薄暗い部屋で、騎士然とした鎧を身に着けた男が尋問をしている。

 部屋には簡素な机と椅子だけがあり、騎士の男は立ったままだが、椅子には少年が座らされていた。


「ぼ、ボンゴでず……」


 椅子に座った少年は、パンパンに顔を腫らし、鼻や口、耳からも血を流している。


「すまない。正確に答えろと言ったつもりだったが聞こえなかったかな。ポンゴなのかボンゴなのか、どっちなんだ」


 騎士の男が手甲で机を軽く小突いた。

 それだけで少年はビクッと身体を震わせる。


「ボンゴでずうう! もうゆるぢでぐだざいいいい!」


「残念ながら、君を許すのは私の仕事ではない。私の仕事は君から事実を聞き出して、それを記録することだ。そのために必要なことはたいてい認められている。まあ、名前はもういい。重要ではないからな。

 次の質問だ。君が盗みを働いた相手だが、国定一級魔術師のネグロス・ヴェルデマイヤーで間違いないか? 彼が着ていると思われる服はあれだ」


 騎士の男は壁にかけられた豪奢なローブを指差した。

 少年は腫れた瞼を必死に開き、それを見て、何度も頷いた。


「ぞっ、ぞうでず! あのローブでずう!」


 少年の悲鳴のような回答に、騎士の男は手元の羊皮紙に何かを書きつける。


「……個人の、特定は、できないまでも、状況証拠から、盗難被害者は、ネグロス・ヴェルデマイヤーで、ほぼ間違いなし、と……。

 よし、では次だな。君が盗んだ物品だが、こちらで間違いないかな?」


 騎士の男の言葉にあわせ、牢──もとい、取調室の外から、男の助手が布に包まれた何かを持って入室してきた。

 それを受け取った騎士は、丁寧な手つきで布をめくっていく。

 中から現れたのは、ロウソクの灯りしかない薄暗い取調室の中でもはっきりとわかる、闇色の光を放つ水晶だった。


「あ、あい……。ぞの水晶でず……。か、金になるど、お、思って……。母ちゃんが、急に、具合悪くなっだがら……薬が、欲しくでぇ……。歩いてただけなのにぃ……」


「盗んだ理由は聞いていなんだが。まあ、いいだろう。次に聞く予定だった部分だ。さて。調書を取るべき内容は以上だ。お疲れ様。

 ……これは蛇足だが、結果的に親不孝なことしたものだな、とだけ伝えておこう」



 ◇



「盗んだ少年の背後関係は洗ったか? 売却先は?」


 筆頭宮廷魔術師ヒルベルト・ベークマンは自身の執務室で、国内の治安を統括する騎士長から報告を受けていた。

 本来であれば法務大臣が受けるべき報告である。いや、本来であれば難民キャンプで起きたスリ事件ごとき、報告されることなどない。

 この事件に担当尋問官が付き、ヒルベルトまで報告が上げられたのは、ネグロス・ヴェルデマイヤーとの関連が強く疑われるためだ。

 今後、ネグロスに関連するあらゆる情報はヒルベルトに回されることとなる。

 ヒルベルトが責任を持って彼を捕縛することが議会で正式に決定されたからだ。

 

「全て調査済みです。少年に紐はついておりませんでした。売却先は困窮者のために盗品や拾得物、魔獣素材の買い取りを手広くやっている小さな個人商店です。どちらもフォールドからの避難民ですね」


「……光る水晶というのは魔術具でも存在するが、闇色の光を放つなどという怪しいものを何の疑いもなく買い取ったのか?」


「個人商店に商品在庫がほとんど残っていなかったのが、雑に買い取った理由のようです。値段も二束三文で、それこそ水晶というより『光る魔術具の廉価版』としての価値しか認めていなかった程度ですね。恐ろしい話ですが」


「まったくだな。さて、例の水晶がネグロスらしき人物からスリ盗られたものだとこれで確かになったわけだ」


「は。件の人物の捜索については、引き続き我々や暗部の者にお任せください。筆頭殿におかれましては、あの水晶を調べ、ネグロスの目的を明らかにすることに尽力いただきたく……」


「わかっておる。……なにしろ、オリハルコン製のナイフでも傷すら付かない異常な硬度を持つ水晶だ。そんなものが光を発している、つまり、少なからず何らかのエネルギーを放っているのだ。魔術の発展という意味でも、安全面でも、放っておくことなど出来ぬ……」


「魔術の発展については、事件解決まではほどほどにお願いします」


「む、それはそうだが、しかし魔術的に研究が進まねば捜査の手がかりも掴めん可能性がだな」


「わかっております。くれぐれも優先順位をお間違えのないように、という話です」



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