第40話「謎の新魔獣」

 城塞都市フォールドが特級ダンジョンとして封鎖されたことで、王都から見てフォールドより外側にある町や村は全て避難区域に定められた。

 とは言っても、末端の村々まで通達が届くまでには大変な時間がかかる。各国の上層部が持っているような通信用の魔導具など、町や村レベルでは持っていないからだ。そのためこういった場合には国の要請を受けた冒険者や行商人が、書類として用意された通達を運ぶことになっている。


 元々フォールドに住んでいた一部の貴族や富裕層たちからは、ある意味で英雄並みの扱いを受けている行商人ラルフもまた、この依頼を受けることにした。

 彼が行商をしているのは富や名誉のためだけではなく、国のために貧しいながらも開拓に勤しむ人々のためでもあるからだ。

 もちろん行商人がひとりで全ての地方に連絡ができるわけではない。他の行商人や冒険者も方方への連絡役にと駆り出されている。

 その中でラルフが受け持ったのは、ハガー開拓村への連絡だ。

 ラルフは以前、あの開拓村で奇妙な奴隷を買い取り、それをスミット奴隷商会に卸したことがあった。先日、あの運命の日にラルフがスミット奴隷商会を訪ねたのも、あの時の奴隷のことを気にしてのことだった。


 ──全てはあの奴隷が鍵を握っている。


 ラルフは直感的にそう感じていた。

 人間にそっくりでありながら、決定的に違う奇妙な生物。顔立ち、身長に対する足の長さ、肉付き、骨格、そして何より、耳の形。

 もしあれが本当に魔族で、フォールドのダンジョン化に魔族が関与していたのだとしたら。

 その責任の一端はラルフにある。

 そして、もしかしたらハガー開拓村にも、あの魔族による影響が及んでいるかもしれない。

 そう考えてしまったら、ラルフは素直に富豪たちの称賛を受け取る気にはなれなかった。

 ハガー開拓村への連絡任務を請け負ったのにはそうした理由もあった。


「ハガー開拓村の人たちの純朴な笑顔……。それがもし、フォールドの住民たちのように曇らされてしまっているとしたら……」


 一抹の不安を胸に、ラルフは馬車を走らせた。


 

 ◇



「──な、なんだよ、これ……」


 素朴ながらも温かみのある、通い慣れた街道を走り、十数日ぶりにやってきたハガー開拓村は──ゴーストタウンになっていた。

 いや、ただのゴーストタウンならまだいい。

 村には至る所に、腐敗した村人らしき遺体が転がっていた。

 どれも見覚えのある服装をしているが、その人数はラルフが知るよりずっと多い。もしかしたら、近隣の村からこのハガー開拓村へ避難してきた人たちもいるのかもしれない。

 いや、間違いなくそうだろう。開拓村の住民が、それも大人が、急にこんなに増えるだなんてありえない。どこかから他の人間が入ってこなければ。

 考えられるのは、近くの村からだろう。倒れている彼らの服装もそれを物語っている。

 フォールドに近い開拓村はラルフが知っている限りでも他にいくつかある。もちろんそれらの村もラルフの行商ルートだ。今回の連絡依頼では他の同業者や冒険者に任せたが、可能ならラルフが自分で行きたかったところだ。

 おそらくだが、他の開拓村に連絡に行った者たちが、誤ってこちらに逃げるよう誘導してしまったのだ。

 そしてハガー開拓村に逃げてきた彼らは、ハガーの村人たちと諍いになった。ハガー開拓村にまだ連絡が来ていなかったせいだろう。お互いの持っている情報に齟齬があったのだ。

 その結果が、この光景。

 誰もが助かろうとしたのだろう。ハガー開拓村の人たちも、他の村の人たちも。

 でも、叶わなかった。

 誰もが助かろうとしたがゆえに、お互いに争い合い、その結果、全滅した。

 冒険者だか、同業者だかが適当な情報を伝えたせいで──そして、ラルフがハガー開拓村に来るのが遅れたせいで、この悲劇は起きたのだ。


「い、いや……本当にそうか? ただの村人が争っただけで、こんな……全滅なんてするか? お互いに全滅するまで争い合うなんてこと、あるものなのか……?」


 村の異常な様子を不審に感じたラルフは、馬車から離れ、村の中を捜索してみることにした。

 村の中は、それはもう、酷いの一言だった。

 亡くなってから日が経っているせいだろう。どの遺体も腐臭を放っており、もはや顔の判別も出来ない有り様だ。


「うっ……」


 匂いも酷い。

 罪悪感か、義務感か、自分でも何かはわからない、焦燥感にも似た感情から、出来ることなら彼らを弔ってやりたいと考えていた。

 しかし無理だ。これだけの人数を、たった一人で埋葬してやることなど、到底できはしない。遺体はすでに腐敗が始まっている。無策で行えば、ラルフ自身も何らかの病気に罹ってしまうだろう。

 今やはるか人里離れた場所となってしまったこんなところで病気に罹ってしまったら、ラルフも彼らの仲間入りをすることになりかねない。


「うう……。ど、どうして、こんなことに……」


 つい先月までは、これまでと何も変わらない平和な日常を過ごしていた。

 国家存亡レベルの災害にも負けず、国民全員で一丸となって頑張ってきたのだ。その結果ようやく掴んだ平和だった。そのはずだった。


「なんで、なんでプリムス王国だけがこんな目に……」


 災厄『龍』による、魔術都市フォルトゥーナ襲撃。

 王国の代名詞でもあったあの魔術都市が、天然の災厄である『龍』に目をつけられてから、この国の運命はおかしくなってしまった。

 だがしかし、フォルトゥーナの関係者には申し訳ないが、それ自体はわからないでもない。

 フォルトゥーナは王国の魔術研究の最先端だった。その魔術の粋を集め、天にも届かんばかりの高い塔を造りあげたという。

 一説によればだが、その天をも手中に収めんとする人間の傲慢に龍が目をつけたのだとか。

 それが本当だとしたら、国や魔術師たちは納得がいかないかもしれない。

 しかし商人であるラルフには何となく理解できた。

 人より突出して目立つ者というのは、妨害を受けやすいものなのだ。きっと、龍の世界でもそうなのだろう。だから目をつけられ、攻撃された。

 龍は執拗に、フォルトゥーナとその関係者を攻撃し続けたという。

 都市から逃げ出した人々も、そのほとんどは逃げた先まで追われ、その命を狙われた。

 あまりに正確かつ容赦のない攻撃に、中には助けを求めて逃げてきたフォルトゥーナ難民を龍に突き出したり、あまつさえリンチにかけて殺してしまった町や村さえあったらしい。


 そんな悲劇からも時が経ち、ようやく立ち直り、王国全体が復興から緩やかな発展へと舵を取り始めたところで、これだ。

 ラルフでなくとも恨み言を言いたくなるだろう。

 ブツブツと世の中の理不尽さに対する愚痴を呟きながら、死臭の蔓延する村を歩き続け。

 ラルフはついに、生きて動いている影を見つけた。


「っま、待ってくれ!」


 サッと朽ちかけた家の角を曲がってしまった、赤い毛皮のような服を着た誰かを追い、ラルフもまたその角を曲がる。

 そこで見たものは。


「──なっ、なっ、なんだ!? ま、魔獣だって!?」


 それも、行商として各地を移動するラルフでさえ見たことがない魔獣だった。



 ◇



 それからのことはよく覚えていない。

 結果から類推するに、ラルフは無事に村から脱出し、魔獣は追ってこなかったらしい。

 ハガー開拓村、そして近隣の村が壊滅したのは、おそらくはあの魔獣のせいだろう。

 開拓村の壊滅と新種の魔獣の情報を伝えるため、ラルフは急ぎ王都へと向かった。

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