第39話「討伐依頼」

 煎じることができなかった薬草が黒狼が提出したものだと証明できなかったこと、また受付をした担当者が黒狼たちの人格を保証したことで、薬師からのクレームによって黒狼たちが咎められることはなかった。

 ただその情報だけは例のイケメン受付から黒狼へと伝えられた。


「まじかよ。やっちまったなァ」


「やっちまったでござるなぁ。せっかく初依頼を達成したでござるのになぁ」


「いやお前は何もやってねェだろ、薬草採取は全部俺一人でやったんじゃねェかよ」


「じゃあ黒狼殿ひとりの責任でござるな」


「こいつ……!」


 バイケンに当たっても仕方がない。

 とにかく、薬草採取に裏ワザは使えないらしい。


「まあ、しゃあねェな。薬草採取は諦めて、魔獣の討伐で稼ぐか」


「お、こんどこそ拙者の出番でござるな!」


「まァそうだな。俺は戦闘力がねェからな」


 プレイヤーやクリーチャーに直接ダメージを与える魔法やアイテムもあるが、元々が戦闘などしたことがない温和な日本人である。バイケンがやる気を出しているのなら任せた方が合理的だ。


「任せるでござるよ! で、討伐目標はなんでござろう?」


「んー、たぶんこの辺が星ひとつの依頼書が貼ってあるエリアかな。バイケン、読んでくれ」


「えーっと、ワイルドラビットの討伐……。ワイルドドッグの討伐……。なるほど、多分野兎と野犬のことでござろうな。まあ星ひとつだし野生動物の駆除が関の山ってことでござろうな。どちらも警戒心が強い動物でござるから、餌と罠が必要でござる。根気のいる作業になるかもしれんでござる」


「あー。狩りってそういうもんか。まァ任せるわ」


「ガッテンでござる!」


 依頼を受けることを受付嬢に告げ、二人は宿に戻ると、野犬と野兎用の罠をせっせと作り始めた。

 


 ◇



 翌日、たくさんの罠を抱えて意気揚々と森に入った黒狼たちは、せっかく作ったその罠をすぐに投げ捨てることになった。


「な、なんで野犬の方から襲ってくるでござるか! 群れでもないのに!」


「おい兎が体当たりしてきたぞ! どうなってんだよ!」


 なぜなら、臆病かつ慎重な野生動物だと思われていたターゲットの方から、黒狼たちに攻撃してきたからだ。罠など仕掛けるまでもない。というか仕掛ける暇もない。


「あイテッ! クソ兎め! 生命力が減っちまったじゃねェか!」


 最大値で1000ある黒狼の生命力が──と思ったが、全く減っていなかった。それどころか、体当たりした兎の方が天から降り注ぐ光の柱に貫かれ、血煙となって風に消えていく。


「うお、グロッ! 何なんだ!?」


 見上げてみるが上には何も無い。よく晴れた空が広がっているだけだ。

 兎は先に消し飛んだ一匹の姿を見てもなお、次々と黒狼に体当たりをしかけてくる。そしてそのたびに、虚空から光の柱が降りてきて、兎の身体を貫いた。


「……あァ、もしかしてこれ、今着てる【ウィザーズローブ】の反撃ダメージか。そういやクリーチャーだったなァお前」


 兎の弾け飛び方から考えて、【ウィザーズローブ】の攻撃力と野兎の耐久力の間には大きな開きがあるようだ。であればおそらく兎の攻撃力も大したものではないだろう。ローブに蓄積されているダメージもたかが知れている。十数羽から体当たりを受けつづけたところでローブが戦闘破壊されてしまうこともあるまい。


「だが、万が一ってこともある。『ターンエンド』」


 すると黒狼が纏うローブが一瞬だけ光り輝き、兎の体当たりによって出来たらしいわずかなほつれが消えてなくなった。


「おお!」


 ついでに噛みついてくる犬を反撃で切り飛ばしていたバイケンも光に包まれ、返り血で汚れた外套が綺麗になっていた。


「助かったでござる、黒狼殿。まさか『たーんえんど』が汚れにも強いとは……」


「抗菌効果バッチリみたいな言い方するんじゃねェよ。しっかし、なんだこの野犬と野兎は……。仲間が死んでもお構いナシで突っ込んでくるとか、野生動物としてのプライドはねェのか」


 野生動物といえば、バイケンが言っていた通り、人間を見れば逃げていくような臆病なものだろう。プライドというと逃走とは逆のような感じもするが、生き延びることこそが野生動物の目的であり、そのために何をすることも厭わない矜持があるのなら、プライドを持って逃走を選ぶ覚悟は必要だ。と、黒狼は思う。


「明らかに異常でござるなこれ……。野生動物ひとつとっても、拙者たちの知るそれとは違うんでござろうか」


「でも冷静に考えてみりゃ、野犬はともかく野兎に冒険者をけしかけたりはしねェだろうし、この世界の野生動物は人と見りゃ襲ってくる危険生物なのかもな」


「あー、そういえば……。依頼書には『魔獣の討伐』とか書いてあったでござる。もしかしてワイルドドッグとかワイルドラビットって、野犬とかじゃなくて魔獣の一種なんでござるかな……?」


「おお、なるほどなァ。言われてみりゃそうかもな」


「それにしては、やっぱ弱すぎるでござるが……。兎の魔獣というと【ヴォーパルラビット】を連想するでござるが、アレとは雲泥の差でござる」


「一緒にすんなよ。あんなのに攻撃なんて食らったら【ウィザーズローブ】が一撃でボロ布になって、俺の生命力も半分削られるわ」


「黒狼殿のライフっていくつあるでござるか? やっぱ1000?」


「おう、生命力なら1000……待てよ、ライフポイントか……。なるほどなァ。なんで最初っから生命力だけ1000だったのかと思ったら、これライフポイントなのか、プレイヤーの。いや、だとしたらジワジワ回復してんのが意味不明だが……。まァ俺に有利な分にはなんでもいいか」


「ジワジワ回復するでござるか!? ずるいでござる!」


「俺に言うなよ。つってどこにクレーム入れりゃいいのかわからんが。まあいいわ。とりあえず、これで依頼は達成か? とっとと帰って報告しようぜ」


「待つでござる。ワイルドドッグはともかく、ラビットはローブ殿の反撃で消し飛んでるから、討伐証明がないでござる。もっかい探すでござるよ」


「うげェ……」





 ★ ★ ★


【ヴォーパルラビット】

召喚コスト :地風無無無

攻撃力   :250

耐久力   :10

カテゴリ  :【獣】【兎】【擬態】【メルヘン】

特殊能力  :

【首狩り】

〈パッシブ〉このカードはカテゴリ【人型】を持つクリーチャーと戦闘する場合、その戦闘中のみ攻撃力が倍になり、特殊能力【速攻】を得る。

【強襲】

〈パッシブ〉このカードはプレイヤーに直接攻撃をする場合、与えるダメージが倍になる。


──ふわふわの毛並とくりくりとした丸い目を持つ兎。人懐っこい性格で、人間を見ると寄ってくる。馬刺しが大好物。


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