第38話「禁止カード」

 星ひとつにランクが上がったことで、薬草採取や弱めの魔獣の討伐くらいなら問題なく受けられるようになった。

 薬草の採取については黒狼にひとつ考えがあった。ずっと前から試そうと考えていたが、機会がなかったアイデアだ。


 黒狼とバイケンは薬草を採取するため、町を出て近くの森にやってきた。


「町を出てちょっと歩くだけで森があるとか、自然が豊かな世界だなァ」


「そうでござるか? 普通そんなものだと思うでござる。カルタマキア世界に名だたる大都会ヒルスでもちょっと歩けば松林があるでござるよ」


 松とか聞くと急に日本ぽさが増す気がする。黒狼の脳裏に、歴史の教科書で見た「東海道五十三次」の風景がよぎった。授業で見た、ではなく教科書で見たというのがポイントだ。その頃黒狼は授業には出ていなかった。


「大都会東京じゃァそんなことはなかったな。そもそも街から出てちょっと歩くってのがまずハードルがクソ高いんだけどな。でも言われてみりゃ、奥多摩の方とか行けば東京だって森あったか……っと、おォ、それっぽい草見つけたぞ。薬草ってこれだろ」


「んー……。故郷の薬草ならわかるでござるが、知らない草でござるな。拙者ではまだ判断つかんでござる」


「いや、それは最初から期待してねェ。こっからはもうひとつの裏ワザを使ってみるつもりだ」


「期待してない!? ひどくないでござるか!?」


「カルタマキア世界の薬草知識が異世界で役に立つわけねェだろうが。カルタマキアの薬草ってアレだろ? ミミズバショウとかってミミズが生えてる薬草とかだろ? そんな現実離れした話があるかよ」


「拙者にとってはそれが現実でござる!」


「それはわかってるよ。でもここは異世界だからな。東京の摩天楼もヌメヌメ動く薬草も、どっちも現実的じゃないってこった」


 黒狼もバイケンも、もう地球やカルタマキア世界に帰ることはない。いやバイケンはデッキバウンス効果を使えば戻れるかもしれないが、戻る先は黒狼の【ストレージ】の中だ。そこがバイケンの知るカルタマキア世界と同一の場所なのかどうかはわからない。

 だから、この世界の自然環境や薬草の情報を大都会東京や和の国と比べるのは詮無いことだ。


「そこで、逆にここでしか出来ない手で薬草を判別してやろうって話さ。【ストレージ】で呼び出せる、カルタマキアのカードでな。そいつが俺の裏ワザってわけだ。見てろよ……。マジックカード【強奪】発動」


【強奪】は相手のアイテムカードのコントロールを奪う魔法だ。対クリーチャーの【精神魔法:支配】のアイテム版と言えるだろう。


「──よし、効いたな。薬草が俺のコントロールするアイテムになった。何となく使い方がわかるぞ。ライフポイントを10回復するが、同時に5ダメージを受ける効果みてェだな」


「効果低! 気休めにもならんでござる! 異世界エルフたちはこんな雑草集めて一体何に使うんでござろうか」


「ンー。攻撃力35程度で強者のレベルってことを考えると、意外と悪くない効果なんじゃねェか? こいつを何か色々加工して、苦みを除去したり効果を濃縮したりするんじゃねェかな。具体的には知らんから食うくらいしか思いつかんが。まァ妥当な効果だろ」


 雑草の状態でもリザード何たらの水魔法によるダメージの七分の一を回復できるのだとしたら、かなり効力が高いと言えるのではないだろうか。


「そんなもんでござるか。しっかし、雑草一房鑑定するためにいちいちコストのクソ重いコントロール奪取系カードを使うだなんて、パフォーマンス最悪でござるな」


「まァ待てって。裏ワザはこっからだぜ。マジックカード【緊急整備】発動」


【緊急整備】は、フィールド上にあるアイテムカード一枚をバウンス──手札に戻すカードである。これを使えば、すでに使用してしまったアイテムカードを再度コストを払ってもう一度使うことが出来る。

 ただし【緊急整備】自体にもコストが必要なこと、多くの設置型アイテムカードは次のターンには再使用可能になること、コントロールを奪った相手のアイテムを対象にした場合は相手の手札に戻ってしまうことなどから、あまり自分に対して使うプレイヤーはいない。

 主に相手フィールド上のアイテムを手札に戻させるために使うカードだ。


「よし、俺の【ストレージ】に戻ってきたな。『相手プレイヤーの手札』なんてもんはこの世界には存在しねェからな。そうなると思ったぜ」


 本来、手札からしか使うことができないカードを黒狼がストレージから直接使用可能なのは、手札やデッキにあたる『場所』がこの世界に存在しないからだ。黒狼はそう仮説を立てていた。その立証のためにもどこかでバウンス効果の実験は必要だと考えていた。

 戦闘中や本当にバウンスが必要になった時に慌ててそんな実験をするのはリスクが高いし、アホのすることだ。だから安全な薬草採取の依頼の最中に色々と試してみることにしたのだ。


「だが『相手の手札』はなくても『相手プレイヤー』と見なせる相手なら存在している。カルタマキアのルールで言えば、自分以外の全てがそれだ」


 カルタマキアは一対一でプレイするカードゲームなので、自分でないプレイヤーは相手、または敵プレイヤーになる。カードの中には『自分以外のプレイヤー』や『自分のクリーチャー以外のクリーチャー』のような指定の仕方をしているものもあるが、これらも全て対戦相手やそのクリーチャーのことを指す。もしかしたらいずれ多人数プレイを想定していたのかもしれないが、黒狼の知る限りでは公式でそういう遊び方を推奨する動きはなかった。単純にそれぞれのカードをデザインした人物の癖だったのかもしれない。


「つーわけで、俺は手札の【名もなき薬草】を指定し、マジックカード【手荷物検査】を発動。自分以外のプレイヤーの手札をすべて見て、その中に指定したカードがあれば、それを自分の手札に移す!」


 黒狼がカードの効果を発動すると、目に見える範囲の雑草のうち、先程抜いたものと同じと思われる種類の草だけが光をまとって浮かび上がった。


「おお! すごいでござる! これで薬草も一網打尽でござるな!」


 このカードはお互いの手札のやり取りのせいでゲーム終了後のトラブルが多発したため、大会などでは禁止指定されていた。しかしデジタルゲームではそのような行き違いは起こらないため、オフィシャルカードゲームとは違い禁止カードにはなっていない。

 いや、別にこちらの世界に審判ジャッジがいるわけでもないし禁止だろうがなんだろうが使えるものなら何でも使うのだが。


「めっちゃ集まってきたな。これ提出すりゃァ依頼達成になんだろ。よし、出しに行こうぜ」



 ◇



 黒狼たちの提出した薬草は問題なく引き取られ、他の冒険者の集めた薬草と一緒にされて薬屋へと卸されていった。

 しかし、黒狼は忘れていた。カルタマキアのアイテムカードは、「アイテムを破壊する効果」以外では破壊できないことを。


 黒狼の手によってアイテムカード化されてしまった薬草を薬師たちは煎じることができず、冒険者ギルドへクレームが入ることとなった。





 ★ ★ ★


【強奪】

発動コスト :闇闇

カテゴリ  :【アウトロー】

通常魔法  :

相手フィールド上のアイテムカード一枚を指定して発動する。このターンの間、そのアイテムカードのコントロールを得る。


──いいもん持ってんじゃねえか。こいつはいただいていくぜ。お前のものは俺の……おい、なんだよ最後まで言わせろよ。




【緊急整備】

発動コスト :地

カテゴリ  :【工場】【職人】【古代文明】

通常魔法  :

フィールド上のアイテムカード一枚を指定して発動する。そのアイテムカードを持ち主の手札に戻す。


──だから以前から言ってましたよね。予防保全が大切だと。設備の故障で予算計画を見直すの、何回目ですか? いくら我々が御社の経営改善プランを提案しても、これじゃ何の意味もないじゃないですか。しっかりしてください。




【手荷物検査】

発動コスト :闇

カテゴリ  :【権力】

通常魔法  :

自分の手札のアイテムカード一枚を指定して発動する。自分以外のプレイヤーの手札をすべて見て、その中に指定したカードがあれば、それを自分の手札に移す。


──お前、この白い粉はなんだ? たこ焼き粉? そんなわけあるか。こっちに来い。詳しい話を聞かせてもらうぞ。こいつは一旦没収だ。




【名もなき薬草】

使用コスト :地

カテゴリ  :【異世界】【雑草】

消費アイテム:

〈アクティブ〉クリーチャー一体の耐久力またはプレイヤー一人のライフポイントを10回復する。その後、5ダメージを与える。


──異世界に自生している雑草の一種。ただ「薬草」とだけ呼ばれている。

 使用方法はおそらく食べること。傷を癒やす薬効成分が多く含まれているが、人はこの植物をそのままでは消化できないため、必ず腹を下す。





 ★ ★ ★


もうお気づきかと思いますが、アイテムカード【名もなき薬草】は煎じることはできませんが、ふつうに食べることなら可能です。

なんでこんなふうになってしまったかというと、このカードのデザイナーは黒狼くんであり、デザイナーの想定していた「使い方」が「食べること」しかなかったからです。

つまりデザイナーの設計ミスですね。オフィシャルのカードでも設計ミスとしか思えないやつが混じってるくらいなんだから素人の黒狼くんがやらかしてもしょうがない(

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