第37話「コントロールを奪う」

 黒狼とバイケンは話していた通り、次かその次あたりの適当な街──メディアードというらしい──で冒険者に登録してみることにした。

 が。


「──駄目です」


 冒険者になるための登録用紙のようなものに記入をし、受付で一番列が少なかったイケメンに提出したところ、すげなく却下されてしまった。


「なんでだ? ちゃんと記入しただろ? 字はちょっとヘタクソかもしれんがよ」


「結構きれいに書けたと思うでござるけどなぁ。ていうかそういう謙遜は自分で書いてから言ってほしいでござる」


 登録用紙に記入したのはバイケンである。

 言葉はともかく、黒狼はまだこの世界の文字までは履修できていない。


「……はぁ。ふざけているんですか? まずは仮面を取ってください」


「アー。そいつはちょっとな、無理なんだよ。えーと、そうそう、ひどい火傷の痕があってなァ。とても人前に晒せたもんじゃないんだ。すまんね」


「それはあなたの事情です。当ギルドには関係ありません。仮面を取ってください」


「いや、でもだなァ」


「取らないのであれば受付はいたしかねます。お引き取りください」


「待て、待ってくれ。ええと、おいバイケン。どうにかならんか」


「ならんと思うでござるが……。一応言い訳するとでござる。冒険者登録の注意事項をざっと見たでござるが、仮面をしたままではいけないとかそういう条文は無かったでござるよ。だから別に、厳密に言うと、仮面をつけてても登録ができないってことは無いんじゃないかと……」


 黒狼は字が読めないのでそれは知らなかった。

 そういうことなら、と受付イケメンを見ると、バイケンの説明を聞いたことで片方の眉を少しだけ上げ、いかにも「不快」と言わんばかりの表情を浮かべている。


「こちらは別に、お願いして登録してもらっているわけではありません。登録に際して面倒な問題がある方に関しては、受け付けた担当の権限で拒絶することも認められておりますので」


 つまり今黒狼たちは、決められたルールではなくこのイケメンの独断によって冒険者登録を拒否されようとしているというわけだ。

 前世の日本では考えられないことである。

 そこまでの権限を受付に持たせていることもそうだが、登録についての条文にない理由で拒否されようとすることもだ。

 いったいこの冒険者ギルドとやらのコンプライアンス意識はどうなっているのか。


「いや、面倒な問題っつわれてもだなァ。単に顔を見せたくねェってだけだろ? たまにゃアいるだろそういう奴も」


「ええ。たまにはいらっしゃいます。たまのことなので、すべて拒否しております。お引き取りください」


「アーっとだな」


「申し訳ありませんが、僕も暇ではないのです。これ以上しつこくされるようでしたら……。んん? その、衛兵を呼ぶことになりますが」


 イケメンは言葉の途中で辺りを見渡し、一瞬怪訝そうな表情をしたあと、衛兵を呼ぶとか言い出した。


(あー。もしかして、周りの冒険者たちにどうにかさせようとでもしたのか? だが残念ながら【姿隠しの仮面】の効果で、このやり取りは誰にも注目されてねぇ。んで、衛兵を呼ぶとか言い出したのか。つか、ていうことは、仮面がなけりゃ今ごろ先輩冒険者さんたちにボコられてた可能性もあるってことか? やれやれ、バイオレンスにもほどがあんだろ……)


 黒狼は真面目に冒険者登録をすることを諦めた。

 なので仕方なく、裏ワザを使うことにした。


「わァったよ。諦める。迷惑かけたな。詫びと言っちゃァ何だが……」


 黒狼は【ウィザーズローブ】の懐に手を入れ、【ストレージ】から金色に輝くネックレスを取り出した。


「こいつを受け取ってくれ。迷惑料ってやつだ。売りゃあそれなりの値段になると思うぜ」


「……なぜ急にそんなものを? たとえ少々の賄賂を渡されたとしても登録をすることはありませんが」


 イケメン受付の言い草からすると、少々でない量の賄賂を渡せば登録してくれそうではある。

 しかしそもそもが、老魔術師のところから盗んできた宝石などの資産をこれ以上減らさないために日銭を稼ごうというのだ。登録のためにその資産を放出するのは本末転倒である。


 もちろん、こんなことは黒狼だってしたくはない。お人形遊びはごめんなのだ。

 しかし金には代えられない。

 今後、この世界でどのように生活していくにしても、先立つものは必要だ。

 金は人の尊厳よりも重いのである。それが他人の尊厳ならばなおさらだ。


「俺たちだって、別に冒険者ギルドや衛兵に睨まれてェわけじゃねえェんだ。言ったろ。迷惑料だって。これで俺たちのことは忘れてくれ。じゃァな」



 ◇



 翌日。

 再度冒険者ギルドに行き、前日と同じイケメンのところへ登録用紙を出した黒狼たちは、問題なく登録を終えることができた。


「いやァ。良かった良かった。なァバイケン」


「いやー……良かった、んでござるかなぁ……。自分で言うのも何でござるが、拙者から見てもちょっとどうかと思うやり方だったでござるが……」


 以前にも触れた通り、カルタマキアのカードの中には、相手プレイヤーのフィールド上のクリーチャーのコントロールを奪う効果を持つ物もある。マジックカードであれば【精神魔法:支配】、アイテムカードであれば【使役の首飾り】が代表的だ。

「コントロールを奪う」とは、そのカードを相手フィールドから自分のフィールドに移動させ、自分のカードであるかのように扱うことを言う。クリーチャーであれば自分の手駒として使用でき、アイテムや場に残るタイプの魔法であれば、その効果を自分のものとして行使することができる。また、例外的にクリーチャーカードをアイテムカード扱いで移動させるようなものや、逆にクリーチャー扱いとしてアイテムカードをコントロールする効果もある。

 いずれの場合も共通しているのは、自分のものではないカードを効果によって自分のものにしてしまえるということだ。

 登録の際に黒狼が使った裏ワザとは、つまりそういうことである。


「正直なところ、あの受付くん……。大丈夫なんでござるか? 元に戻さなくても」


「いやだって【使役の首飾り】は永続効果だし。戻したくても戻せねェんだよ。首飾りを破壊してやらないと」


「コストを払わなければ勝手に破壊されるんじゃないでござるか?」


【使役の首飾り】は発動コストとは別に維持コストが必要なタイプのアイテムカードである。ターンエンド時にコストを支払うか、【使役の首飾り】を破壊するかのどちらかをプレイヤーが選ぶ形だ。故にコストの支払いを拒否すれば1ターンで自動的に破壊される。


「なんかコストは街の宿に置いてきたマナ結晶が勝手に供給してくれるんだよなァ……。そのマナ結晶を破壊すれば話は別だが、結局アイテム破壊カードが要ることになるしな。

 まあ、用は済んだし本人には例のごとく『後は好きに生きろ』って言っておいたから大丈夫だろ。あの様子なら、俺らのことを上司や同僚に漏らしたりしねェだろうしな」


 ともかく、晴れて冒険者となった黒狼たちは、登録の際に入手した冒険者証が身分証として使えるよう、冒険者ランクというものを上げることにした。

 登録したばかりの黒狼たちは、冒険者のランクを示す『星』の数がゼロである。この状態の冒険者の身元をギルドが保証することは基本的にはないそうだ。

 身の証を立てるというか、ギルドに対して最低限の信頼を得るためには、最低でも星一つが必要であるらしい。

 どんな素性の者でも受け入れる冒険者ギルドと言えども、自分たちで信用できない者の身分を保証することは流石にできない。そのため登録後はかならず星ゼロの状態から始まり、その者は信用できるとギルドが判断した時点で星がひとつに昇格するということだ。

 その後は功績や実力によって星の数が増えていき、最高位の冒険者は七つ星セプタプルの称号で呼ばれているそうだ。

 しかしその昇格条件は非常に厳しく、現在は七つ星冒険者はひとりもいないらしい。ゆえに伝説の名誉称号のような扱いを受けているのだとか。

 七つ星冒険者というと、もはや一国の王族よりも立場が上に扱われるという話なので、名誉職というのもわからないでもない。

 そういうわけで、一般的には六つ星が事実上の最高位であり、四つ星以上が高位冒険者として扱われている、との話だ。


「つーことは、星が四つとか言ってたあの冒険者ってそれなりに凄かったんだな。若そうな声してたし、もしかしたら期待の新星とかそういう感じだったのかもな」


「ほー。四つ星の先輩に会ったことがあるんでござるな。強かったでござるか?」


「うーん。わからん。フラムグリフォンに一撃で殺られてたことしか覚えてねェ」


「ふらむぐりふぉん……。ああ、あの時の。確か耐久力の高いクリーチャーでござったな。攻撃力は雑魚同然のはずでござるが……」


 フラムグリフォンの攻撃力は100。マスクドバイケンと比べると半分以下である。雑魚と言われても仕方がない。

 しかし一般男性代表の黒狼の攻撃力はわずか5だ。その20倍も強いと考えると、フラムグリフォンも十分に化け物である。もっとも地球の一般男性とこの世界の一般男性がどのくらい乖離しているのかについてはまだはっきりわかっていない。


「だとしたら、その雑魚同然のレベルが星四つの冒険者のレベルってことなんだろ。

 まァ、他人のことはいい。とりあえず自分たちの冒険者ランクとやらを上げていこうぜ。まずは……薬草を集めるとかそういう感じか?」


「いや、最初はドブ浚いとか、町の中でできる依頼ばっかでござるな。キツくて汚い掃除系しかないでござる。まあ危険はないかもでござるが。難易度で言うならもっと配達とかもあってもおかしくないと思うでござるが……」


「星ナシの冒険者は信用がねェからな。怖くて荷物なんか預けられねェんだろ。薬草採取とかも同じなのかもな。アホが間違えて毒草持ってきても困るだろうし、アホじゃない奴がワザと毒草持ってきても困るだろうし」


「なるほどでござる。でも、正直面倒でござるな、ドブ浚いとか。和の国のオエドの街ならまだしも、西洋だと普通に側溝に人間の汚物とか捨ててあったりするんでござろう? ちょっと嫌でござる。あの受付くんに命じて拙者らの星の数をちょろっと増やしたりできないもんでござろうかな?」


「和の国のオエドってのは、カルタマキア世界の中の話か。日本みてェなところだっけ。

 いや、さすがに星増やすのは無理だろ。言うて所詮は受付だし」



 ◇



「わかりました。星ひとつなら問題ありませんので、こちらで上げておきますね」


 できた。





 ★ ★ ★


【使役の首飾り】

使用コスト :光闇

カテゴリ  :【首飾り】【神代文明】

装備アイテム:

〈パッシブ〉フィールド上のクリーチャー一体を指定して装備できる。装備したクリーチャーのコントロールを得る。この効果はこのアイテムカードがフィールド上に存在する限り有効である。

〈パッシブ〉ターン終了時、光と闇のマナを一マナずつ支払う。支払わない場合、このカードを破壊する。

〈パッシブ〉このカードは、すでにカテゴリ【首飾り】を持つ装備アイテムカードを装備しているクリーチャーには装備できない。


──この首飾りの恐ろしいところな、相手の心を意のままにできるところじゃねえ。あまりに美しすぎて、他人に付けさせたいとは全く思えないところだ。おい! 触るんじゃねえ! こいつは俺のだぞ!

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