第36話「王国の重鎮たち」

 辺境の城塞都市フォールド、現在は都市型ダンジョンとして認知されているフォールド周辺は、それまで以上に厳重な立入禁止の措置がとられた。

 プリムス王国、大陸同盟、冒険者ギルドの連名によるものという非常に珍しいケースであった。国家と国際機関と冒険者を束ねる組織が、解決不可能だと白旗を上げたに等しい宣言であるからだ。過去にも例がない。

 もちろん、荒くれ者が多い冒険者の中には、ギルドの決定を良しとせず無許可で挑戦した者たちもいる。しかしそのいずれの挑戦もただフォールドの【燃え盛る悪夢】を増殖させるだけの結果に終わったという。

 この事実は挑んだ冒険者たちの生き残りや知り合いたちから口伝えで広まっていき、立入禁止の宣言から数週間が経った今では、近隣に住む冒険者たちの中には『人間を魔獣に変えてしまうダンジョンがある』という話を知らない者はいない。


 プリムス王国上層部にとって、このダンジョンは頭の痛い問題だった。

 ダンジョンそれ自体は別に良い。ある意味慣れているからだ。こういう開放型のものは稀だが、地下構造物というようなダンジョンはたまに見つかることがあり、その中にはたいてい魔獣がひしめいている。彼らは入口さえ塞いでしまえば外に出てくることはないのでほとんど害はない。

 一方でフォールドのような開放型ダンジョンはそもそも出入り口がない。ダンジョンとそれ以外が明確に区切られているわけでもないので──元々街を守っていた城壁はあるが、ある程度の距離であれば城壁の外まで魔獣が出てくることは確認済み──封鎖して閉じ込めるといったことは出来ない。

 まずいのはダンジョンではなく、その中にいる魔獣の来歴である。より正確に言えば、魔獣を生み出したかもしれない国定一級魔術師ネグロス・ヴェルデマイヤーの扱いだ。

 国内を探らせている暗部からの報告では、フォールド周辺からの避難民の中に国定魔術師のローブを着た人物がいたことがわかっている。避難民は辺境から王都方面へ向かって移動し、件のローブの人物は王都の手前で西側に逸れる集団に混じっていたらしい。

 王都周辺の様子を探りつつ、しかし必要以上に近づきたくはなかったという意図が見え隠れしている。

 このいかにも怪しんでくれと言わんばかりの動きも、独りよがりで傲慢だったヴェルデマイヤーらしいといえばらしく、あの魔獣の生みの親が彼であるという仮説の信憑性を高めていた。



 ◇



「まったく……。なぜ我が国だけがこのような目に……」


 城の会議場、その議長席で、プリムス国王コルネリウスは眉間を揉んだ。このところ常に皺が寄っている気がしていたため、半ば癖になってしまっている仕草だ。


「ヴェルデマイヤー卿は確か、フォルトゥーナの出身だったか」


 コルネリウスの呟きを拾い、大臣のひとりが問題の国定魔術師の来歴についてそらんじた。

 国定魔術師ともなれば、王国から一代貴族の位を授かるほどの地位である。ネグロスもその功績と実力から一級に認定され、子爵に比する扱いを受けていた。大臣が敬称をつけたのはそのためだ。


「左様。ネグロスはかの都市の大学で王国の魔術の発展に多大な貢献をしておる。国定魔術師の称号を受けたのもあの都市でだな。それも、忌々しい龍めにフォルトゥーナが滅ぼされるまでの話ではあるが……」


 大臣の言葉に、筆頭宮廷魔術師ヒルベルト・ベークマンはそう続けた。彼はネグロス・ヴェルデマイヤーとは大学の同期であり、フォルトゥーナが滅ぼされる事件が起きるまでは、ふたりのうちどちらが筆頭宮廷魔術師になるのだろうかと人々に囁かれるほどのライバルでもあった。


「ああ……。そうか。出身というだけでなく、あの悲劇の生存者のひとりだったか。それはなんとも……」


「あの悲劇の生き残りは少なく、そのいずれもバラバラの家族だったと聞く。であれば、ネグロスも龍に愛するものを奪われた被害者のひとりと言うわけだ。

 此度の魔獣、それを生み出したのも、おそらくは龍めに復讐をするためだったのではないかな。あ奴が新魔獣の研究に没頭しておるという話はわしの耳にも届いておった……」


「その感情は理解できる。そして、それがひいては王国のためになるであろう研究だったこともわかっておる。しかし、そのためにフォールドという重要な都市をひとつ失ってしまうというのは、明らかにやりすぎだ。ネグロス・ヴェルデマイヤーには相応の罰を与えるべきだ」


 また別の大臣がそう発言した。彼は魔術畑の派閥とは仲が良くない派閥の出身である。ヒルベルトの発言から、彼がどこかネグロスを庇うような雰囲気を滲ませていたのを敏感に感じ取ったらしく、ネグロスに対し厳しい判断をするよう誘導する内容の言葉だった。


「発言よろしいか。

 確かに、ヴェルデマイヤー卿には何らかの罰は必要かもしれん。しかし、件の魔獣を生み出したのが本当にヴェルデマイヤー卿であるならば、その技術は凄まじいの一言に尽きる。何しろ未だにその魔獣の死体を一体たりとも確保できておらんくらいだからな。であれば、その技術は王国のために役立ててもらうのが一番良い。仮に罰を与えるとしても、技術の供与や労働で贖うことが出来る程度の量刑に抑えるべきだと──」


「ぬるいわ! 現時点ですでに大都市ひとつとそこの衛兵たちを失っておるのだぞ! いかに技術を持っていようがたかが魔術師ひとりと天秤にかけられるものではなかろう! 技術を差し出させるのは当然! その上で死刑にすべきだ!」


「落ち着くのだ。魔術師の技術というものは、差し出せと言って簡単に差し出せるようなものでもなければ、別の者が教わってすぐ模倣できるようなものでもない。その者がこれまで積み上げてきた知識と研鑽、試行錯誤の集大成でもあるのだぞ。ネグロスほどの魔術師であれば、それはもはや固有魔術と言っても遜色ないほどの──」


「ええい、やめよ!」

 

 喧々諤々と口論を続ける重鎮たち。

 収拾がつかないかに思われたが、国王コルネリウスが一喝し、各々一旦ではあるが矛を収めた。


「どうするにしても、ネグロス・ヴェルデマイヤーを確保せんことには机上の空論に過ぎぬ。報告では、王都の手前で西側に逸れてから全く消息が掴めなくなったのだったか。まずはネグロスの身柄を押さえるところからだ。話はそれからだろう」



 ◇



 その後王国の諜報員より、件の魔術師らしき人物から闇色の水晶をスリ盗った孤児がいるらしいという情報が届けられた。


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