第35話「敗北を胸に」

 決戦魔術具のことまでは話されなかったものの、魔素枯渇現象についてフランチェスカから聞いた一同は、それぞれ愕然とした表情を浮かべた。


「魔素枯渇……そんなことが……」


「だが確かに、渦中にあったときは気が付かなかったが、今にして思えばあの身体の怠さはおかしかった。まるで駆け出しの頃に戻ったみたいだった。周辺の魔素が枯渇していたってんなら頷けるか……」


「待てよ、つーことはだ。あの新種の魔獣は魔素がねえところで攻撃スキルを発動したってことかよ。俺の知る限りじゃ、魔獣だって生きるのには魔素が必要なはずだ。ならなんで奴らは攻撃スキルを、しかもあんな強力なやつを使えたんだ?」


「……わかりません。ですが、フォールド周辺の魔素が限りなく減少しているのは間違いないと思います。だとしたら、そんなエリアで活動できることこそが、あの魔獣が新種たる理由のひとつなのかも……」


「マジかよ……。ただでさえ正体不明のあの異常な攻撃スキルがあるってのに、こっちは目一杯のデバフをかけられた状態で戦わなきゃならないってことか……」


「そう、なりますね……」


 このことはフランチェスカにとっても想定外だった。

 フランチェスカは、この新種の魔獣の誕生にプリムス王国の国定一級魔術師であるネグロスが関わっていたと考えていた。ネグロスは天才だ。その人格には少し問題があるが、魔術師としての能力はこの国の誰よりも高い。そんな彼が長年研究を続けていた、既存の人も魔獣も超える新たな生命の誕生。もし彼が本当にそれを成していたのだとしたら、フォールドの惨状もわからないでもない。

 しかし魔素の枯渇は、魔術師の実力を発揮する舞台とは最も遠い現象だと言っていい。魔素が枯渇したエリアでは当然ながら、あらゆる魔術が使えない。属性魔術はもちろんのこと、単純な身体強化の術もそうだし、従えた魔獣を召喚する召喚術のような特殊な術ももちろん使えない。そんな状況と一級魔術師のネグロスはどう考えても結びつかない。

 だから魔素枯渇現象という存在を知っていながら、魔素が枯渇していたことに気がつくのが遅れてしまったのだ。


「何にしろ、魔素が枯渇している状況を何とかできない以上、俺たちに出来ることはなさそうだな。悔しいが、フォールドはこのまま封印しておくしかない。とっとと上に報告を上げて、安全圏にもう一枚壁でも作ってもらって、絶対に誰も入らないように処置してもらうしかないな。

 それと、いつまでも『新種の魔獣』じゃ座りが悪い。今のところ、アレと交戦して生き残ってるのは……ここにいる俺たちだけだ。命名権は俺たちにある。報告書にも書かにゃならんし、ここで決めておこう。あいつの名前をな」


 ベルンハルトがそう言うと、他のメンバーも確かにといったふうに考えはじめた。

 通常、新種の魔獣が確認された場合は、その魔獣を最初に討伐した者に命名権が与えられる。これは大陸同盟と冒険者ギルドが共同で定めた国際的なルールだ。しかし全ての魔獣が人類にとって討伐可能とは限らない。中には単体で災害すら起こすような、強大な魔獣も世の中には存在する。

 そうした一部の魔獣の命名権は、交戦して生き残った者、その最初の者たちに権利が与えられることになっているのだ。

 例を上げると、例えば『龍』。

 大陸で確認されている6頭の龍のうち、2頭は人類との交戦記録があったが、いずれも討伐には至っていない。討伐どころか、傷一つ付けることが出来なかったと記録されている。

 新種の魔獣については、討伐にも一応成功はしている。ただし、討伐に寄与するダメージを与えたであろう者たちは皆死亡してしまった。

 であればそのパーティメンバーに「交戦した」という功績を以て命名権が与えられるだろうことは明白だった。

 仲間を失ったばかりでそんな話をするのも不謹慎ではあるものの、全員が揃っている今のうちに名前を決めておくのは合理的なことだった。

 炎に巻かれもがき苦しむマリアの最期を脳裏に浮かべながら、フランチェスカもあの魔獣の名前の案を出した。




「──よし、じゃあ多数決の結果、あの魔獣の名は【燃え盛る悪夢】に決まりだ。各自、依頼者にはそう報告してくれ。今回はこれで解散とするが……あの死地から逃げ延びた仲だ。俺個人としては、所属や派閥に関係なく、今後も何かあれば協力できたらいいと思っている。じゃあ、またな」


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