第34話「フォールド攻略戦失敗、その理由」

「……はぁ、はぁ……。こ、ここまで離れれば、大丈夫でしょうか……」


「はぁ、はぁ。ああ、追ってきてないな。撒いたと考えて良さそうだ」


 フランチェスカと【コンコルド】リーダーが後ろを振り返る。少し前まで追ってきていた黒い人影はもう見えない。こちらを見失った、と考えて良さそうだ。

 

 ふと【コンコルド】のリーダーを見ると、肘のあたりに怪我をしているようだった。何者かに引っかかれたか、どこかで引っ掛けたかというような怪我だ。フォールドから撤退してから戦闘らしい戦闘は起きていないので、おそらくどこかで引っ掛けたのだろう。

 フランチェスカは何となく違和感を覚えた。人間は経験を積んだり魔獣を倒したりすると、筋力や体力、魔力、持久力などが向上することが知られている。人によって成長しやすさや成長の限界に差はあるようだが、これは間違いのない事実である。体力の向上と共に再生力や自然回復力も向上するため、ちょっとした擦り傷程度ならほんの数分で治癒してしまう。

【コンコルド】のリーダーともなれば、相当な経験を積み、強くなっているはずだ。どこで引っ掛けたのかわからないが、この程度の怪我から血が流れているのは少々不思議である。 


「やっとかよ、クソ……。つか、なんでこんなに疲れてるんだ?」


【ブラックタイガー】のメンバーが毒づいた。【ブラックタイガー】のリーダーはフォールドで魔獣に矢を撃ち、その後燃やされてしまったため、もういない。


「……確かに、妙ですね。いえ、妙でした。【ブラックタイガー】の、ええと……」


「ショーンだよ。作戦前に自己紹介したろうが。まあ、俺も各パーティのリーダーくらいしか覚えちゃいねえが」


 自己紹介を兼ねた情報共有の際、フランチェスカは考え事をしていたためリーダーの名前すら曖昧である。


「ショーンさん。さっきまで私たちは疲れた身体を引きずるようにして走っていました。それで、今もまだ疲れていますか?」


「ああ? いや、今は……全然、だな。今すぐ全力疾走できそうなくらいにはスタミナが戻ってる。おかしいな、ついさっきまではあんなに疲れてたのに……」


「いいえ。おかしくありません。それこそが本来の、普段の私たちです。そちらの、ええと、【コンコルド】の……」


「おいおい、お前マジか。ベルンハルトだ。暫定とは言え統合チームのリーダーの名前くらい覚えててくれよ。で、俺がどうした?」


 申し訳ありません、と謝りながら、フランチェスカはベルンハルトの肘を見る。もう血は流れていない。かさぶた──どころか、すでに皮膚が盛り上がり傷跡は消えつつあった。

 これが上位冒険者のあるべき姿だ。ちょっとしたかすり傷から血が滴り落ちるなど、本来ならありえないことである。


「まだ、仮説でしかないのですが……。現在のフォールドの周辺では、私たちの自然回復力は極端に落ちていると思われます。疲れは取れず、傷は癒えず、そしておそらく、魔力の回復も遅いはずです」


「なんだと……? いや、確かにそうだ。言われてみればフォールドにいたときは全体的に身体が怠かった……。頭もどこかぼうっとして……。思考力も奪われていたってわけか。しかし、一体なぜ……」


 ベルンハルトもショーンも、他の者たちも一度は納得したような顔をしつつも、それによって新たに湧いた疑問に首を傾げている。それもそうだろう。必死に訓練し、魔物を倒し、鍛え上げてきたその能力が、フォールド近郊に滞在した一時のこととはいえ、奪われていたと言われたのだ。

 しかしフランチェスカは知っていた。同じ症状をもたらす現象の例を。


「同じ現象が起きる例を、私はひとつだけ知っています。それは……『周辺の魔素の枯渇』です。おそらくフォールド周辺では、大規模な魔素の枯渇現象が起こっています」


「なん……だと……」


「馬鹿な! ありえねえ!」


 魔素とは、大気中に常に一定の濃度で存在し、生きとし生けるもの全てに様々な恩恵を与えているエネルギーだ。前述の通り、戦うことによる成長の源も魔素だし、魔獣の発生や生命維持にも魔素が関係していると言われている。また多くの生命が呼吸により魔素を体内に取り込んでいることから、人類がまだ知らないだけで魔獣以外の生命の活動にも魔素が必要なのではないかと考えられている。

 その恩恵のひとつに、消耗した体力や魔力を速やかに回復させ、治癒能力も高める効果があることが最近になって明らかにされた。太古の昔から成長の恩恵を受けてきたはずの人類がなぜ最近までそのことに気が付かなかったのかと言うと、それは魔素が存在するのが当たり前のことだったからだ。

 魔素は常に大気中に一定の濃度で存在している。増えることもなければ減ることもない。ゆえに、魔素が周囲に存在しているというのはあらゆる検証において前提であり、それが覆ることなどなかったのだ。だからこそこれまでの人類は魔素の存在を変数として考えることはしなかった。魔素があるという前提において検証をしている限り、検証内容に魔素が関係していることを知る術はない。

 しかしある時、とあるエリアの魔素が枯渇するという現象が起きた。そのエリアの中、そして周辺では、人間たちが利用できて然るべき様々な力が利用できなくなっていた。成長した身体能力や魔法の力もそうだ。

 このとき、人類は初めて自分たちが魔素に生かされていたことを知った。


 同時に、一定範囲の魔素を枯渇させてしまうその『魔術具』の使用は凍結することを決意したのだ。

 そのことを知っているのは、人類の中でも一握りの人間だけ。件の『決戦魔術具』の開発を進めていたプリムス王国上層部と、大陸同盟の執行部の人間だけである。


(でも、そんなこと私は何も聞いていなかった。一体、何が起きているというの……? 王国は何を隠しているの? 末端とは言え王族である私にまで、一体何を……)





 ★ ★ ★


第12話くらいに載っけたマナ結晶のフレーバーテキストに「周囲の空間に存在する余剰エネルギーを自動でマナに変換する」って書いてあるんですけど、マナ結晶さん的には魔素とかいう知らんエネルギーは余剰エネルギー判定みたいですね。


余剰なのは勿体ないんでドンドコ有用なエネルギーに変換していきますわよ(

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