第33話「お前や!」

「……あ?」


「どうしたでござる、黒狼殿」


「いや、何か今、他人から急にポケットに手を入れられたかのような不快な感じが……。ああ、もしかして」


 黒狼は【ストレージ】の中に手を突っ込み、内部を探る。すると何十万枚に増えた【バーントコープス】のカードの中に、一枚だけグレーアウトしたものが混じっているのに気がついた。

 これは黒狼の【ストレージ】において、安置所モーチュアリのカードの特徴だ。

 今しがた感じた言葉にしづらい違和感は、おそらくこの一枚が外部から【ストレージ】の中に突っ込まれたことによるものだろう。

 グレーアウトしていること、外部からやってきたこと、このふたつから考えられるのは。


「あー。あれか。どっかの都市に置いてきた【バーントコープス】が破壊されたのか。クリーチャーを破壊する特殊能力なんてモンがこの世界にあるかどうかは知らねェが、戦闘で破壊されたんかな」


 ネグロスとかいう老魔術師が自信満々で出してきた水トカゲ男の攻撃力は35程度しかなかった。あの老人が自身を異常に過大評価しているとかでなければ、この世界では攻撃力が30もあれば強者と言っていいのだろう。

 そういう強者が複数揃っていたのなら、耐久力100の【バーントコープス】ではすぐにやられてしまうだろう。クリーチャーが受けたダメージはターンが変わるまでそのままだからだ。例えば攻撃力30のクリーチャーが相手方に4体いたとして、連続で攻撃宣言を受ければ、そのうちの3体からの攻撃を耐え切った後4体目に倒されることになる。反撃で相手を倒せるかどうかは相手の耐久力次第だが、もし攻撃力と同等の耐久力しか持っていないのであれば、攻撃力100の【バーントコープス】と戦闘した4体のクリーチャーは全員死ぬだろう。


「え、戦闘で破壊!? こ、黒狼殿は大丈夫なんでござるか!? 貫通ダメージは!?」


 戦闘で破壊されたクリーチャーの耐久力を相手の攻撃力が上回っていた場合、その差分は破壊されたクリーチャーをコントロールしていたプレイヤーがダメージとして受けることになる。

 先ほどの例で言えば、30×4で攻撃力の合計が120になるので、バーントコープスの耐久力100を差し引いた20のダメージを黒狼が受けるはずだった、ということだ。


「あァ、そういや受けてねえな。相手の攻撃力がちょうどこっちの耐久力と同じだったのか、それとも戦闘してる場所と距離が離れすぎてるからか……。もしかしたら、好きに生きろっつって放り出した時点で俺のコントロール下じゃなくなったからかもしれねえなァ」


 カルタマキアにはクリーチャーのコントロールを変更する効果を持つカードも存在している。例えばマジックカードであれば【精神魔法:支配】が使い勝手もよく人気がある。発動したターンの間、指定したクリーチャーのコントロールを得るという効果だ。

 これらの効果によりコントロールが移動したクリーチャーが戦闘を行う場合、その結果によるダメージは元々の持ち主に関係なく、その時点でコントロールしているプレイヤーが受けることになる。

 なので、破壊された【バーントコープス】をコントロールしていたのが黒狼ではなくなっていた場合、クリーチャーを貫通した戦闘ダメージを黒狼が受けていなくても不思議はない。

 通常、カルタマキアのルールでは自分のクリーチャーのコントロールを放棄する手段はないが、ここは異世界、現実である。もしかしたら交渉などの結果、そういうルール外の行動が出来るようになった可能性はある。


「うーん。わかんねえな。今すぐバイケンが誰かに戦闘で破壊されりゃすぐわかるんだが」


 黒狼は以前バイケンに「好きに生きろ」と提案している。その後、バイケンは自由意志で黒狼についくると決めたのだ。

 ここでバイケンが戦闘で破壊されれば、黒狼へダメージが入らなかったのが距離の問題なのかコントロールの問題なのかがわかるはずだ。


「ひえっ。絶対ゴメンでござるよ。てか、先日の盗賊とか時々見かける兵士とかの様子からするに、この世界の人間が拙者を戦闘で破壊するとか無理ゲーじゃないかと思うんでござるが」


 バイケンの本領はどんな行動でも妨害できるその特殊能力にあるが、戦闘力が低いわけではない。攻撃力250、耐久力300は戦闘でも十分に切り札足り得るステータスだ。

 前述のようにこの世界の強者の攻撃力が二桁止まりであるのなら、少なくとも一対一でバイケンを倒せる者などそうそういないだろう。十対一で囲んでようやく勝負になるレベルである。しかも囲んだ側は全滅を覚悟しなければならない。カルタマキアの戦闘ルール的に。

 さらに言うなら、10分が過ぎればターンが変わり、クリーチャーが受けていたダメージは一旦すべてリセットされる。たとえバイケンを倒しきれるだけの戦力を集めたとしても、10分以内にそれを為すのは不可能に近い。


「まあ、そのうち検証することもあるだろ。今は別にどうでもいいこった。それより、何となく人波に流されて来ちまってるけど、ここどこよ」


「拙者が知ってるわけないでござる。というかそもそも黒狼殿はどこに向かってるでござるか?」


「どこってわけじゃねえんだけどな。ちょっと探してる行商人がいてよ。まあ街道沿いに移動してればいつか会えるかと思ったんだが……」


「街道だって一本じゃないでござろうし、そんな行き当たりばったりで会えるわけなくないでござるか?」


 言われてみればその通りである。

 最初に訪れた例の村と奴隷として売られた都市をつなぐ街道が一本しかなかったこと、都市から先に進んでも分岐が一つしかなかったことから何となく街道って少ないんだなと考えていたが、分岐を別の方向へ進んでいればもっと分岐は多かったかもしれない。


「たしかに、そりゃそうか。他の連中の話からすると、この間の分岐を別の方向に行ってたら王都とやらに行ってたっぽいし、王都に近づけばもっと別方向に分岐も伸びてたかもしんねェ。全ての道はローマに通ずとかって言うし」


「ローマとかいうのがドコかは知らんでござるが、まあそういうことでござるな。それより、何となく流れで流されてきた人波なんでござるが、周りの話を聞いてる感じだとどうも避難民だったっぽいでござる。拙者が召喚された村から一番近い都市、フォールドとか言うらしいでござるが、そっから避難してきた人たちみたいでござるな」


「ああ、っぽいな。

 ……思い出したわ。バーントコープス置いてきたのたぶんその都市だわ。ってことはアレか。バーントコープスを戦闘で破壊できるだけの戦闘力を持った何者かが都市を襲ったから、ここの人たちは逃げてるってコトか。その程度の相手に都市ごと捨てて逃げにゃならんってのも大変だな。冒険者だかなんだかって連中は何してんのかね」


「ほー、冒険者。そういうのもあるでござるか」


「あるでござるよ。具体的にどういう連中なのかは知らんがな」


 日本にいた頃に触れていたサブカルチャーからのイメージから言うと、一番近い業態は派遣労働者だろうか。あるのかどうかも知らないが、さしずめ冒険者ギルドが派遣会社というわけだ。

 もし冒険者というものがイメージ通りに「誰でもなれる職業」であり、困窮者のセーフティネットのような役割を担っているのだとしたら、黒狼たちも考えてみるべきなのかもしれない。

 老魔術師の家からかっぱらってきた金貨や宝石も無限ではない。必ずいつかどこかで金を稼ぐ必要は出てくる。


「……次の街か村かで、一回それっぽい連中っつーか、事務所みたいなの探してみるか」


「冒険者になるでござるか? 拙者たちでもなれるでござるかな」


「なれなかったら理由を聞いてみて、一個一個解決してくしかねェな。金を稼ぐ手段がないってなったら、その時は盗賊にでもなるしかない。そんな奴らがワラワラでてきても困るだろうし、荒くれ者の冒険者が一種のセーフティネットみてェになってるんだとしたら、なるのにそう厳しい条件もないはずだ」


 この世界の冒険者がそういうものかはわからないため、あくまで黒狼の想像に過ぎないが。


「んー……。でも、もし仮に『仮面を付けたままでは登録できない』っていう条件があったとしても、世間一般から言うとそれは特別厳しい条件には当たらんと思うでござる……」


「あー……」


 この世界の人間は誰も彼も「北欧出身のエルフです」みたいな顔立ちだ。ところが黒狼の顔は純日本人風であり、耳も短く丸い形をしている。バイケンはどうだか知らないが、和の国とかいうのが日本に近い設定の国であるなら、日本人の黒狼とそうかけ離れてはいないはずだ。

 黒狼の顔を見た奴隷商が魔族だなんだとほざいていたことを考えると、仮面を外すというのは少々憚られる。


「ま、どうしてもって時はちイっと裏ワザも考えてるし、裏ワザが駄目だったら諦めて野盗コースかな。野盗になるのは金がなくなってからの話だがよ」





 ★ ★ ★


以下、いつものカード紹介やTipsと違いメタ的な内容になります。

仲間を増やすことにマナ消費してるのはもうたぶん検証しようがなくて誰にも絶対わからないのでここで補足。

作中に自然に無理なく入れられればいいんですけど。


Q:バーントコープスが勝手にお友達を増やしてるみたいなんですけど、これはバグですか?

A:ご安心ください。『仲間を増やす』行動は擬似的な『召喚』に当たるので、その都度『召喚コスト』が必要になります。バーントコープスの場合、一体につき炎マナ3です。勝手に増やしているわけではありません。自動的にマナを消費して増えているだけになります。

Q:なんだよかった。よくない。そのお友達が戦闘で破壊された場合どうなるんですか?

A:ルールに従って安置所、この場合は黒狼くんのストレージに送られます。

Q:……やっぱりバグでは? 結果的にカードが増えてると思うんですけど。

A:ストレージの中にはすでに数十万枚入ってるので今更増えても誤差だよ誤差(仕様です)

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