第32話「フォールド攻略戦、失敗」

 冒険者たちによるレイドパーティは、数日間の調査で判明した新種の魔獣の巡回パターンから安全に侵入できるタイミングを見つけ出し、慎重にフォールドに入った。

 このレイドの目的はダンジョンの攻略だが、攻略条件はいまだ不明だった。

 それを探り出すための優先目標である。発生源、中心部、ヒントが隠されているかもしれない屋敷、この三箇所のうちいずれかに攻略の糸口があるはずだからだ。

 特級指定ということで常よりも慎重な行動が求められている。

 慎重とは軽々しく行動したり、拙速な判断をしたりしないことである。つまり常道から外れず、積み重ねた知識と経験から最も妥当な選択をし続ける必要がある。


「……いた。魔獣を発見した。まだあちらからは見つかっていない。どうする? 魔獣の正確な戦力調査も仕事のうちだし、ダンジョン難易度を推し量るためにも一当てくらいはしておいたほうがいいと思うが」


【ブラックタイガー】の索敵能力はピカ一だ。彼ら自身は五つ星ながら、六つ星の冒険者でも彼らに敵う能力を持っている者は少ないだろう。

 街の外にいる人間さえも察知する新種の魔獣、それらよりも先に敵を見つけ出せるその実力は噂通り確かなようだ。


「……今のところ、新種の魔獣と戦った者は例外なく死亡している。足が遅いため遠距離からなら反撃はされないはずだし、そのくらいのことはまともな冒険者ならすぐに思いつくだろうに、なぜか誰も生き残った者がいない。おそらく種族的に何かしらのスキルを持っているのだろう。しかも未知のものである可能性が高い」


 人間がたまにスキルを持って生まれてくるように、魔獣の中にもスキルを持っているものはいる。しかもその多くの場合、魔獣は種族全体で固有のスキルを持っている。

 例えば狼系の魔獣であれば、そのほとんどが【嗅覚強化】を持っている。稀に持っていない狼もいるが、そういうタイプは種全体が【嗅覚強化】を持っていない。代わりに【聴覚強化】や攻撃スキルの【ダークネスバイト】を持っていたりする。なお、攻撃スキルを持っているような種は素で他種のスキルで強化された身体能力を上回っている場合が多い。一言で言うと上位種である。

 未知のスキルということは単純な能力強化系のスキルではない可能性が高い。つまり、新種の魔獣は既存の魔獣よりも上位の存在である可能性が高いということだ。


「……だが、いつか誰かが戦わなければ、魔獣の情報を得ることはできん。そしてそれは早ければ早いほどいい。自分たちのためにも、他の連中のためにもな。異論のある奴は?」


【コンコルド】のリーダーの言葉に、フランチェスカは自分のパーティメンバーたちと素早くアイコンタクトをした後、頷いた。他のパーティのリーダーたちも同様の仕草をした。彼の言葉は当然のものであるからだ。これから戦う自分のためにも、今後戦う見知らぬ仲間のためにも、敵の情報は早く得られるに越したことはない。


 まずは都合良く発見できたこの一体を、レイド全員総勢20人の冒険者で囲んで叩くことにした。

 先手は当然遠距離攻撃だ。

 レイドの中で、弓と長距離魔法に優れたメンバーが同時に攻撃を仕掛ける。

 上位の魔獣の平均的な耐久性を考えると、これをすべて喰らえばおそらくミンチになってしまうだろうが、まずは倒せることを確認し、その亡骸を確保するのが先決である。何しろこの新種の魔獣、これまで討伐されたことが一度もなく、非戦闘員からの目撃情報しか存在しないため、どういうタイプなのかさえまるでわかっていない。


「……よし、全弾命中確認。周囲に気を付けて慎重に近付くぞ。生きてはいないとは思うが、もしまだ生きていたら──なんだ!?」


 目をすがめて遠くの魔獣を確認していた【ブラックタイガー】リーダーは驚きの声を上げた。突然背後から強烈な熱量を感じたからだ。

 彼が慌てて振り返ると、新種の魔獣に投射攻撃をしたメンバーたちが例外なく全身を炎に包まれていた。


「マリア! マリア!」


 フランチェスカも【アウクシリア】の後衛職メンバーが目の前で突然燃え上がるという怪奇現象に動揺し、声を上げてしまっていた。

 しかしここはダンジョン。まるで素人のようなその行為が何を引き寄せるかは、冷静な状態の彼女たちならよく知っていたはずだ。


「しまった! 気づかれた! 魔獣が寄ってくるぞ! 一時撤退だ! 今ならまだ逃げ切れる! 燃えた連中は諦めろ!」


「っ!」


【コンコルド】リーダーの言葉は正しい。正しいが、すぐに割り切れるものではない。特に、ベテランとはいえ、結成以来一度もメンバーの変更がなかった【アウクシリア】にとっては。


「でも! マリアはまだ生きてる! 藻掻いているのよ! 回復魔法をかければ、きっと……!」


「駄目だ! もう試したがその火は水魔法でも消せない炎だぞ! 明らかに魔獣の攻撃スキルだ! 火が消せない以上、回復もできない! 諦めるしかない! 俺だって辛い!」


 言葉の最後に【コンコルド】リーダーの本音が覗いていた。彼もまた、これまで長く付き合ってきたメンバーが目の前で炎に巻かれて苦しんでいるのを見ているのだ。

 それを聞いたら、聞いてしまったら、フランチェスカも、他のパーティのリーダーも、それ以上抵抗することは出来なかった。


「──決まったな! 撤退だ! 急げ! 足が遅いと言っても、囲まれたら逃げられんぞ!」


 痩せても枯れてもベテランの冒険者たちだ。撤退すると決意したならその後の行動は早い。

 燃える仲間を後にして、最短距離で城門へ向かう。

 十分に距離を取ったところで、最後に置いてきた仲間に視線を向けた。それは未練であり、悔恨であり、罪悪感であった。

 

 そしてフランチェスカたちは目の当たりにする。燃えながらまだ息がある状態の仲間たちが、黒焦げの魔獣にたかられ、新たな魔獣へ変貌していく悍ましい様を。


「……作戦は失敗だ。こいつは一度、それぞれの雇い主に報告を上げたほうがいい。じゃないと無制限に敵が増えていくだけだ。クソが……」





 ★ ★ ★


いいところですが、次回は一旦主人公視点の話を挟みます。申し訳ありません。

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