第31話「フォールド攻略戦、開始」

 ネグロス・ヴェルデマイヤー。

 国定一級魔術師であり、かつて大陸中を震撼させた稀代の天才である。

 しかしそんな彼でも『龍』には敵わなかった。

 この世界に七柱存在する『龍』、そのうちの一柱にすら、人類は傷一つ付けることが出来なかったのだ。

『龍』に挑んだネグロスの自尊心は美しくも脆いガラスのように粉々に砕かれ、彼の住む街は『龍』に挑んだ報いとしてこの世から消滅させられた。彼の家族も、友も、故郷も何もかもが灰燼へと帰された。

 たった一人生き残ってしまった彼は、その後心を壊したという。

 この世のあらゆる生命の元となったと言われている『龍』──もちろん、人間以外の生命を指しているはずだが──である。既存の魔獣をいくら使役しぶつけたところで、その原種である『龍』に痛痒を与えられるとは思えない。

 であるならば、既存の魔獣とは違う全く新しい生命を、それも可能であれば『龍』に支配されていない人間の因子を持った生命を生み出すことができれば、『龍』への切り札になるのではないか。

 心を壊した彼が求めたのは、そうした新たな生命を創り出すという、まさに神の領域を侵す行為だった。『龍』への復讐のみを考え、あらゆるタガが外れてしまっていた彼は、一説によれば同盟法で禁止されている人体実験をも繰り返していたという。

 それが本当かどうかはわからないが、彼がこの辺境都市で何らかの実験を繰り返していたことは確かなようだ。

 そして、そんな彼が住む都市に突然現れた新種の、しかも人型の魔獣。

 切り離して考えるほうが無理がある。


(他の街へ移り住んだ避難民からは、その避難キャラバンにネグロスらしき怪しい魔術師が同行していたとも聞いている……。足取りは途中で途絶えているけれど。もし、彼の実験が成功し、成功した実験体をこの街に解き放ったのだとしたら……。いえ、そんなことをする理由がないわね。あるとしたら……新種の魔獣の創造には成功したけれど、制御には失敗した、というパターンかしら)


 いずれにしても、今回の魔獣はただ倒すだけではだめだ。可能であれば生け捕りにし、王都に持ち帰り研究する必要がある。これが『龍』によって生み出されたものであれ、『龍』に対抗するために生み出されたものであれ、人類がようやく掴んだ糸口なのだ。解析できれば、対『龍』に関するあらゆる計画において、非常に大きな一歩となるはずだ。

 人類にとって、このダンジョンに現れた新種の魔獣はまさに新たな技術のきっかけとなりうるものだった。


 表向きはフォールド攻略のために集められた冒険者パーティということになっているが、アウクシリア以外のパーティも、それぞれの雇い主から似たような指示を受けているはずである。

 にも拘らずそれを明かさないのは、どの陣営も本心では自分たちこそが他勢力に先んじて『新技術』を手に入れようとしているからだ。


「──よし。これ以上、外から調べられる情報はないだろう。あとは実際に攻略を進めてみて随時調整していくしかない」


 大陸同盟から派遣された、今回の作戦をリードするパーティ【コンコルド】のリーダーの言葉に、フランチェスカは思考を中断させる。


「今回の作戦は失敗が許されない。ここにいる者たちはそれぞれ、雇い主にそう強く言われて来ているはずだ。戦利品の分配については後で考える必要があるが、まずはその戦利品を得るところから始めねばならない。お互いに協力することに対して異議のある者はいないはずだ。

 明朝、攻略を開始する! 作戦は事前の取り決めの通り、前衛を──」



 ◇



 辺境都市フォールドは、辺境に作られた大規模な都市としてはごく一般的な構造をしている。

 行政の中枢たる領城を中心とし、まず貴族街を覆うように城壁がある。次に、その周りを囲む、貴族以外の富裕層のための区画。ここに第二の城壁が存在する。ここまでは計画的に城壁が立てられているが、ここから先は少し歪になる。富裕層に必要でありながら、治安悪化の原因にもなりうる一部の商館の存在のためだ。富裕層の住む第二街区の近くでなければならず、その上で街の外に最も近くなければならない。

 そのためそうした一部の商業区は、第二街区の城壁と一番外の城壁に挟まれるような形になっており、そこだけ街の幅に厚みがないというおかしな形になっていた。

 しかも今回新種の魔獣が初めて確認されたのが、まさにその幅の狭い区画だったという。富裕層街区との壁と街の外壁とに挟まれ、逃げ場の少ない中で、最初に多くの住民が犠牲になった。

 先行して商館に突入した衛兵からの連絡がなければ、おそらく発見はもっと遅れ、被害はさらに拡大していただろう。その場合、真っ先に被害に遭っていたのは富裕層の人間かもしれない。

 そう考えれば衛兵に通報した行商人の功績は大きい。ある意味では彼が街を救ったと言っても過言ではない。実際、彼に命を救われた形になる富裕層の中には、行商人としての彼に惜しみなく融資をすると公言している者もいる。まあこれは余談であるが。


 以上の経緯から、フォールドダンジョン攻略については数箇所の優先目標が設定されている。

 ひとつめは街の中心部たる領城。だが、ここは構造的に中心であると言うだけなので、優先目標の中では最も優先度が低い。

 ふたつめは発生源と思われる奴隷商館。ここがすべての始まりの地であるため、優先度は最も高い。

 そしてみっつめ。優先目標ではあるものの、優先度が未設定とされているのが、国定一級魔術師ネグロス・ヴェルデマイヤーの屋敷である。

 これは彼が人造魔獣の研究をしていたこと、魔族らしき奴隷を購入した可能性があること、そして現在行方不明になっていること、以上の理由から優先目標に設定されていた。





 ★ ★ ★


 やめて! カルタマキアの戦闘ルールに縛られたバーントコープスに迂闊に攻撃を仕掛けたら、攻撃をした側も反撃で即死級のダメージを受けて燃え尽きちゃう!

 お願い、攻撃しないで冒険者たち!

 あんたたちが今ここで倒れたら、それぞれの雇い主の思惑はどうなっちゃうの?

 ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、城塞都市フォールドを解放できるんだから!


 次回「フォールド攻略戦、失敗」デュエルスタンバイ!

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