第30話「特級ダンジョン」

 ダンジョン、それも特級ダンジョンに指定された辺境都市フォールド。

 

 元より「ダンジョン」とは危険な存在だ。内部は魔獣で溢れているし、罠や仕掛けがあるところもある。ただし、そこへ入ることは通常禁止されていない。怪我を負っても死亡しても、入った人間の自己責任だからだ。


 しかし例外もある。それが特級に指定されたダンジョンである。

 指定される理由はまちまちだが、指定される経緯は決まっている。そのダンジョンが存在する土地を領有している国家、大陸同盟、冒険者ギルド、この三者による合意だ。

 辺境都市フォールドの場合、プリムス王国が提起し、冒険者ギルドが同意し、その二者によって大陸同盟で緊急動議にかけられ、特級ダンジョンとして認定された。

 本来特級ダンジョン認定には時間がかかるものであるが、プリムス王国と冒険者ギルドによる調査の結果、該当ダンジョンの危険性が非常に高いことが判明し、異例の早さでの決定となった。


 ここで言う危険性とは、従来のダンジョンのように「内部の危険性」のことではない。もしそうならば、入場者の自己責任で事足りる話である。特級指定される理由にはならない。

 辺境都市フォールドの魔獣は、ダンジョンの外まで出てくるのだ。

 とはいえ、溢れてくる、という意味ではない。中の魔獣が勝手に増えたりしないことは調査の結果わかっている。増えるのは、人間が魔獣に捕らえられた時だけだ。そしてこの魔獣は、人間を捕らえるためならば街の外まで出てくることがあるのである。

 群れる習性があるせいか、単独であまり街から離れることはない。しかし街の近くに人が集まれば、何に依って感知しているかは不明ながら、新たな犠牲者を求めて街を出て近寄ってくるのである。

 中に入らずとも近づくことさえ危険な場所になってしまったのだ。フォールドは。ゆえに例外に例外を重ね速やかに特級ダンジョン指定を受けた。

 幸い近くに人がいなければ、魔獣たちはしばらく周囲を徘徊したあと街へ戻っていくようだった。


 特級ダンジョンとして半ば封印状態になったフォールドへは近づくことさえ禁じられている。

 しかし例外もある。

 大陸同盟と冒険者ギルドが選出した、フォールドダンジョン攻略チームである。もちろんプリムス王国の許可も取ってある。どの立場にとっても、このような危険なダンジョンを放置しておく理由はないからだ。



 ◇



「──外から見る限り、能動的に建物が破壊された様子はない。城壁もそのままだ。その城壁へおよそ5メートル程度まで近づいたところで、中から黒い人型が出てきた。その黒い人型につられ、他の黒い人型も現れる。およそ5メートルというのは試行するたびに距離が変わっていたからだな。おそらくだが、城壁にどこまで近付くかというより、単純にあの魔獣にどこまで近付いたのかで決まるようだ。魔獣の純粋な探知能力で人間を探知しているようだな」


「なるほど……。じゃあ人間以外が近づいた場合はどうなんだ?」


「人間以外には反応しない。犬や鳥など調教された動物もそうだし、スキルによってテイムされた魔獣にも反応しない。ただこれもまだはっきり断定されているわけじゃない。本当に人間以外に反応しないのか、それとも人型かそうでないかがポイントなのか……」


「ふむ。人型の魔獣なんてのは、それこそ今回の新種以外にはほとんど居ないからな……。お伽噺の魔族とやらが本当にいるんだったら話は別だがな」


 先行調査を任された斥候の男らの報告を聞く。今回斥候役を引き受けてくれたのは五つ星クインティプルパーティの【ブラックタイガー】。五つ星というのは冒険者ギルドが所属している冒険者に与える公式な格付けで七段階中上から三つ目のランクのことである。高位冒険者と称される、簡単には至ることのできないランクだ。

 ここに集まっているのは、それぞれ大陸同盟、冒険者ギルド、商業ギルド、プリムス王国に雇われた四つのパーティだった。周辺にはもうここにいる冒険者たちしかいない。

 避難を考えていなかった人々も含め、都市周辺から早急に住民らは退去させられたからだ。

 新種の魔獣の出現というのは、この世界にとってそれほど衝撃的なことだった。

 これが仮に新種の魔獣の発見であれば、ここまでの騒ぎにはならなかったかもしれない。実際、人が立ち入らないような天然の魔境などでは、現在でも稀に新種の発見報告はある。誰も知らないところに誰も知らない魔獣がいても何もおかしいことなどない。何かの拍子にそれらが見つかるというのもごく自然な成り行きだ。

 しかし今回は違う。

 辺境とは言え、多くの人々が暮らしている街のド真ん中に突然新種が出現したのだ。

 どう考えても不自然な事態。不自然ということは、そこには何者かの意思が介在している可能性があるということ。


(魔族はお伽噺の存在じゃない。もしかしたら今回の事件は、本当にその魔族による何らかの策略かもしれない。あるいは彼らが信仰している『龍』……。でも、気になることもある)


 プリムス王国から極秘に依頼を受けた六つ星セクスタプルパーティの【アウクシリア】、そのリーダーであるフランチェスカは、呑気に魔族をお伽噺と断じている冒険者を見ながら考え込む。

 魔族がお伽噺でないことは、冒険者ギルド、そして大陸同盟に参加している国々の上層部なら概ね知っている事実である。なぜならすでに何度か魔族からのアプローチを受けているからだ。この大陸に存在する組織であれば、もちろん地域によって差はあるものの、多かれ少なかれ。もちろんそのすべてのアプローチは敵対的なものであり、暴力的なものである。

 そして【アウクシリア】のフランチェスカは、プリムス王国上層部に連なる者──王族の一員だった。


(これまで魔族たちが、新種の魔獣のような手駒を使ってきたことはなかった……。人間の魔術師のように魔獣を使役する魔族はいたけれど、使役していたのは私たちの知る魔獣と同じものだった。それが、ここに来て急に新種を投入してきた……?)


 考えられなくもない。

 実際、魔獣の第一発見者である行商人からは、魔族の疑いがある人物の報告も上がっている。

 ただし行商人が語った魔族の特徴は実際の魔族とはかけ離れたものであり、行商人自身激しい混乱のため記憶が混濁していた可能性が高い。

 現状では、魔族が関与している疑いはあるものの、必ずしも魔族の仕業とは言い切れない、という判断になっていた。


(有り得ない、とは言い切れない。でも、新種の魔獣というのがどうしても気になる。なぜならこの都市には彼が──王国の筆頭宮廷魔術師ヒルベルトすら認める天才魔術師、ネグロス・ヴェルデマイヤーがいたはずだから)

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