第29話「スリ」
「……黒狼殿。ちょっとその、臭うでござるよ」
「ほォ。忍者のお前が言うってことは、相当にキナ臭い事態が進行中ってこったな。心当たりはねェが……」
「いやそうでなく。黒狼殿の着ているローブ、ちょっと臭いでござる。汗とか血とか、後なんか色々。甘ったるい匂いもするし。なんかおじいちゃんみたいでござる」
「……そうかよ」
甘ったるいのは間違いなく【お菓子の家】のせいだろう。大勢の人波に合流してからは召喚していないが、ずっと洗っていないため、汚れや匂いは溜まる一方だ。
もちろん黒狼も気になってはいた。しかし地球と違ってここでは毎日風呂に入ることもできない。これは仕方がないことだろう。黒狼自身も、まあ気になっていたとはいえ、奴隷として仕込まれた数日間があったおかげか、耐えられないというほどのこともなかった。実際、周りにいる避難民たちと比べれば十分に上等な状態と言える。
「スンスン……オエッ。た、確かに……。近くで嗅ぐとけっこうエグい臭いするなこれ。まあもともと有り合わせを着てただけで特に思い入れもねェっつうか、何なら忌々しいローブだし、もう捨てるか。とはいえ、代わりの服なんてなァ……」
「あれとか出せんでござるか? 【ウィザーズローブ】でござったか。なんか、クリーチャーなんだけどローブだけみたいな姿で……」
「ああ、相手によって破壊されたとき、デッキから【宮廷魔導士長 ウィザードマスター】をコストを払わず召喚できる効果のやつだな。あれ別に装備アイテムカードとして使えるとかって効果があるわけじゃねェんだけど、出したとしても着れるんかな……? まあローブって名前ついてるくらいだし着て着れないこたァないんだろうが……」
臭いと言われたローブの中でストレージに手をつっこみ、目当てのカードを探り出す。そして召喚しようとして、ウィザーズローブに必要な闇属性のマナがないことに気づく。
「その前に【闇のマナ結晶】がいるか」
先に【闇のマナ結晶】を召喚し、とりあえず足元に置いておく。持っていても問題ないのかもしれないが、一応これは設置型アイテムカードだ。置いといた方が気分的に据わりがいい気がする。
と、その隙を狙っていたのか、少年らしき人影が黒狼の足元に滑り込み、マナ結晶を奪って逃走した。
「あ」
「お」
怪しさ極まる二人組として認知されていた頃なら、そんな二人から何かを盗もうなどと考える者はいなかっただろう。
しかし怪しさのわりに大人しく、比較的常識的な行動しかとらない二人に対して、周りの人々は次第に警戒を解いていった。ある意味でこれもゲインロス効果──不良が良いことをしたら実際以上に評価される現象──と言えるかもしれない。
少年による置き引きは、そうした緩みから生まれたもの、なのかもしれない。
正直に言って、黒狼もバイケンも足元のマナ結晶には全く頓着していなかった。なぜなら、二人ともマナ結晶自体には何の価値も見出してはいなかったからだ。これはあくまで『闇属性のマナを生み出す舞台装置』に過ぎず、ただそこに有りさえすればいいものだった。
だからこそ、盗まれるだなんて想像もしていなかった。
「あー……。持ってかれちゃったでござるな。持ってってどうする気でござろう」
「破壊でもすんのか? いやでもなあ。アイテムカードって専用の効果じゃねえと破壊とか出来ねえからなあ……」
それこそ【炎の精霊 フレイムジン】の【エレメンタルフレイム】のような、明確にアイテムカードの破壊を目的としたカード以外でアイテムカードを破壊する手段はない。なぜなら、クリーチャーカードと違ってアイテムカードは直接戦闘が出来ないからだ。同様のことがマジックカードに対しても言える。戦闘を介して破壊できないということは、どれだけ戦闘力を持った存在でもルール上破壊できないということである。
つまり、この世界に現出させたカルタマキアのアイテムは、カルタマキアのカード以外で破壊することはできないのだ。これはここまで旅をしてきた数日間で黒狼とバイケンがきっちり検証したことだった。
また逆に、この世界にあるアイテムはカルタマキアの「アイテム破壊系の効果」を持ったカードであれば問答無用で破壊できるようだった。ただこちらに関しては、この世界の最硬級のアイテムを破壊したわけではないため、限界がある可能性はある。
「どうする? 追うでござるか?」
「いや、いい。アレがどう扱われたところで俺たちに害はねえ。ガキが少々走った程度の距離でもマナの使用に問題がねェことはわかってるからな。
『ターンエンド』、『ターンエンド』、『ターンエンド』、『ターンエンド』、『ターンエンド』。とりあえずこれで6マナは溜まった。【ローブ】を召喚してもお釣りが来る。召喚コストが倍でもな。倍だと釣りは出ねェけどな。ま、後はどうなっても構わんさ」
そう言い、黒狼は改めて【ウィザーズローブ】を召喚した。召喚したローブは誰かが手に持ったりしなくても自律的にふわふわと浮かんでいたが、黒狼が着ようとしても特に抵抗はなかった。明るい太陽の下なので分かりづらいが、うっすらと光っているので昼間以外は目立つかもしれない。ダメ元で光るのやめてくれんか、とお願いしたらスンッと収まった。助かる。
「んー。さっきのローブならまだしも、ウィザーズローブにその仮面は合わんでござるなあ……」
「こまけえなァ。んじゃ、こいつはどうだ?」
今労せず生み出せるのは闇属性のマナだけだ。選んだのは闇属性のアイテムカード、【姿隠しの仮面】だった。
このアイテムの効果はシンプルに「相手の攻撃対象にならない」というもの。ルール上、クリーチャーが場にいる限りプレイヤーに攻撃できないことになっているが、この手のカードを装備したクリーチャーだけが場にいる場合はプレイヤーへの攻撃が出来ることになっている。なお「相手プレイヤーはこのカード以外を攻撃対象に選ぶことが出来ない」という効果を持ったクリーチャーが2体以上いる場合は、場のどのクリーチャーにもプレイヤーにも攻撃できないことになっている。公式に対するFAQでは「カードが違うため裁定が違います」とのことだが、ユーザーの間では「攻撃対象にならない」と「相手が攻撃対象に出来ない」の違いであると言われている。
【テスカトリポカの仮面】は外した瞬間、砕けて消えた。装備したアイテムカードは装備状態が解除された瞬間、破壊されるルールになっているからだろう。装備クリーチャーが戦闘などで破壊された後、装備アイテムカードだけ場に残って処理が面倒にならないためのルールである。
「……なんで最初からそっちの仮面使わないんでござるか。気のせいか、ちょっと存在感薄れたように見えるでござる。あと、ちょっと体が楽になったでござる」
「闇属性のマナがなかったからなァ。体が楽になったのはテスカトリポカの仮面が破壊されたからだろうな」
ちなみに【姿隠しの仮面】のフレーバーテキストには「装備した者の存在感を薄め、敵の意識から外れる効果がある」みたいなふんわりしたことが書いてあるため、目立つのが嫌なら確かに最初からこのカードを使うべきだった。
「ま、しばらくはウィザーズローブと姿隠しの仮面でいくとするか。姿隠しの仮面、お前も装備するか? 目立たなくなるぜ」
「いや拙者仮面は自前のがあるでござるから。あと隠密技術も自前のがあるでござるから」
「そうかよ」
先に仮面を付け替えておけばウィザーズローブの召喚に倍のコストを支払う必要はなかった。
これはプレミだなあと黒狼は思った。カルタマキアでは、テスカトリポカの設置は嫌がらせのため自分ターンの最後に、そしてその破壊は自分ターンの最初にやるのが定石だったというのに。
致命的なプレイングミスをしてしまうまえに気づけてよかった。今後はこういう凡ミスはしないよう初心に戻って気をつけようと黒狼は決意した。
黒狼が服装を変え、それに合わせてバイケンも隠密行動を取るようになったせいで、周りからは怪しい二人組が急に姿を消したように感じられていた。
★ ★ ★
【ウィザーズローブ】
召喚コスト :闇無無
攻撃力 :50
耐久力 :100
カテゴリ :【付喪神】【宮廷魔導士】
特殊能力 :
【宮廷の作法】
〈パッシブ〉このカードが相手によって破壊されたときに発動する。デッキから【宮廷魔導士長 ウィザードマスター】一枚をコストを無視して召喚する。
──おいウィザードマスター。またお前のローブがひとりでに城を徘徊していたとか苦情が来たぞ。自分の服の管理くらいちゃんとしろ。次に見かけたらあのローブは燃えるゴミに出すからな。そのあと問答無用でお前も呼び出す。覚悟しとけよ。
【姿隠しの仮面】
使用コスト :闇
カテゴリ :【アウトロー】【仮面】
装備アイテム:
〈パッシブ〉このカードを装備したクリーチャーは相手の攻撃の対象にならない。
〈パッシブ〉このカードは、すでにカテゴリ【仮面】を持つ装備アイテムカードを装備しているクリーチャーには装備できない。
──装備した者の存在感を薄め、敵の意識から外れる効果がある。
あ、お前いたのか。すまん仮面の効果で気づかなかった。え、今日は仮面忘れてきた? そうなんだ……。なんかごめん……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます