第28話「お菓子な家」

 滅んだ開拓村から奴隷商館のあった街までの街道を、黒狼とバイケンは歩いて戻った。

 乗り物として新たなクリーチャーを召喚することも考えたが、バイケンのように後の処分を考えるのが面倒だったため、徒歩で移動することにしたのだ。

 とはいえ野宿は嫌だったので、夜はアイテムカード【お菓子の家】を設置してそこで休むことにした。


【お菓子の家】は、相手の攻撃宣言に反応して手札から発動できるカードであるため、本来ならいちいちフィールドに設置したりはしない。しかし「設置アイテム」に分類されるこのカードはフィールドに設置することも出来る。設置してあろうと手札の中であろうと、条件さえ満たせば発動可能なこの手のカードは普通に考えれば場に出さない方が良い。もちろん敢えて場に出し、牽制として使う戦略もある。

【お菓子の家】は攻撃してきたクリーチャーを破壊する効果を持っている、わかりやすく言えば罠である。原典であるヘンゼルとグレーテルに登場したそれと同じものだと言っていいだろう。きらびやかなお菓子の家の中では恐ろしい魔女が手ぐすね引いて獲物を待ち構えているというわけだ。

 ただ、そうは言っても家は家。多少甘ったるかろうが、夜を過ごす設備としては問題ない。


「黒狼殿! これめっちゃ美味いでござる! めっちゃ美味いでござる!」


 壁のクッキーや柱のビスケットを次々と獅子舞の口の中に放り込みながら、バイケンが言う。

 実際に食べているところは黒狼からは見えないが、あのペースで本当に食べているのだろうか。


「ソリャ良かったナァ。でも全部は食うナヨ。今夜寝る場所が無くなっチマウ」


「安心するでござる! さすがの拙者でも一人では食べ切れんでござるよ!」


「安心できる要素がネエんだよナァ。つか一人で食う気なのかヨお前。俺にも食わせろヨ」


「黒狼殿は昨日食べたでござろう!」


「毎日食わせろヨ! お前だって昨日も食ったダロ!」


「これ召喚するたび違うお菓子なんでござるよ! 飽きが来ないでござる!」


「お前が毎日食う理由は聞いてネェんだヨ! 俺に毎日食わせネェ理由を言エ!」


 照明に乏しいこの世界では、暗くなったら活動することはできない。開拓途中の森の中の街道を歩くなどもってのほかだ。

 夜になると食べて寝るくらいしかすることはない。ひとりであれば。

 しかし二人なら別だ。

 狭い家。若い人間がふたりきり。

 することは決まっていた。


 もちろん言葉の勉強だ。

 毎晩の勉強の甲斐もあって、黒狼の発音は少しずつ違和感が薄れていた。奴隷商館とは違いストレスの一切無い中での言葉の習得は、黒狼が無意識に持っていた異世界言語への忌避感も薄れさせてくれ、それも発音矯正の一助となっていた。

 何度か野生動物だか魔獣だかの襲撃を受け、そのたびに【お菓子の家】が発動し襲撃者の排除と引き換えに寝床を失うというアクシデントはあったが、何の準備もない中で何日も行軍するよりは遥かにマシな道中だった。

 

 奴隷商館のある都市には数日かけて辿り着いたが、街に寄るのはやめておいた。

 途中で会った冒険者たちは黒狼を見て、魔族だと言いがかりをつける前に「国定一級魔術師」とか言っていた。黒狼のローブはおそらく見る人が見ればわかる意匠なのだろう。別の服を用意するまでは人目につくのは避けたほうがいい。


「あ、そういえば顔も隠した方がいいのではござらんか? 拙者の目には黒狼殿はイケメン寄りのフツメンに見えるでござるが、あの村にいた人たちとは大分顔の作りが違うでござるよ」


「ソコは別にイケメンで止めとけばいいだロォが。何でいちいちフツメンとか付け足すんだヨ。要らんダロ今そのディティールは。まあ、でも一理あるナ。魔族呼ばわりされるのもゴメンだし」


 バイケンが言うには、黒狼の発音もかなり良くなってきているらしい。訛りが抜けない粗野な田舎者レベルまで向上しているそうだ。いや、だからなんでいちいち貶めるような表現をするのか。

 言葉が治っているのなら、顔さえ隠せば対人トラブルを大きく減らすことが出来るだろう。目立つ仮面をつけた二人組という怪しさには一旦目をつぶっておく。


「確かちょうどいいのが……。ああ、あったあった。【テスカトリポカの仮面】ダ。こいつを装備しヨウ」


 黒狼はクリーチャーではなくプレイヤーだが、フラムグリフォンのときのことを考えれば普通のアイテムカードを装備することも可能なはずだ。

 辺境の都市の周辺には、黒狼が例の魔術師の屋敷の地下に放置してきた【火のマナ結晶】の生み出した火のマナが漂っている。火属性の【テスカトリポカの仮面】ならいくらでも発動可能だった。


「うわ、めっちゃ目立つ上になんか、ヤバいデザインの仮面でござるな。それに気のせいか、近くにいると体が重くなったように感じるでござる……」


「そりゃそうだろうナア。こいつの効果は『フィールド上に存在する限り、火属性以外のあらゆる発動コストを倍にする』ってモノだからナ。バイケンは戦闘や特殊能力発動にコストを支払うタイプのクリーチャーじゃネェが、あくまでルール上はタダってだけで、動くためにはエネルギーは要るンダロウ。ちょっと体が重い、ってくらいになるのは十分予想できタ」


 特に風属性と土属性のマナで召喚されるバイケンには辛い環境のはずだ。


「じゃなんでそんな仮面出したんでござるか!」


「これが一番レアな仮面だからだヨ。火属性の中ではナ」


「いくら潤沢にマナがあるからって、なんで一番高いやつを!」


「迷ったら『一番良い装備』を使うってのが俺の人生哲学なんだヨ」


 人生哲学といっても、主にゲームをプレイするにあたっての、ではあるが。


 ともあれ、こうして怪しい仮面を被り国定一級魔術師のローブを着た男と、そのお付きのこれまた怪しい仮面を被った忍者という一行が生まれた。

 それだけ怪しければ、どんな鈍感な人間でも一目見て「あ、怪しい一行だ」とわかろうというものである。そして怪しまれてしまえば、怪しんだ人間の記憶に残る。目立つことを避けて辺境都市に立ち寄るのをやめた二人だったが、実はその甲斐はあまりなかった。

 さらに折り悪くと言おうか、因果応報と言おうか、このときこの辺境都市では新種の人型魔獣の出現という惨事が起きており、街から逃げ出そうという民衆が多数いた。黒狼たちは「なんか人出多いなー」くらいにしか思っていなかったが。

 その人波に乗って、黒狼たちは辺境都市から王国中央方面へと歩みを進めていった。この時点ではまだ追跡は受けていなかったが、大いに目立ちながら。


 辺境都市から逃げる人波は、当然ながら全員同じ目的地ではない。

 生活基盤を他へ移そうというわけだから、心当たりがないところへ行こうという者はいない。親戚か知り合いか、とにかく何かしらのコネクションでもなければ、いかに危険と言われていても住み慣れた街を出ようなどとは思わないのだ。もっとも、この街はこのあとすぐに王国によって封鎖されてしまうので、どのみち出ざるをえないのだが。

 ともかく、人波はそれぞれの目的地に向け徐々にばらけていき、その規模を減らしていくこととなる。

 その中にあって唯一明確な目的地がなく何も考えていない怪しい一行は、流されるまま、最後まで一番人数の多い集団に付いていくことになった。

 例の行商人を探すという黒狼のメインの目的のため、なるべく人が多いところで聞き込みをしたほうがいいのでは、という判断もあるにはある。が、二人はそこまで深く考えてはいなかった。そもそもほとんど何の手がかりもなく人を探すというのは合理的ではないし、黒狼もそのくらいはわかっている。ゆえに、メインの目的に据えてはいるもののあくまで「見つかったら殺そう」という程度のことで、どうやら簡単には死にそうにない肉体と能力を得たことだし、適当に旅でもして異世界とやらを見て回ろうじゃないか、くらいのつもりであった。


 最終的には王都の少し手前の分岐で、王都方面より王都の西側方面へ向かう方の人数が多くなったため、彼らもそちらへ流れていった。

 この頃にはもう避難民たちは、怪しい二人組を必要以上に特別視することもなくなっていた。彼らの行動が、格好のわりに常識的なものだったからだ。さすがの黒狼も、避難民が大勢いる中で【お菓子の家】のようなカードを発動するようなことはしなかった。

 怪しい二人組がさほど怪しく思えなくなった結果、彼らは「高価で特別なローブを着た魔術師とその従者」として、避難民たちに認識されていった。





 ★ ★ ★


【お菓子の家】

使用コスト :火水

カテゴリ  :【おとぎ話】【罠】【メルヘン】【洋食】

設置アイテム:

〈アクティブ〉このカードが手札またはフィールド上に存在し、相手クリーチャーが攻撃を宣言した時に発動できる。そのクリーチャーを戦闘前に破壊する。


──ほうら、おいで。おいで。見てごらん。お菓子でできたおうちだよ。美味しそうだろう。我慢なんてしなくていいよ。好きなだけおあがりよ。チョコレートは好きかい? クッキーの方がいいかな? キャンディもあるよ。お菓子ならなんでもあるんだ。

 え? サルミアッキ? それは……ちょっとないかな……。ジンギスカンキャラメル? それも……ないかも……。子宝アメ? ……ちょっとお待ち、あんた、見た目通りの子供じゃないね? 正体現したね!




【テスカトリポカの仮面】

使用コスト :火火火

カテゴリ  :【神代文明】【仮面】【神族】

装備アイテム:

〈パッシブ〉このカードを装備したクリーチャーが場に存在している限り、火属性以外のマナコストを必要とする全てのカードのプレイコストは倍になる。

〈パッシブ〉このカードは、すでにカテゴリ【仮面】を持つ装備アイテムカードを装備しているクリーチャーには装備できない。


──神々の時代に起きたとされるエレメント戦役。その戦役において、火属性陣営が神の一柱を丸ごと素材にして造りあげた、アンチエレメントフィールドの核となる仮面。陣営のリーダーが身につけていたといわれているが、彼は身内の裏切りによってその命を失い、仮面は歴史の闇に消えたという。

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