第27話「城塞都市フォールド最後の日」

 奴隷商館の中には生きた人間は一人もいなかった。

 その代わり、明らかに生きてはいない人間なら大勢いた。

 見るからに焼死体、それも高温で焼かれ死亡したであろう人型の何かが、商館の中を動き回っていたのだ。

 焼死体は衛兵を見るなり、わらわらと群がってきた。当然衛兵は抵抗した。腰の剣を抜き放ち、近づく焼死体に斬りかかる。同時に、チームの一人を詰所に戻らせ、応援を呼ぶよう指示をした。

 マニュアル通りの行動だ。衛兵として何一つ不足のない対応だと言えるだろう。

 しかし、駄目だった。

 動く焼死体には斬撃は効かなかった。軽い音とともに弾かれてしまったからだ。単なる焼死体に見えるその肉体は、少なくとも衛兵の標準装備であるロングソードよりは強度が高いらしかった。 


 さらに、これは衛兵たちは知らないことであるが、その動く焼死体とは【バーントコープス】という、カルタマキアのクリーチャーである。

 カルタマキアのクリーチャーは戦闘を仕掛けられた場合、全く同じと言っていいタイミングで反撃ダメージを相手に与える。この反撃ダメージはクリーチャーの攻撃力に依存しており、攻撃を仕掛けた側の耐久力が攻撃された側の攻撃力以下であれば、逆に破壊されてしまうことになる。


 衛兵の耐久力はバーントコープスの攻撃力よりもかなり低いようだった。そのため、斬りかかった衛兵はバーントコープスのカウンターパンチにより、上半身を粉砕されることになった。

 血と臓物を蒔き散らし、下半身のみになって崩れ落ちる同僚の姿に、残った衛兵たちは一瞬放心状態になった。

 その隙を逃すバーントコープスではなかった。

 彼らは次々にその特殊能力【クリンチ】を発動し、衛兵たちを無力化した。【クリンチ】を受けた衛兵たちは、突然体が動かなくなったことに狼狽し、互いに声をかけあった。話すことだけなら制限はなかった。しかし、叫んで助けを呼ぼうとしても、普通の抑揚の声しか出せなかった。「叫ぶ」「助けを呼ぶ」といった行動が「人間が発動する能動的な特殊能力」と見なされたからだ。

【クリンチ】によって行動を停止させられた衛兵たちは、バーントコープスにしがみつかれ、ジリジリとその身を焼かれていった。あまりの痛みと恐怖に叫び声を上げ──ようとしたが、普通の声しか出ない。普通の声で、まるで日常会話でもしているかのように恐怖と絶望を口にしながら、衛兵たちは死んでいった。死んだそばから衛兵の体は燃え上り、真っ黒な焼死体へと変貌する。そして【クリンチ】から解き放たれ、新たなバーントコープスとして活動を開始するのだ。


 カルタマキアがカードゲームであった頃はただのフレーバーテキストでしかなかった「生きた人間を見ると仲間を増やそうと寄ってくる」という一文は、現実に召喚された今、バーントコープスの新たな能力として開花してしまっていた。


 もう一度言うが、衛兵たちの対処は何も間違ってはいなかった。しかし、彼らはその職務を何一つ全うすることなく全滅してしまった。

 つまり今回の事態は、街の衛兵が対処すべき規模ではなかったということだ。


 奴隷商館の主である奴隷商、檻の中の奴隷たち、出勤してきた従業員、そして調査にきた衛兵たち。商館の中のすべての「生きた人間」は漏れ無く死ぬか、あるいはバーントコープスの仲間になった。

 そうなれば彼らが狙うのは、商館の外だ。

 外にはまだ生きた人間が大勢いる。

 バーントコープスたちは新たな獲物、もとい仲間を求めて、衛兵が開けた裏口から外へと出ていった。



 ◇



 この日、辺境最大の都市フォールドは滅んだ。

 人間を執拗に追い、襲いかかる新種の人型魔獣によって滅ぼされたのだ。

 幸いと言っていいものか、新種の魔獣の狙いは人間でさえあれば誰でも良いらしく、衛兵が足止めをしている間に多くの住民は逃げることができた。しかし魔獣と接触した衛兵たちは誰ひとり助からなかった。


 フォールドから逃げ出すことが出来た避難民から聞き取りを終えた王国は、辺境都市フォールドを新たな『ダンジョン』として認定した。

 辺境の中枢であったフォールドが失われたことで、フォールドよりも先にあるすべての開拓村へのアクセス手段もまた失われた。開拓村方面で活動していた商人や冒険者、また開拓村そのものの安否もわからなくなった。

 いまやフォールドの危険度は、王国内のどんな場所よりも高いものとなった。

 何しろ城壁に近付くだけで、都市から人型魔獣が溢れてくるのだ。新たな街道を整備することなど出来るはずもなかった。


 王国は国民に、許可なくフォールドに近寄ることを禁じた。

 長い時間をかけて未開領域を開拓し、広げられてきた王国の版図が、ここにきて逆に狭まったことを、王国自身が認めた歴史的な出来事であった。


 またこの時の避難民からの聞き取り記録の中には、フォールド近辺の街道をいかにも怪しい二人組がうろついていたとの記述もあった。

 うちひとりは国定一級魔術師のローブを着ていたとの報告もあり、フォールドに住んでいた一級魔術師であるネグロス・ヴェルデマイヤーの行方がわからなくなっていることから、王国は密かに彼の行方を追うよう手を打ったという。





 ★ ★ ★


次回は一旦黒狼くんたちのシーンになります。

このシリアス度の落差に、皆様は果たして付いてこられるでしょうか(

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