第二章プロローグ

第25話「神々の密約 2」

「……んんん? な、なんだこれは。魔素の総量が減っている、だと……?

 おのれ、愚かな人間どもめ、また例の決戦魔術具とやらを発動させおったのか。龍3号に命じて研究していた都市は滅ぼさせたというのに……。

 ええと、枯渇現象が起きているのは……前回の場所から近いようだな。同じ国か、隣の国といったところか。ではやはり決戦魔術具に間違いなさそうだな。研究資料が持ち出された、と考えるべきか。

 しかもこれは……帯状に魔素の枯渇減少が起きているのか。まさか、街道沿いに魔術具の実験をしながら移動しているのか? 愚かしいにも程がある!」


 真っ白い空間で、神はそう独り言をこぼす。

 神々は気の遠くなるような長い時間を基本的に常に一人で過ごしているため、独り言が癖になってしまう者が多い。

 ジオイドの神もそうだった。


「地球の神が奮発してくれたおかげで何とかもってはいるが……。本当に、どこまで愚かなのだ、人間とは。もし出来るのなら、人間とあの無害なゴキブリとやらをそっくり入れ替えてやるというのに……」


 自ら生み出した世界だとしても、その世界に外から直接干渉する権限は神ですら持っていない。世界の中は、その世界の理の中にいるもののみが干渉することができるのだ。

 これは現在の、定命の者が神へと昇華しその神が新たな世界を作るという「摂理」が始まるよりも前から存在していたとされる絶対的なルールである。


「仕方がない。また龍3号に【神託】を出しておくか……」


 前回、魔素枯渇現象が起きた原因は、人間が造り出した『決戦魔術具』という特殊な魔術具のせいだった。

 龍を通じてそれを知ったこの神は、その龍に命じて決戦魔術具とこれを製造していた都市を滅ぼさせたのだ。

 この時のやり取りで利用していたシステムが【神託】だった。


 ぶつぶつと独り言を言いながら【神託】を書いていると、その空間に別の存在が現れた。

 以前にジオイドに素晴らしいリソースを融通してくれた、地球という新しい世界の創造主だ。


「む。地球の神か。どうした?」


「ジオイドの神……。ごめん、恥をしのんでお願いがあるんだ」


「なんだ、改まって。地球の神には恩がある。我に出来ることであれば何でも言ってくれ」


 あのゴキブリという生物群は素晴らしかった。

 転移時に適当に数匹ピックアップして観察してみたところ、ジオイドの魔素を上手く取り込んで非常に上質な下位生命体として生まれ変わったようだった。

 環境の変化にも強く、ジオイドでも十分に生きていけるポテンシャルを秘めている。さらに繁殖力も強いようで、極めて短いスパンで増えることが出来るようだ。雑食性で何でも食べるため、愚かな人類が排出したゴミなども分解してくれるだろうし、自然環境の維持や改善にも貢献してくれることだろう。


 地球産の生物はジオイドの生物を参考にしただけあり、魔素との親和性は非常に高いらしい。

 この分だと、もし間違って知的生命体を転移させていたら大変なことになっていたかもしれない。下手に知能が高いと、強力かつ意味不明な【特殊能力スキル】が発現する可能性が出てくるからだ。

 極めて低い知能しか持たないゴキブリはそういう意味でもありがたかった。


「ありがとう。そう言ってもらえると気が楽になるよ。実は……以前は要らないって言ったんだけど、あの、龍だっけ。管理用の。あれの設計図を都合してもらえないかなと思って。自分でイチから作ってもいいんだけど、ちょっと時間がなくてさ」


「そのくらいなら構わんよ。もともとそれを言い出したのは我の方だしな。しかし、地球では龍による恐怖でも信仰による縛りでもない別のやり方で管理とエネルギー回収をすると言っていたと記憶しているが……」


「ああ、うん……。それなんだけど……。

 なんでかわかんないんだけど、信仰の代わりにと用意しておいたカードゲー──ええと、娯楽のひとつが、何か急に世界中から消え始めちゃって……。たぶん、世界リリース時の初期設定に何かのバグみたいなものがあったんだと思うんだけど、原因も特定できてなくてさ。

 今のところ消えている娯楽は一種類だけなんだけど、他のもいつ消えないとも限らないし、その影響で業界全体が一気に冷え込んじゃっててさ。まあ、一番の人気コンテンツが突然この世から消え去ったんだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。

 その余波が巡り巡って、近い内に第三次世界恐慌が起きそうになっちゃってるんだよね……。今の世界情勢でそんなことが起きようものなら、もう確実に世界大戦に発展しちゃうだろうから、そうなる前に龍でもなんでも使って抑えつけないと……」


「ふむ。なるほど。文明レベルが高い状態での戦争はリソースを大きく損なう可能性が高いからな。生まれたばかりの世界では耐えられんやもしれん。よし、龍の設計図なら任せておけ。何なら完成形まで我が設計してやるが、希望はあるか? 人型の方がいいとか、個体より群体の方がいいとか」


「あー、っと。じゃああれ、人型の軍隊みたいな群体にしてもらえる? いや、ダジャレじゃなくてさ。

 ちょっと今宇宙空間まで創り込んでる時間ないから、エイリアン襲来ってことにして数百年くらい人類を地球に閉じ込めとこうかなと思って。乗り物的なやつはこんな感じで……」


「なるほど……。具体的な設計は後でするが、ひとまず……こんな感じのデザインでどうか」


「おー、いいね。でもあんまり既存の知的生命体に近いと恐怖が薄れちゃうかもしれないから、もうちょっと、そうだな、虫系に寄せてみてくれない?」


「なるほど虫か。ではこいつはどうだ。今我が一番気に入っている虫なのだが」


「あー、アイツかぁ。うーん、まあ、いいんじゃないかな。嫌悪感から恐怖に繋がるかもしれないし」


「これをこうして……こうだ!」


「おおー。どっかで見たことある。まあいっか。んじゃこの方向でお願いします」


「任せておけ」


 このときジオイドの神は、恩ある地球の神に頼られたことで嬉しくなってしまい、龍に指示する神託については完全に失念してしまっていた。





 ★ ★ ★


地球のみなさん、かわいそう(


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