第24話「さよならバイバイケン──え?」

 ジャージの男にとどめを刺した後、バイケンと共に村をひと回りした黒狼はつぶやいた。


「マジデ村人全滅シテンジャネエカ……」


 老若男女、生きている者はひとりもいなかった。

 村人の死体の半分ほどは盗賊たちの手によるものだろうが、残り半分と盗賊の分はバイケンの仕業だろう。

 しかし彼の言い分も今となってはわからないでもない。確かにこうしてみると黒狼の目にも村人と盗賊の区別はつけられそうになかった。


「面目ないでござる……。どうしても面倒くさくて」


「イヤ面倒ッテオ前、マジデ面目ナイ動機デ草モ生エネェンダワ。マァヤッチマッタモンハ仕方ネェ。トニカク助カッタゼばいけん。モウ帰ッテイイゾ」


 バイケンを召喚したのは、今後会話可能なクリーチャーを使っていくための、あくまでテストや練習のつもりだった。

【ネームド】をうまく扱うのはどうやら非常に難しいらしいということがわかったのは収穫だったと言えるだろう。今後はうかつに【ネームド】を召喚するのはやめようと黒狼は心に誓った。

 なので、当のバイケンはもう用済みだ。帰ってもらって構わない。


「え、帰……え? ど、どこに? どうやって?」


「エ?」


「え?」



 ◇



 バイケンに詳しく聞いてみると、彼らはどうやら自力では帰れないらしかった。また、帰る場所は『カルタマキア世界』というらしく、そこにはバイケンたちの故郷とも呼べる異世界が広がっているらしい。


 召喚したクリーチャーが帰れないというのは、考えてみればわからないでもない。通常、カルタマキア(カードゲームの方)では、ゲームが終わればフィールドのカードはすべて纏めてデッキに戻し、そのままデッキケースにしまって終わりであった。しかし現実であるならば、喚び出したクリーチャーやアイテムは誰かがきちんと片付けなければそのままだ。


(とはいえ、還す手段はないでもない……まあ、コストに見合うかどうかって話だが)


 カルタマキアはプレイヤーがお互いにクリーチャーを召喚し、それを戦わせ、ライフポイントを削り合い、雌雄を決するというのが基本のスタイルである。であるのだが、戦わずして敵クリーチャーを排除できるのならそれに越したことはない。 

 クリーチャーの排除として最もポピュラーなものが「破壊する」という効果だ。戦闘を介さず相手を破壊する効果は、クリーチャーが特殊能力として持っている場合もあれば、アイテムカードやマジックカードが持っている場合もある。

 しかし、「破壊」という効果は現代カルタマキアではそれほど強力なものではない。

 破壊されたカードはルール上、一連の処理が終わった後即座に安置所モーチュアリに置かれることになる。あるいはクリーチャーを蘇生するなど再利用がされづらいよう地下墓カタコンベに送られることもある。地下墓に送られたカードは安置所に比べると再利用がしにくい傾向にあった。

 ところが時代が進みカードの種類が増えるにつれて、安置所だけでなく、地下墓からすらフィールドや手札にカードを戻す効果を持つカードが作られ始めた。結果、地下墓は第二の安置所と化した。

 役割を終えたカードが送られる安置所や地下墓、つまり過去は駄目。

 となるともはや活路は未来にしかない。まだ見ぬ未来、つまりこれからカードを引く場所である、デッキの中だ。

 そういうわけで、現代カルタマキアに於いて最強の除去手段といえば、デッキバウンス──バウンスとは元は跳ね返るという意味で、転じてカードゲームに於いては特定の場所に戻す効果のことを指す──となったのだった。


 そのデッキバウンス効果を持つカードを使えば、バイケンをデッキ、この場合はストレージの中に戻すことも可能だろう。しかし最強の除去なだけあって、デッキバウンス効果を持つカードは総じてコストが高い。

 そのコストを、彼を家に帰すためだけに使うというのはちょっと、バイケンの言葉を借りるのであれば「面倒」だった。


「マア、帰レナインダッタラショウガネエ。オ前、コッチデ勝手ニ好キニ生キテイケ。ジャアナ。世話ニナッタナ」


 結局、先日のフレイムジンやバーントコープスに対してと同じ指示を出しお茶を濁すことにした。

 あのときは老魔術師という最大の復讐者への対応がなし崩しに終わってしまったこともあって半ば自暴自棄で命じたことだったが、今にしてみれば最適かつ唯一の結論だったようだ。

 フレイムジンと違いバイケンは【ネームド】クリーチャーであるため、おそらくこの異世界で彼が生きている限り黒狼が召喚することは出来ないだろうが、それは仕方がない。そこそこ迷惑はしたものの、世話になったことには違いないし、積極的に死を望むほどでもない。


「え、ちょ、それはさすがに無責任ではござらんか? こんな、全く知らない土地で右も左もわからぬ中で放り出されても……」


「ソレヲ言ウナラ俺ヨリマシダゼ。何セコッチハ元々引キ籠モリデ何ノ技術モネェ上ニ、言葉スラワカラナカッタカラナ。甘エンナヨ抜ケ忍」


「そ、そうだったんでござるか!? 通りでカタコトな……。そんな状況でよく無事でござったな……」


「イヤ全然無事ジャナカッタケドナ。全身切リ刻マレタシ。マア何ガ言イタイノカッテイウト、俺デモ大丈夫ダッタンダカラ抜ケ忍ノオ前ナラ余裕ダロッテ話ダ」


「だ、だから拙者は仮面の忍者であって……!」


「ドッチデモイイワ。仮面ノ忍者ノオ前ナラ余裕ダロッテ話ダ」


 黒狼は本心からそう言った。

 未熟な状態で親元を飛び出しても難なく成功できてしまうような、何の危険もない日本でぬくぬくと過ごしていた自分と比べれば、バイケンはただ面倒だという大雑把な理由で排除対象と要救助者を一緒くたに殺害してしまうような男だ。

 たとえこの男が黒狼と同じ状況に放り込まれたとしても、おそらく何だかんだ上手くやっていただろう。

 一見凄まじく怪しく見えるこの仮面も、日本人然とした容貌を覆い隠すという意味では非常に有用だ。まあこれは今だから言えることだし、そもそもバイケンが日本人的な容姿をしているのかどうか、男か女かすらはっきりとは言えないわけだが。


「……確かに、敵地で単独行というのは忍者の本分でござるが……」


 黒狼からすれば羨ましいばかりの実力と精神性を持っているように見えるバイケンだが、なぜだかそう言い淀んだ。


「拙者……実は寂しがり屋なんでござるよ……。ひとりはちょっとその、辛いでござる」


「ンジャ、ナンデ抜ケ忍ナンテヤッテンダヨ。馬鹿カヨ」


「だ、だって! 里がクソ時間のかかる単独任務ばっかり言いつけるから! いくら拙者が優秀だからって!」


「オ前ビックリスルホド忍者ニ向イテネエナ。モウチョット奥ユカシクデキネエノカヨ」


「無理でござる! 無理でござる! だって寂しいし!」


「イヤ俺ガ奥ユカシクナイッテ言ッタノハ流レルヨウニ自分ヲ優秀ダトカ言ッタ点ダッタンダガ。自覚モネエノカ。モウ忍者ニ向イテナイッテイウカ集団生活ニ向イテナイ気サエスルナ。ナノニ寂シガリヤナノカ。ナンカチョット可哀想ニナッテキタワ」


「可哀想だって言うなら、拙者も連れてって──あ、いや、違うでござる。せ、拙者を雇うでござるよ! その、この世界の言語の完熟訓練の相手として!」


「エ、俺ノ言葉ソンナニ聞キ取リヅライノ? チョットしょっくナンダケド……。テイウカ嫌ダヨ。俺マデござる口調ニナッタラ困ルシ」


「だ、大丈夫でござるよ! 拙者これキャラ付けのために敢えて使ってるだけだし! 普通の口調でも喋れるでござるし!」


「オイ、イキナリ出来テネエジャネエカ。本当ニ大丈夫ナノカヨ」


「わ、わざとでござるよ……ですよ!」


「ワザトヤッテル奴ノ言イ草ジャネエンダヨナァ……。マァ、イイヤ。思ッテタホド人形遊ビ感モネエシナ。雇ッテヤルヨ。ンジャアヨロシク頼ムワ、先生。

 ア、ふらむぐりふぉん。オ前ハモウ良イゾ。好キニ生キロ。元気デナ。マタ会ウコトガアッタラヨロシクナ」



 ◇



 二つの人影が、何やら言い合いながら滅んだ村を後にした。一頭の真紅の異形の獣を残して。

 彼らが何者であるのか。どこへ行き、何をするつもりなのか。それは神ですら知るところではない。

 もっとも、元より黒狼を異世界間転移させた自覚のない神々では、天地がひっくり返ろうとも彼らの存在に気づくことなどないだろうが。





 ★ ★ ★


これにて第一章『転移事故(事故転移ではない)』は完結になります。

明日からは第二章プロロを挟んで『王国の受難』編に入ります。お楽しみに!

……言うほど楽しんでよさそうな章題かそれ?


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