第23話「抜け忍──それは抜けた忍者のこと」

 盗賊団の首領、ケルネルスは、砕かれた手足の痛みに耐えつつ顔を上げた。

 そこには自分をこんな目に合わせた上に荷物のように運んできた妙な格好の悪魔と、その悪魔を従えているらしいイントネーションの怪しい男がいた。

 イントネーションが怪しい男がケルネルスに尋ねる。


「貴様、聞コエテイルナラ答エロ。貴様ハ村人カ? ソレトモ盗賊カ? ドッチダ?」


 正解は盗賊である。

 しかし正解を答えることが常に正解だとは限らない。

 村人と盗賊なら、普通は村人は助け、盗賊は殺そうとするはずだ。よほど村人に恨みがある人間なら別だろうが。


「お、俺は村人だ! 助けてくれ! そこのそいつが急に襲ってきたんだ!」


 ケルネルスは顎で妙な格好の悪魔を指しつつ、男にそう訴えかけた。


「ホウ。本当ニ村人ダッタノカ。疑ッテ悪カッタナばいけん。シカシ、タダノ村人ナノニ両手両足ヲ折ラレタ痛ミニ耐エチマウノカ。マジデばいおれんすナ世界ダナココ」


「ま、まったくでござるな。くわばらくわばらでござる」


 しまった痛みに耐えたのが仇になったか、とケルネルスは一瞬考えたが、怪しい男も妙な悪魔もケルネルスが村人として不自然なところには気が付かなかったようだ。

 ホッとして顔を下げた。両手両足が砕けている状態で無理して顔を上げているのは辛いからだ。

 しかしすぐにその顔は無理やり上げられてしまう。妙な男がケルネルスの髪を掴んで上を向かせたからだ。頭皮に走った痛みに一瞬声が漏れる。


「ぐうっ」


「ヨシヨシ。沢山イタカラ俺ハイチイチ覚エチャイナイガ、ソッチハサスガニ俺ヲ覚エテルダロ。オラ、オ前ラガ行商ニ売ッパラッタ奴隷ノ顔ダ。珍シイ顔立チラシイシ、マサカ忘レチャイネエダロウナ?」


 怪しい男がフードを脱ぐと、黒髪黒目のややのっぺりとした顔立ちが現れた。黒髪黒目というのも不吉な色合いだし、顔の造形も見慣れないものだ。全体の凹凸が少なく、顔のパーツも小さく、睫毛や眉毛も短い。まるで幼い子供のような顔立ちである。しかし身長は大人のものであり、そのアンバランスな印象が、黒髪黒目であることと言葉遣いが不自然なことと噛み合い、ひどく不気味に思えた。

 なにより、耳の形が違うのが気持ち悪い。男の耳は短く、丸かった。


「な、なんなんだお前は……」


「ウン? 覚エテネエノカ俺ノ顔ヲ。ソノ驚キヨウジャヤッパ珍シイ顔立チミタイダシ、見テタラ忘レネエト思ウンダガナ。マアイイヤ。見テテモ見テナクテモ、オ前ガコノ村ノ人間デアルコトニ違イハネエ。ダガ用ヲ済マス前にヒトツ聞キタイコトガアル。オ前ガ着テルソノじゃーじ、ドウヤッテ手ニ入レタ物ダ?」


 見たことがない不気味な顔立ちと聞き取りづらいイントネーションのせいで男の言っていることは半分くらいしか頭に入ってこなかったが、ケルネルスの着ている不思議な生地の服のことを言っているのはわかった。


(あの悪魔、なんでよりにもよって俺を生かして連れてきたのかと思ったら──この不思議な服のせいか! ちっ! アーロンの野郎め!)


 ケルネルスは内心ですでにいない部下を罵った。

 この服は部下のアーロンがどこからか奪ってきたものだ。他にも白くてペラペラの妙な袋や水が入った透明でぶよぶよな瓶なんかも持っていたが、全部巻き上げてアジトの宝物庫に放り込んである。得体が知れず、使い道がわからなかったからだ。ただ服に関しては使い道など着るくらいなので、ボスである自分がとりあえず着てみることにしたのだ。

 生地の柔らかく滑らかな手触りはそのまま着心地にも表れていた。サイズはケルネルスには少し小さかったが、よく伸びる生地のおかげでほとんど気にならなかった。まるで装備した者の体型に合わせる魔法がかけられているかのようだ。これほどの衣服を着る機会は今後おそらくないだろう。

 売り飛ばそうかと考えていたケルネルスだが、実際に着てみて気が変わった。これは自分専用にしようと決めた。


(と、思ってたんだが……とんだ厄ネタじゃねえか! どっから拾ってきやがったんだあの野郎!)


 アーロンはすでに死んでいる。あの妙な格好の悪魔に一瞬で殺されてしまったのだ。今さら彼に文句を言っても意味がない。

 とにかく今は、あの悪魔を従えているらしい不気味な男の機嫌を損ねないようにしなければ。

 ケルネルスは必死に言い訳を考えた。

 しかしこんな辺境の村に魔法の服が存在する理由など、何をどうこねくりまわしても出てくるはずがない。

 ならば村の外からやってきたことにすればいい。盗賊でもないただの村人が村の外の品物を手にしようと思ったら、手段はひとつしかない。


「こ、この服は──行商から買ったのです!」


「行商……? ソレハ俺ヲ買ッテ奴隷商館ニ売リ払ッタアノ行商カ?」


「そ、そうです! その通りです!」


「ンジャア、ドッカニ俺ノ身グルミ剥イデ、行商人ニ売ッパラッタ奴ガイルッテコトカ……。ヤッパ次ハ行商人ヲ探サナキャアナァ……」


 不気味な男がニチャリと昏い笑みを浮かべ、それを見たケルネルスは後悔した。しかし同時に安堵もした。これでこの不気味な男の興味は行商人と、その行商人に魔法の服を売り払った存在しない誰かに移ったことだろう。今着ている魔法の服は取り上げられてしまうだろうが、命を失うよりはいい。魔法の服を着ていないただの村人など殺す理由もないはずだ。


「デ、ソノ行商人ハ今ドコダ? コノ村ニハドノクライノ間隔デ訪レル? コノ村以外ニ巡回シテイルノハドコナンダ?」


「え、あ、そ、それは……」


 盗賊団はここしばらくの間、この辺境の開拓村の近くにアジトを作り潜伏していた。少し前にここよりもっと発展した村で略奪したため、ほとぼりが冷めるまで身を潜めていたのだ。

 見つかるわけにはいかない盗賊たちは、開拓村に近付く者は警戒していた。当然行商人も含まれている。ゆえに盗賊団としては、開拓村のライフサイクルと行商の来るタイミングもきっちり把握してあった。

 しかし頭領であるケルネルスはそんな些末な情報までいちいち覚えてなどいない。


「アア……? ナンダオ前、自分ノ村ニイツ商人ガ来ルノカスラ知ラネエノカ? ソンナ事アルカ? オイばいけん、コイツ本当ニ村人カ? オ前適当ニ攫ッテ来タンジャナイダロウナ?」


「そんなはずないでござろう! ちゃんとその、村人を捕まえてきたでござる! ほ、本人もそう言ってるし!」


「マジカヨ。デモマア念ノ為、モウ2、3人攫ッテ来テクレヨ。コイツガ村人ダロウトソウジャナカロウト、行商人ノ事ヲ知ラネエンダッタラ俺ノ腹イセ以外ニ使イ道ガネエダロウガ」


 腹いせ、という言葉がケルネルスの耳に届いた。いや気の所為かもしれない。イントネーションが違うのできっと聞き間違いだ。そうに違いない。


「いやーそれなんでござるが……。そこのじゃーじの男を捕まえるのに結構苦労してでござるな。その、他の村人は不慮の事故でみんな死んじゃったんでござるよ」


「……マジカヨ。マア、今マサニ盗賊ニ襲ワレテル最中ノ村ダシナ。ソウイウ事モアルカ。

 ジャアモウ盗賊デモイイヨ。手足折ッチマエバ村人デモ盗賊デモ大差ナイダロ。腹イセハコイツデ済マスカラ、トニカク行商ノ情報ガ欲シイ。誰デモイイカラ生キテル奴片ッ端カラ連レテキテクレ」


「え、えーっと、でござるな。盗賊もそのー、みんな死んじゃったんでござる。あの、何か、急に。えっと、事故で」


「馬鹿ニシテンノカオ前! 村人ナラマダシモ盗賊ガ急ニ全滅スルワケネエダロ! オ前ヤリヤガッタナ! ヤッパふれーばーてきすとノ『色々な意味で抜けている』ッテノハまじダッタンダナ!」


「だだだ、誰が抜け忍でござるか! 拙者はあくまで謎の仮面忍者でござるよ!」


「言ッテネエヨ! 抜ケ忍ダッタノカヨオ前!」


 不気味な男が聞いたこともない言語も交えつつ、村にいた盗賊団と生き残りの村人たちを容赦なく血祭りにあげた仮面の悪魔と怒鳴り合う。

 もはや目の前のケルネルスには大した興味は抱いていないように見える。その様子は彼に猛烈に嫌な予感を抱かせた。


「ジャア、行商人ハモウイイ。頑張ッテ自分デ探ス。顔ハ覚エテルカラナ。行商人ナンテ人口ノ絶対数カラスリャ大シタ数デモナイダロウシ、見ツケ次第片ッ端カラ顔ヲ確認スリャソノウチ見ツカンダロ。ソレヨリ、問題ハ俺ノ腹イセノ方ダ。果タシテ一人デ腹ガ癒エルカドウカダナ……」


 ケルネルスの嫌な予感は当たった。

 いくつもの街を襲い、人々を脅かしてきた盗賊団は、謎の男の【慈悲の一撃クー・デ・グレイス】の一言によって終わりを告げられた。





 ★ ★ ★


【仮面の忍者 マスクドバイケン】

召喚コスト :風土無無無無

攻撃力   :250

耐久力   :300

カテゴリ  :【ネームド】【和の国】【忍者】【人型】【アウトロー】【正体不明】

特殊能力  :

【相殺(アイサツ)】

〈アクティブ〉一ターンに一度、自分または相手のターンに発動できる。場のクリーチャー一体の効果またはクリーチャーの発動した効果ひとつを、このターン中無効にする。

【武芸百般】

〈パッシブ〉このカードに装備アイテムカードを装備する場合、あらゆる制限や条件を無視して装備することができる。


──性格は残忍にして冷酷。大胆にして適当。破茶滅茶にしてお茶目。それでいて構ってちゃん。色々な意味で抜けている。しかし実力は確か。どんな得物でも使いこなすことが出来る。

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