第22話「仮面の忍者マスクドバイケン」
バイケンは仮面の忍者と呼ばれている。ゆえにマスクドバイケン。実にわかりやすい名だ。
そんなわかりやすい名を付けたのは、自らを含む『カルタマキア』という広大な世界の創造主たちである。バイケンには薄っすらとそういう自覚があった。
あるいはその創造主たちにさえ、彼らを「そうあれかし」と生み出したさらなる上位存在があるのかもしれない。自らを被造物だと自覚しているバイケンは、自らの創造主たちもまた、最上位である保証などどこにもないと考えていた。
普段、バイケンを召喚しているのは、『カルタマキア』世界からよく兵士や英傑、モンスターに魔法のアイテムを喚び出している馴染みの世界の者である。その世界での戦いは、勝とうが負けようが終わればすぐに元のカルタマキア世界へと戻ることになっており、怪我を負うことすらない。まるで自分の写し身だけが喚び出され、戦わされているかのような感覚だ。
しかし、今回は違う。
今この地にいる自分はおそらく自分の本体、生きた自分そのものだ。理由は不明ながら、バイケンにはそういう確信があった。
かつて、幾度も召喚されていたときは、ただ召喚者の命令に従い力を振るうだけだった。中にはバイケンさえ唸らせるような
(さて。
この身が写し身ではなく本体なのだとすれば、召喚者の実力は今後のバイケンの生存率に大きく関わってくる。
しかし本体だからなのか、写し身のときとは違い今は随分と自由に行動することができている。召喚者からの命令もバイケンの裁量に任せるような内容であるし、これなら召喚者が多少ポンコツでも上手くやっていけるかもしれない。
(ま、ひとまずはお手並み拝見でござるな。いやあちらにしても拙者に対してそう考えているやもしれぬが)
何にしても、まずは与えられた任務をこなさないことには始まらない。
カルタマキアの世界とも、これまで喚び出されていた小さな戦場とも全く違う世界だ。
今回の相手はそこで曲がりなりにも盗賊として成功している者たちである。
油断してかかるのは愚かなことだ。
バイケンはまず、盗賊たちの首領と思われる人物を特定することにした。
召喚者からのオーダーは村人の生き残りの確保だが、先に障害を排除するほうが難易度が下がるのは考えなくてもわかることである。
しかしここでひとつ問題があった。
盗賊の首領を特定するためには、まずは村人と盗賊を区別しなければならない。
ところが、バイケンには盗賊と村人の区別がつかなかったのだ。村の中で、男や老人はすでに殺されている。これはおそらく村人だろう。若い女は生かされているが、死んだほうがマシではないかという目に遭わされている。
論理的に考えれば、若い男で、なおかつ今も生きている者は例外なく盗賊の一味のはずだ。ところが彼らは皆、殺されている若い男と似たような格好をしているのだ。薄汚れたボロ布というか、擦り切れるほど何度も洗っているが、汚れがもう落ちなくなってしまっている、と言う感じの。
(村の周辺の様子からすると、ここはおそらく辺境の田舎村……。そこを襲うような盗賊団など、貧しい村人と大差ない、ということでござろうか。ふうむ……。
であれば召喚主──お館様にも村人と盗賊の区別など付きますまい。救助が目的でないのなら、対象が村人だろうと盗賊だろうと本質的に大差はないはず。ここはひとつ、生き残っている者の息の根をすべて止め、一番元気な者を村人と偽って連れて行くのが最も合理的というもの)
召喚者の命令に寸分違わず従わねばならなかったこれまでと違い、今回はかなり自由だ。
その落差──あるいは楽さ──が、バイケンから「上の命令は遵守しなければならない」という、普通のシノビであれば当たり前に持っているコンプライアンス意識を奪っていた。
そういうわけでバイケンは、黒狼からのオーダーを正確にこなすことを早々に諦め、最も元気なターゲットを探すことにした。
気配を消し、見つけた盗賊──あるいは村人──は速やかに始末し、村の中を探し回る。
すると村の中心に近い場所に建っている、他のあばら家より少しだけ大きな家の中に、偉そうに村人──あるいは盗賊──たちに命令をしている男を見つけた。
全身が筋肉に覆われており、着ているものはデザインは地味ながら他のボロ布とは全く違う上等な生地のものだ。その縫製技術も門外漢のバイケンが一目見ただけで違いがわかるほどであり──
(……ていうか、何か見覚えある服でござるな。ちょっと前までよく召喚されていた世界の召喚主たちがよく着ていた物に似ている気がするでござる。確かじゃーじだかすえっとだか言ったでござるか……)
もしそうだとしたら、現在の召喚主とも話が合うかもしれない。いや、だからこそ召喚主は村人と会話すると言ったのか。となると、この偉そうにしている男は盗賊ではなく村人ということになる。しかしだとしたら、多くの村人が殺され村の女が犯されている中で彼が偉そうにしている現状の説明がつかない。
バイケンは混乱してきた。
(んー! なんかもう考えるのが面倒になったでござる! ひとまずじゃーじの男以外は皆殺しにして、男の手足を折って連れて行くとするでござるか。もし怪我を負わせるのがまずかったとしても、お館様ならすぐ治せるでござろう)
これまでバイケンらを喚び出していた者たちは、決闘でバイケンらが負った傷を「ターンエンド」と唱えるだけで瞬時に治癒していた。たとえどれほど深い傷を負っていようとも、生きてさえいれば確実に、である。
さらに言うなら、カルタマキア世界の魔法かアイテムを使えば、死んだはずの者でさえ黄泉から呼び戻すこともできる。
であれば、手足を折った程度の傷なら何ほどのこともあるまい。
バイケンはそう判断し、速やかに行動に移した。
◇
黒狼が村の外でしばらく待っていると、バイケンが肩に何かを担いで戻ってきた。
何かというか、人だった。
しかもよく見てみれば、その人は黒狼にとって非常に見覚えのある格好をしていた。
「ッテ俺ノじゃーじジャネーカソレ!」
「テオレのじゃーじ……?」
「言ッテネエヨ! 誰ダヨソレ!」
おそらくバイケンの冗談なのだろうが、あまり何度も擦られるのも癪に障る。イントネーションについては早急に改善する必要があるだろう。
それはともかく。
転移したばかりのとき、黒狼は確かにあのジャージを身に着けており、手にはコンビニ袋を提げていた。
あのときのことはよく覚えていないが、森の中で突然意識を失い、目覚めたときには素っ裸だった。てっきり人生特有の何かのバグかと思っていたが、冷静に考えてみれば異世界とはいえ現実でバグなど発生するはずがない。いや【ストレージ】は明らかにバグってるからそうとも限らないが。
現実にバグがないのなら──【ストレージ】はひとまず現実から除外することとする──黒狼が意識を失い身ぐるみを剥がされていたのは、強盗目的で黒狼を襲った何者かの仕業である可能性が高い。
そして目の前には、黒狼が着ていたジャージを着ている村人がいる。何故か両手両足が妙な方向に曲がっているが。
(つまり、こういうことか? 森の中にいた俺を、村の人間が気絶させ、身ぐるみを剥がした。運ぶのが面倒だったから一旦放置し、自分の足で村までやってきた俺を、これ幸いにと捕まえて奴隷にした。
……マジかよ。この世界は辺境の素朴な村でさえそこまでバイオレンスなのかよ。いやバイオレンスだったわ。復讐しようと村まで戻ってみたら盗賊に襲われてすでに壊滅してたくらいにはバイオレンスだったわ。いや、その前に確認しておくことがあるな)
「オイ、ばいけん。コイツハ本当ニ村人ナンダロウナ? 盗賊側デハナク」
「えーと、どうでござったかな……? ま、まあ村にいたくらいだし村人ってことでいいのではござらんかな?」
よくないからわざわざバイケンを召喚し、潜入させたわけだが。
とはいえ、バイケンに聞いても答える気はなさそうだ。
それなら本人に聞いたほうが早い。幸い、と言っていいのかわからないが、手足が妙な方向に曲がっている以外に目立った外傷はなさそうである。話くらいはできるだろう。
「──貴様、聞コエテイルナラ答エロ。貴様ハ村人カ? ソレトモ盗賊カ? ドッチダ?」
★ ★ ★
言うまでもないことかもしれませんが、「相殺」はふつう「そうさい」と読みます。(リアルでは)お間違えのないようお願いします。
アイサツ読みなのはバイケンがニンジャだからです。
いつもアホなことばかり言っているとアホだと思われるので、今日はかしこい話をします。なので以下は読み飛ばしていただいても結構です。どういう意味だよ(
昨今は様々な業界で不正行為が明るみに出たりして、世間を騒がせていますよね。
実は人が不正行為に手を染めるには、ある条件があると言われています。
それが、アメリカの犯罪学者ドナルド・R・クレッシーが提唱した「不正のトライアングル理論」です。
「動機」「機会」「正当化」の三つの条件が影響し、不正行為が生まれる、というものです。
それぞれを詳しく、特にビジネス向けに解説しますと、
・動機
業務が忙しすぎる、納期に間に合わない、結果を出すことを強く求められる、という、不正をせざるを得なくなる心理的圧力。
・機会
一人作業、担当者に丸投げ、不正をしてもどうせ上司はいちいち確認しない、という、不正を可能としてしまう環境。
・正当化
顧客のためだから、みんなやっているから、不正をしてもそれほど問題にはならないだろう、という、不正行為に対する自己正当化。
以上のような感じです。
これらの条件が重なったとき、不正が発生する確率が高まるというのが「不正のトライアングル理論」です。
今回のバイケンの不正も、こうしたやむにやまれぬ事情があったのかもしれませんね。いやなかったかもしれませんが。確信がないので言及するのはやめておきますが。
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