第20話「復讐するは我にあ……あれ?」

「『ほーん、なるほど……。使用したマジックカードはストレージん中に戻るのか。でも文字がグレーアウトしてるな。このままじゃ使えない感じか。てことは、これもしかして安置所モーチュアリに送られたってことか……?

 つまり、俺の【ストレージ】は手札であり、デッキであり、安置所であり、やっぱりストレージでもある、ってことか。安置所じゃなくて地下墓カタコンベに送られたカードとかはどうなるんだ? 一回いらないカードで試してみるか』」


安置所モーチュアリ』とは、カルタマキアでは使い終わったマジックカードや破壊されたクリーチャー、アイテムカードが送られる場所のことである。

 しかし安置所は墓ではない。あくまで一時的に死体を置いておくだけの場所だ。

 カードのリリース当初から『蘇生』の概念があったカルタマキアでは、この死体の一時置き場からクリーチャーやアイテム、マジックカードなどを再利用するケースも想定されていた。

 一方で、再利用が繰り返されるとゲームの進行に影響が出るカードなどは、再利用が不可能になるようあらかじめデザインされることがあった。

 そこで使われたのが、再利用を前提としない捨て札置き場である、『地下墓カタコンベ』である。他のゲームで言うところの「ゲームから取り除かれた」状態が『地下墓に送られた』状態だと言っていいかもしれない。


「『よく考えたら、別に逃げる奴らを始末する必要はなかったか? でも俺のこと魔族とか言って攻撃してきやがったのは確かだしな。本気でそう思ってるわけじゃなさそうだったが。どっちにしろ多分、次に会ったらまた攻撃されるよな。じゃあしょうがないか』」


 日本で生まれ、日本で育った黒狼にとって、暴力や殺人というのは本来、非常に心理的ハードルが高い行為だ。

 ところがこの世界では、たった今剣を持った男たちに襲いかかられたように、そうした行為へのハードルが低い者が多いように思える。

 よく知らない者、身元が確かでない者、自分で自分を守ることが出来ない者は、奴隷に落とされ実験動物として身体中を切り刻まれても仕方がない世界であるらしい。


 つまり、誰も身元不明の黒狼の人権を尊重などしてくれないのだ。ならば、黒狼も自分以外の人間の人権を尊重してやる義理はない。

 血や臓物、死体を見たり作ったりすることへの抵抗感も、あの実験によって綺麗に拭い去られてしまった。

 別に全ての異世界人を殺して回りたいとまでは思っていない。

 しかし自分があんな目にあうことになった原因を作った者たちくらいは、殺して回りたいと思ってもバチは当たるまい。


「『ま、知らない人間に見つかったらいきなり攻撃されるってのがわかったのは収穫だったな。そもそも知ってる人間なんていねーんだけどな。次からは見つからないように、街道をちょっと外れたところを移動するか。フラムグリフォン、それで頼むぜ』」


 黒狼の命令に従い、フラムグリフォンは再び黒狼を乗せ、今度は街道を外れた林の中を進み始めた。

 林の中は木々の枝が張り出しているので、上に乗っている黒狼に枝葉がビシビシ当たる。それに気づき結局街道に戻ることになったが。


 そうして夜の街道を行き、夜が明ける頃に到着したその村は、確かに黒狼が初めて訪れた村ではあった。

 しかし当時の朴訥とした様子とは全く違っていた。

 村の門には荒くれ者が座り込んでおり、その様子から夜通し見張りをしていたようである。門から見える村の中は閑散としている。しかし何となくだが、それは早朝であることが原因ではないような気がした。外の畑が踏み荒らされているからかもしれない。

 しばらく外からぼうっと眺めていると、やがて中から別の荒くれ者がやってきて、門に座っていた者と交代したようだった。門に座っていた方は村の中へ戻っていき、手近な家に入った。家の中からは女の悲鳴が聞こえた。


「……『もしかして、これあれか。村が盗賊団的な連中に襲われたとかそういう感じか。マジかよ。どうなってんだ異世界。世紀末すぎるだろ』」


 ほんの数週間前──奴隷商館で虐待と教育を受けていた期間がどのくらいなのか記憶が曖昧なのではっきりしないが──に笑顔で自分を行商に売り払った村が、今はこうして盗賊たちの慰み者にされているという現実に、黒狼はすぐにはついていけなかった。復讐する相手が急にいなくなってしまった気がしていたのもついていけない原因かもしれない。


「『まあ、いいか。とりあえずまだ生きてる村人はいるっぽいし、この混沌の中から何とか生きてる村人だけサルベージする方法を考えねえとな……』」


 無論、助けるためではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る