第19話「え◯ちなほん」

 星が4つの冒険者みたいな意味合いの名乗りを上げていたが、二つ名か何かだろうか。

 名乗りの直後、巨大な鉄塊剣を振りかざし、ガイウスとやらが突進してきた。

 彼の狙いは黒狼だったようだが、カルタマキアのルール上、場にクリーチャーが存在する限りはプレイヤーを直接攻撃することはできない。

 そのルールに則ってなのか、フラムグリフォンが黒狼の前に立ちはだかり、男の剣撃をインターセプトした。


「ちっ! 先に魔獣の相手をしろってか! まあそ──」


 と、ガイウスが何かを言いかけたところで、フラムグリフォンからの反撃が入る。彼の耐久力はフラムグリフォンの攻撃力より低かったらしく、鷲の爪を持つ前足によって真っ二つに切り裂かれていた。

 攻撃力が200しかないフレイムジンの反撃でリザード何たらと老魔術師が纏めて葬り去られたことを考えると、妥当な結果だろうか。フラムグリフォンの攻撃力はフレイムジンよりさらに少ない100だが、それでも過剰なステータスだったということだ。


 黒狼はその結果よりも、ガイウスが何かを言いかけるだけの余裕があったことに驚いた。ルール上、攻撃と反撃は同じタイミングで処理されるはずだからだ。

 しかもフラムグリフォンは【速攻】を持っている。カルタマキアのルールに従うのであれば、相手より先にダメージを与えることになる。

 しかしカルタマキアを題材にしたテレビアニメでも、相手の攻撃を無傷で受けきった後反撃で相手を一撃で粉砕する、という演出のシーンがあった気がする。まあさすがに殴りかかられているのに逆に先に相手を殴り殺すというのもちょっとおかしな話なので、結果的に【速攻】を持っている方が一方的に相手にダメージを与えたのなら演出的にはどうでもいい、ということなのだろう。


(あのイカれたクソ魔術師が自信満々で出してきただけあって、リザード何たらってそこそこ強い魔獣だったんかな。二つ名付きの冒険者とやらがそれと比べてどのくらいの強さなのかはわからんけど……。フラムグリフォンの様子を見る限りだと大して変わらん程度かな。こいつらの中で今のが一番強かったんだとしたら、他の連中に集中攻撃されてもこのターン中にフラムグリフォンが落とされることはないな。まあ【速攻】あるしノーダメで終わるかもだが。

 あれ、ていうか、ターンが変わったらルール通りにクリーチャーの受けてたダメージってリセットされるんかな……? 1ターンって10分だっけ。ちょっと待たないとだな。いや、待てよ、そもそも今どっちのターンなんだこれ。何となく毎回攻撃受けて反撃で倒してるけど、じゃあ相手のターンなのか? 毎回後攻強制ってことか? なんだそりゃ現代カルタマキア舐めんじゃねーぞ即サレンダーだわ)


 サレンダーとは勝負を下りること、つまり降参である。

 カルタマキアは他の多くのカードゲームと同じく、先攻1ターン目では戦闘を行うことができない。しかし度重なるカードの多様化によって、戦闘を介さずとも相手にダメージを与える手段や相手の行動を妨害する手段が増加し、その結果、後攻から逆転するのが非常に難しい環境へと変遷していた。

 現代の環境では、特にシングルバトルで勝敗が決するデジタルゲームでは、ジャンケンで先攻が取れず、かつ逆転のためのカードが初期手札に無かったら、即サレンダーするのが一種のトレンドになってしまっているほどである。


(いや、相手が先に攻撃してくるのは、こっちが様子見してるからか。てか、俺のクリーチャーたちはともかく相手は別にカルタマキアのルールなんて関係ねえんだから、勝手に攻撃してきてるだけだよな。つまりそもそも相手のターン自体が存在しないってことだ。ずっと俺のターンをし続けることだってもしかしたら……。それと、ターンの終了だって本来は時間制限じゃなくて……)


「『ターンエンド』」


 ふと思いついた黒狼はそうつぶやいてみる。

 するとフラムグリフォンが一瞬光ったような気がした。もともとダメージなど受けていないため特に変わったところは見られないが、何となく、今のでターンが一巡したとわかった。エンド宣言したのが黒狼だけであるにもかかわらず、一巡だ。つまり、やはりこの盤上では相手のターンは存在しない。


「あ……。ガ、ガイウスが!?」


「馬鹿な!? 一撃だと!? あいつは四つ星なんだぞ!?」


「逃げろ! バラバラにだ! 四つ星の冒険者ガイウスが魔族に殺られたとギルドに伝えるんだ! 誰かひとりでも!」


 黒狼の声が聞こえてか、我に返った男たちが蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出した。まだ言語に慣れていないので自信がないが、ニュアンス的には「四つ星」とは二つ名ではなく称号のようなものであるようだ。他にもおそらく何人もいるものの、一目置かれる程度のものではある、らしい。


「『逃がすわけねえだろ。【叡智な本】設置! からの【慈悲の一撃クー・デ・グレイス】! ターンエンド、【慈悲の一撃】! ターンエンド、【慈悲の一撃】──』」


【叡智な本】とは、カルタマキアのバージョンがかなり進んでから実装されたアイテムカードのひとつで、それまでとは違ったコストのアプローチに挑戦した初のカードである。

【火のマナ結晶】のように属性マナを発生させるわけではなく、『1ターンに1度、マジックカードの発動にのみ使用できるマナを1発生させる』という効果を持っており、さらに続けて『このマナは火、水、風、地、雷、光、闇の属性としても扱う』と記されている。つまり属性ではなく使用目的を限定したマナコストを生み出すカードなのだ。

 その名前と、プレイヤー層に小中学生が多いことから、通称で「エッチな本」と呼ばれ親しまれていた。


 そして【慈悲の一撃クー・デ・グレイス】は、1ターンに1枚しか発動できないが、フィールドに存在するクリーチャー1体を指定して破壊するマジックカードだ。受けたものを必ず死に至らしめる効果を持つ矢を生み出す魔法で、魔法発動の儀式をするのに1ターンかかる、とかそんな設定がフレーバーテキストに書かれていた。それをゲームのルールに落とし込んだのが「1ターンに1枚しか発動できない」というテキストなのだろう。もちろん、ターンさえ変わればすぐにでも発動できる。

 世界観設定をゲームのルールに落とし込み、それを現実世界に持ち込んだ結果、魔法の儀式の時間が無視できるようになったというのはまさしくバグとしか言いようがない挙動である。やはりこのクソゲーはバグり散らかしているな、と黒狼はため息をついた。

 また、このカードは追加コストとして手札を一枚安置所へ送る必要があるのだが、これもデッキとストレージと手札が全て一緒くたになっている黒狼にとってはあってないようなものである。

 必要のないカード、いや安置所にあったほうが便利なカードを適当に送っておいた。


 発動した何発もの【慈悲の一撃】は、全て逃げ惑う男たちの頭部を貫通し、全員を即死させた。





 ★ ★ ★


【叡智な本】

使用コスト :なし

カテゴリ  :【古代文明】【魔導書】【マナコンバーター】

設置アイテム:

〈パッシブ〉一ターンに一度、マジックカードの発動にのみ使用できるマナを一発生させる。このマナは火、水、風、地、雷、光、闇の属性としても扱う。


──見よ、これこそ我が叡智の結晶! この魔導書さえあれば、あらゆる魔法は思いのままだ! 今、ようやく人類はかつての神々の時代に追いついたのだ!




慈悲の一撃クー・デ・グレイス

発動コスト :闇

追加コスト :手札を一枚安置所へ送る

カテゴリ  :【神代文明】【魔エストロ】

通常魔法  :

このカードは一ターンに一枚しか発動できない。

フィールド上のクリーチャー一体を指定し、そのクリーチャーを破壊する。この効果は「破壊されない」または「破壊できない」クリーチャーにも有効。


──死にきれなかった者たちから苦しみを取り除く、慈悲の一撃。しかしその慈しみの心を形にする儀式には時間が必要で、その分死にきれなかった者たちの苦しみが長引いてしまうという悲しき矛盾をはらんでいる。




[TIPS]

・クリーチャー、またはプレイヤーが受けたダメージについて


 クリーチャーが受けたダメージがそのクリーチャーの耐久力に達した場合、そのクリーチャーは破壊され安置所に送られます。

 耐久力に達しなかった場合、ターンのエンド時にダメージが回復し耐久力は表記の数値に戻ります。


 プレイヤーがダメージを受けた場合、その数値分ライフポイントが減少します。減少したライフポイントは、何らかのカードの効果によって回復しない限り、ゲーム中は永続的に減ったままとなります。

 ライフポイントがゼロになった場合、そのプレイヤーは敗北します。


 またプレイヤーのライフポイント、およびクリーチャーの耐久力はゼロ未満にはなりません。


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