第18話「冒険者」

 しばらく街道を疾走していると、さすがに速度にも慣れてきた。それに落ち着いてきてわかったのだが、フラムグリフォンは黒狼の装備品扱いとなっているからか、どれだけ揺れたとしても振り落とされる感じはまったくしない。そうとわかれば慌てる理由はない。

 月明かりの下、夜の景色を見渡す余裕さえ出てきた。


「『……お? あれは──』」


 すると道の脇の開けた場所に焚き火が燃えているのが見えた。街道を旅する者が野営をしていると思われる。

 行商でなくても街と辺境の村を行き来する者はいるのだな、とぼんやりと考えている間に、焚き火の周りで不寝番をしていたらしい人影が騒ぎ始めたのがわかった。フラムグリフォンに気づいたのだろう。この闇の中で、しかもすぐそばに火という光源があるにもかかわらず、ずいぶんと目がいいことだ。黒狼だったら背後に立たれるまで気付かない自信がある。

 いや、フラムグリフォンは薄っすら光っているように見えるので、遠くからでもわかったのか。


「──起きろ! 敵だ! 魔獣だ! しかも見たこともねえやつだ! 新種かもしれねえ!」


 人影の叫び声が黒狼の耳にも届く。男だったようだ。すると、焚き火の周りにゴロゴロ転がっていた何かが次々と立ち上がった。暗闇の中の炎が鮮やかすぎて、黒狼にはろくに認識できていなかったが、その何かは寝転がっていた人だった。


「新種ってことは、ギルドに報告すりゃ報奨が出るな。死体があったほうがいいか?」


 一番最後にのそりと起き上がった男が余裕を持ってそう言った。脇に置いてあった、刃渡りが身長ほどもある巨大な剣を持ち上げる。まさしくそれは鉄塊だった、とか言いたくなるような大剣だ。

 魔獣というのはフラムグリフォンのことだろう。なかなかの巨体ではあるので、その背中にいる黒狼のことが見えていなくとも仕方がない。しかも今は夜であり、フラムグリフォンは淡く光を放っている。背中の黒狼など、仮に視界に入っても影か何かにしか見えないだろう。


 余裕男の口ぶりから察するに、彼らはフラムグリフォンと戦って勝つつもりのようだ。

 現在フラムグリフォンは装備品扱いになっているはずだが、戦闘が発生した場合はどういうルールになるのだったか。装備しているクリーチャーのステータスを上げたりする効果は特になかったはずなので、カルタマキアのルール通りなら黒狼の攻撃力、耐久力が参照されることになる、はずだ。


(それは困るな……。耐久力5しかない俺がこいつらの攻撃を受けた場合、一撃で耐久力が消し飛んじまう可能性がある。フラムグリフォンを装備できたってことは今の俺はクリーチャー扱いになってるんだろうけど、その俺の耐久力が抜かれたらプレイヤーである俺にダメージが入ることに……あれ? なんかおかしい気がするな)


 プレイヤーである黒狼にダメージが入るということは、その時クリーチャー扱いの黒狼はすでに戦闘で破壊されている、ということになる。哲学だろうか。


(まあいいや。フラムグリフォンが俺の装備品扱いになっているのが問題なんだから、ここから下りちまえば解決だ。そうすりゃフラムグリフォン単体とこの旅の人たちが戦うことになるだけだし)


 なんなら、そのままフラムグリフォンをどこかへ逃がしてやれば戦いすら起こらないかもしれない。


(……いや、それは無理だろうな。純朴っぽい村人でさえ俺を奴隷商に売り飛ばしたんだ。明らかに暴力に慣れてそうな旅人の集団なら、最低でもこっちの身ぐるみくらいは剥ぎ取ろうとしてくるはずだ。用心に越したことはねえ。ひとまず、フラムグリフォンに一当てさせて様子を見るか。向こうはグリフォンを倒す気満々みたいだし)


 老魔術師に自信満々で喚び出され、しかしフレイムジンにろくにダメージを与えることが出来なかったリザード何とかのことを思うと、眼の前の彼らにそれが達成可能かどうかはいまいちわからない。

 ここらで一度、クリーチャーたちの戦闘力を確認しておいた方がいいかもしれない。

 黒狼はフラムグリフォンの足を止めさせ、その背中から飛び降りた。


「……上に人が乗ってやがったのか。ちっ、魔獣使いか魔術師か。てこたぁこいつは新種じゃねえってこった。クソ」


 男は黒狼の姿を認め戦闘態勢を解いた。しかし警戒までは解いていない。素人の黒狼にもわかるくらいだった。

 夜中に野営地に魔獣に乗って現れた者がいたら警戒するのが普通だ。男の他は戦闘態勢すら解いていない。

 男が戦闘態勢を解いたのは、リーダーとして一応は対話をする用意があると見せるため、だろうか。よくわからない。

 しかし、そのようにまともな対応をされると黒狼としては困る。こちらはクリーチャーの戦闘力のテストがしたいのであって、慣れない異世界語でお話がしたいわけではないのだ。

 この世界にやってきてから黒狼はまともな対応をされた覚えがない。が、だからといって対話を望む相手に一方的に戦闘を仕掛けるのもさすがにどうかと思っていた。それをしてしまえば、あの村人たちと同レベルまで落ちてしまう気がした。


「俺ハ、コノ先ノ村ニ行ク途中ノ……魔術師ダ。怪シイ者デハナイ」


 聞き取りの方はかなり正確にわかるようになってきたが、話す方はまだうまくない。どうしても片言になってしまう。あとは発音の問題だけなので、会話を重ねていけばそのうち違和感も減っていくだろう、と思っている。

 しかしそれは未来の話であって、今の状況では怪しさしかなかった。


「あのローブ、まさか国定一級魔術師の……? いや、それにしちゃ言葉が……」


「一級魔術師サマに化けてる……そうだな、外国人とかなんじゃねえのか?」


「外国人? でも言葉も通じねえ外国人だなんて、この大陸にゃいねえだろ。ま、お伽噺の魔族でも現れたってんなら別だけどよ」


「……なるほど魔族か。なら見たことねえ魔獣を連れてても不思議はねえな」


「いや、仮にそうだとしても、魔族が出るのってもっと北の方じゃなかったか?」


「バッカおめえ、そういうことにしとけばいいって話だろうがよ」


「え? ああ、なるほどな……」


 リーダー格らしき男が嘯きながら大剣を構えると、他の男たちも見るからにやる気が上がったようだった。

 戦闘態勢を取っている状態でやる気があがったのだから、つまりそういうことである。


「『ええ……? 言葉が下手くそってだけで魔族扱いなのかよ。やっぱ差別感情半端ねえなこの世界。現代日本で高度な教育を受けた俺には文化レベルの低い連中の考えは理解できんわ……』」


「なんだこいつ……! 知らない言語だ! まさか、本当に……?」


「おいおいおいおい、面白くなってきたじゃねえか! おい魔族さんよ! なんでこんな田舎に急に現れたのかは知らねえが、俺は四つ星クアドラプル冒険者のガイウスだ! お前に引導を渡す男の名だぜ! それだけ覚えてあの世へ行きな!」





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読者の皆様は別に覚えなくてもいいです(

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