第16話「【バーントコープス】」
一方、彼のそんな内心など知らぬ黒狼は冷めた頭で思った。
(死ぬと分かっていて売り飛ばした相手に向かってクズとはよく言えたもんだなこいつ。やっぱあれか。魔族差別ってやつか。魔族が何なのかよく知らねーしそもそも魔族じゃなくて異世界人だけど)
そして後じさる奴隷商の目の奥に潜む恐怖の感情に気づく。
(もしかして、こいつは恐れているのか? 俺のことを。だとしたら、こいつの差別感情は俺──というか『もしかしたら魔族かもしれないよくわからない人間』に対する恐怖から来てるってことか? なるほど、知らないものが怖いってのはわからんでもない。わからんでもないが……許せるかどうかはまた別の話だ)
黒狼は逆に奴隷商の胸ぐらを掴んだ。そのまま力を込める、が、びくともしない。
それが当の奴隷商にも伝わったのだろう。わずかに奴隷商の恐怖がやわらいだように感じた。
(まあ攻撃力5だしな……。そんなら攻撃力が5じゃないやつに任せりゃいいだけの話だが)
奴隷商の胸ぐらを離し、黒狼は虚空の穴に手を突っ込んだ。
「出デヨ……。【バーントコープス】」
はらりと床に落ちたカードは一瞬で炎に包まれて消え、その炎が黒狼の背後に人の形をとって立ち上がる。炎が消えると、そこには漆黒の人間がいた。
いや正確に言えば、人間だったもの、だろうか。
「な!? なんだ! その……焼死体は! いったいどこから……!?」
訳が分からない状況に、奴隷商はさらに数歩後じさった。
黒狼の背後に現れた焼死体──【バーントコープス】は、奴隷商から黒狼を守るように前に出た。
(特に命令をしなくてもプレイヤーを守るように立ち回るのか。こりゃあれか。『クリーチャーが場に存在する限りプレイヤーに直接攻撃が出来ない』ってルールのせいか? 屋敷に置き去りにしてきたフレイムジンが俺を守ろうとしないのは自由にしろって命令で上書きしたからか? このへんも要検証だな)
【バーントコープス】は火属性のクリーチャーだ。屋敷の地下にセットした【火のマナ結晶】で生み出した火属性マナがここでも使えることは、歩いてきた中で確認している。屋敷を出てからもずっと火属性のカードはどれも使用可能な状態だった。
アイテムカードの効果がどこまで及ぶのか、つまりカルタマキアのルールで言う「場」や「フィールド上」がどこまでの範囲を指しているのかもまた検証する必要があるだろう。
「くっ! 動く死体だとでも言うのか! そんなバカなことが……!」
奴隷商の目には再び恐怖の色が強く宿っている。それも先程までのように目の奥に潜んでいるというレベルではなく、誰が見てもわかるほど明確なものだ。
動く死体という未知なるものへの恐怖、だけではなく、単純に恐ろしいからだろう。
(どうやらこの世界にゃ『死霊』やら『アンデッド』やらっていう概念は存在しないみてーだな。いや厳密に言うと地球にも存在せんかったけど)
「マア、イイ。【バーントコープス】ヨ。ソノ男ヲ拘束セヨ。特殊能力【クリンチ】発動」
黒狼の命に従い、バーントコープスは鮮やかなステップを使い素早く奴隷商に接近した。その姿勢、その動きは、さながら歴戦のボクサーのようだった。そして堂に入ったボクシングスタイルのまま、奴隷商に組み付いて拘束する。
バーントコープスの特殊能力【クリンチ】は、発動したターンの自らの戦闘行為を放棄する代わりに、対象のクリーチャーの特殊能力の発動と戦闘行為を封じる効果だ。戦闘行為には反撃ダメージも含まれているので、この効果を受けたクリーチャーは耐久力の低いクリーチャーでも一方的に殴り殺すことができる。ターンが終われば自動的に解除されてしまうが、相手のターンにも発動できる能力であるため、一度召喚すれば少なくとも一体だけはずっと拘束し続けることができる。
カルタマキアはゲームの最初にお互いのプレイヤーは6枚のカードをデッキからドローし、その後も自分のターンが回ってくるたびに1枚ずつドローするルールになっている。カード1枚の強さやコストはそれぞれ違うため、同じ枚数のカードを引いたからといって必ずしも同じ条件とは言い切れない。
だからこそ、相手がどんな強さのクリーチャーであれ一対一で必ず止められるバーントコープスは、戦闘力自体は低いながらも登場当初からずっと高い評価を受けてきたカードだ。そのせいで歴代でもランキングに乗るほどの早さで使用制限が課せられたカードでもある。
フレイムジンとは雲泥の差だ。いやフレイムジンも昔は非常に強かったのだが。
「ぬぐっ。う、動かん。 馬鹿な。 なんだこれは。 は、離せ」
言葉のチョイスだけは威勢がいいが、実際には奴隷商は小さめの話し声しか出せないようだ。
カルタマキアには【仲間を呼ぶ】とかいう特殊能力を持っているクリーチャーもいた。その効果は「一ターンに一度、手札、デッキ、安置所のいずれかから自身と同名の(あるいは別名の)クリーチャーを一体だけ、コストを無視して召喚する」というようなもので、フレーバーテキストにはたいてい大声を出して助けを求めるとかそんな感じのことが書いてあった。
この奴隷商も、おそらく大声で叫んだつもりだったのだろうが、それが【仲間を呼ぶ】に類する特殊能力だと判断されたためか、発動できなくなっているということだろう。
奴隷商の顔はもはや恐怖に染まりきっている。
「馬鹿な、ばかなばかな。有り得ん。直接触れられていない足までも動かんなど……。それに、声もなんだか……大声が出せん、だと……。ま、まさか……の、呪い……だとでも言うのか……そんな、ばかな……」
(死霊の概念はなくても呪いの概念はあんのか。変な世界だな。だがまあ……そう思ってるなら好都合か)
「ソノ通リダ。コレマデオ前ガアノ老魔術師ニ売リ払ッテキタ奴隷タチノ呪イダ。ソノ焼死体ノヨウニナリタクナケレバ、オ前ニ俺ヲ売ッタ行商人ト村ヲ教エロ」
★ ★ ★
【バーントコープス】
召喚コスト :炎炎炎
攻撃力 :100
耐久力 :100
カテゴリ :【アンデッド】【人型】【正体不明】
特殊能力 :
【クリンチ】
〈アクティブ〉一ターンに一度、自分または相手のターンに、フィールド上のクリーチャー一体を指定して発動できる。指定されたクリーチャーはこのターン、特殊能力の発動と戦闘行為が出来ない。この特殊能力を発動したターン、このカードは特殊能力の発動と戦闘行為が出来ない。
──高熱による筋収縮の結果、常にボクシングスタイルをとっているアンデッド。腹黒い(というか全身黒い)見た目に反して寂しがりや。生きた人間を見ると仲間を増やそうと寄ってくる。
[TIPS]
・戦闘、戦闘行動、戦闘行為とは
自身の攻撃宣言と、相手に攻撃された際の反撃ダメージの発生のことを指す。特殊能力の発動によるダメージや破壊は含まない。
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