第14話「クソデカお人形遊び」

 地球に帰りたい。

 それが黒狼の切なる願いである。ちょっと全裸で森を徘徊していただけでいきなり奴隷に売り飛ばされるような、イカれた世界で生きていきたくなどない。

 しかし帰り方などわからない。そもそも、なぜ、どうやってこの世界に来てしまったのかすらわからないのだから、帰り道など知りようがない。

 とっかかりすら全く思いつかないとなれば、最悪の場合は開き直ってこの世界で生きていくしかない。


「『マジで人生ってのはクソゲーだぜ……。バグも多いしよ……』」


 衣食住についてはすでに算段がついているので、生きていくだけなら問題ない。衣は老魔術師からかっぱらったものがあるし、食も検証したとおりだ。住についても、例えば山奥などの人里離れた場所にアイテムカードの【樹上要塞 ユグドラシオール】あたりを発動すれば、そこそこ快適に生きていける気はする。というかクリーチャーに装備させる系のアイテムカードもあるので、衣もそれでいけるかもしれない。

 しかし誰とも会わず、山奥で何の変化も感じずにただ生きていくだけというのは、とても辛いことであるような気がする。

 動画配信者として開き直る前の、引きこもっていたときの経験からそう感じた。黒狼が引きこもっていたのは数年程度だが、それだけでも、しかも部屋から出ないとは言え同じ家の中には家族がいる状況であっても、ひとりきりというのは結構辛かった。あのときは会おうと思えばいつでも会えたが、ここでは違う。


「『……家族か』」


 名前の件もあって黒狼が激しく反発してしまい、配信者として一山当ててからは家を飛び出し一人暮らしをしていたので、家族とはもう何年も会っていない。

 成功したことで承認欲求が満たされ、名前のことはもう吹っ切れているのだが、なんとなく家族に会いづらく、会わないまま年月を重ねてしまっていた。

 それが、こんなことになるとは。


「『……もう二度と……会えねえんだなあ……』」


 妙な意地など張らずに、会いに行っておけばよかった。

 そして、もう名前のことなど気にしていないと言ってやればよかった。

 生んで、育ててくれて、引きこもることを許してくれてありがとうと。

 しかし全ては後の祭りだ。時間は戻らないし、帰れるかどうかもわからない。


「『心残りってこういうことか……。別に死んだわけじゃねえけど、帰れねえんだったら死んだも同然だよな……。まあ、今悩んでもしょうがねえけど。むしろどっちかっていうと俺がちゃんとこっちで生きていけるかの方が心配だけど』」


 ともあれ、ひとりぼっちは辛いということだ。

 クリーチャーカードの中には、例えば【王国騎士団長 ナイトロード】や【宮廷魔導士長 ウィザードマスター】といった、人間ベースのデザインのものも存在している。彼らを喚び出せば話し相手にはなるかもしれない。ちなみに「ナイトロード」や「ウィザードマスター」というのは彼らの固有の名であるらしく、カード特性に【ネームド】がついているため場に1枚しか存在できない。

 さらに、業界の風潮や人気に迎合したような、いわゆる美少女系のカードも最近になってリリースされ始めていた。そういうカードをうまく使えば異世界ハーレム生活も可能だろう。

 だが、黒狼はそのいずれも何となく乗り気がしなかった。


「『俺が喚び出したクリーチャーは俺の命令を聞く。何でも聞くかどうかはわかんねえけど、少なくともゲームの仕様通りに『攻撃』とか『特殊能力』、あとはフレイムジンに言ったみたいに自由行動しとけってのは通じると思う。でもなあ……』」


 引きこもり時代、寂しさに耐えかねて、AIチャットにハマっていた時期があった。最初の頃は面白がってAIに色々なことを学習させ、楽しんでいたのだが、あるとき急に虚しくなってしまったのだ。こんなことをして何の意味があるのか、と。これが例えば研究などの確かな目的を持ってやっていたのなら違ったのかもしれない。しかし黒狼がしていたのは、ただ自分を慰めるだけの行為だった。

 同じことが、もしかしたらここでも起きるかもしれない。もちろん文章の出力しかしないAIと違い、クリーチャーはちゃんとした実体を持った人間として召喚されるのだろうし、同じようにはならないかもしれない。しかしもし同じ結果になった場合、その分ダメージも大きいような気がする。


「『まあ、クリーチャーで寂しさを紛らわすのは最後の手段だな。とりあえず、ほどほどに人間社会で生きていくか。帰る手段が見つかるまで。……望みは薄いけど』」


 ガッツリ人間社会に関わるには黒狼の言葉遣いはまだまだ怪しいレベルだ。無策で臨めばすぐに逃亡奴隷だとバレてしまうだろう。


「『そうだった。奴隷だ。帰る手段を探すのも大事だが、まずは俺を躾けてくれたあの奴隷商に礼をしてやらんとな。あと奴隷商館に俺を売った行商人と、その行商人に売った村にもだ。それが済んだら……いや、それはその後考えればいいか』」


 黒狼は老魔術師のローブのフードを深くかぶり、口元を布で隠し、奴隷商へ向かった。この街の人間は黒狼の顔を知っている者もいるだろうからだ。奴隷として売られた黒狼が、売られた屋敷の方角から主人の服を着てやってきたら確実に疑われる。疑われるというか、もう見たままが真実なのだが。

 街なかを歩いていくと、住民たちは黒狼の姿を見て目を逸らしたり顔を伏せたり、あからさまに避けたりした。


(……連れて行かれるときは俺は卑屈なまでの猫背だったが、背筋を伸ばせば俺とあの老魔術師の身長は同じくらいだ。もしかして、街の連中は俺をあの魔術師だと勘違いしてるのか? 顔も隠してるし……。だとすると、あの魔術師は街の連中から避けられてたのか?)


 自分が売られたときのことを思い返す。少なくとも奴隷商からは上客だと認識されていたはずだ。この国の奴隷制度がまだよくわかっていないから何とも言えないが、もし普通に街で暮らす住民でも、例えば借金とか軽犯罪とかでいつでも奴隷になってしまう可能性がある制度なのだとしたら、奴隷商はあまり良くは思われないだろう。商館での奴隷の扱い──怪我が残らないよう細心の注意を払って痛みを与えるような──を考えればさもありなんである。

 その奴隷商から下にも置かない扱いを受け、しかも街外れで血生臭い実験を繰り返しているとなれば、まともな神経をしている人間なら関わり合いにはなりたくないはずだ。避けられるのも当たり前である。


(魔族なら奴隷商に売っぱらっても良いとか考えるようなやべーやつしかいない世界だと思っていたが……意外とまともな感性も持ち合わせてるのか? もっとも、そのまともな感性とやらは同族にしか適用されないってことなのかもしれんが)


 差別意識というやつだ。

 いや、この世界にそういう言葉が存在しているかどうかはわからない。ごくごく自然に、自分たちとは見た目が違う異物は搾取し虐待するのが当たり前だと皆が思っているだけなのかもしれない。誰も問題として取り上げなければそもそも言葉としてさえ生まれない。差別意識とは、概念とはそういうものだ。


(やっぱクソだなこの世界。クソを煮詰めて作ったゲーム盤だ。あーあ、何かとんでもないことでも起きて急に滅亡したりしねえかなぁ……)


 そんな益体もないことを考えながら奴隷商館を目指す。

 夜だからか人通りはそう多くないが、その少ない人通りも顔を隠した黒狼を目にすると勝手に避けてくれるため、非常に歩きやすかった。中世ヨーロッパと言うと、日が落ちると真っ暗になって全く人がいなくなると勝手に思っていた。しかしたまにぽつぽつと謎の灯りを発する岩が置いてあるため、思っていたほど暗くない。道行く人が黒狼の服装を見て避けるのも、老魔術師と見間違うのも、この微妙な仄暗さが一因だろう。やはり地球とは違う文明が育っているようだ。


 街外れの屋敷から奴隷商館への道のりは覚えているので問題ない。問題なのは例の村の場所だ。手足を縛られ、頭から布袋を被せられて、行商に馬車に放り込まれて運ばれたので正確な場所がわからない。奴隷商なら仕入れ元の確認くらいはしているだろうし、奴隷商館への礼が終われば次は行商人とあの村だ。





 ★ ★ ★


【超絶激辛カレー】

使用コスト :炎

カテゴリ  :【和食】

設置アイテム:

〈アクティブ〉このカードの設置時、このカードのコントローラーは300ライフポイントを回復する。

〈パッシブ〉一ターンに一度、このカードのコントローラーは50ダメージを受ける。


──ライス300グラム。トッピングはナシで。10辛でお願いします。大丈夫です。9辛食べたレシートあります。




【わさびソーダ】

使用コスト :炎

カテゴリ  :【和食】

通常アイテム:

〈アクティブ〉プレイヤー一人またはフィールド上のクリーチャー一体を指定して使用する。指定した対象に50ポイントのダメージを与える。


──あ、なんだ意外と飲め……ぶはっ! ごほごほっ!




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