第12話「お前しか知らんこと呟きながら死ぬのはやめろ」
またあの声、おそらくはフレイムジンの声が聞こえた。
その内容は相手からの攻撃によってダメージを受けたというものだった。
(35ダメージ受けて残り耐久力65ってことは、フレイムジンはカード通り耐久力100ってことか)
さらにフレイムジンは反撃ダメージが発生すると言っていた。
ここから察するに、少なくともフレイムジンはカルタマキアの戦闘ルールに則っているものと思われる。
カルタマキアではクリーチャー同士の戦闘は、攻撃側の『攻撃力』分のダメージを防御側の『耐久力』から引くことから始まる。そこで耐久力がゼロになった場合、そのクリーチャーは即座に『
そしてそれと全く同時に防御側からの反撃の処理がある。反撃は攻守逆転し、防御側の攻撃力と攻撃側の耐久力を比べることになる。ここでも同様の処理が行われ、仮に防御側の与えたダメージが攻撃側の耐久力を全て消し飛ばせば、攻撃した側でありながらそのクリーチャーは安置所送りにされてしまうのだ。
攻撃と反撃はルール上同時に行われるため、仮に攻撃側と防御側の攻撃力と耐久力がすべて同じだった場合、両者ダブルノックダウンして仲良く安置所に送られることになる。まあ仲良くといっても元々の持ち主の安置所に送られるので、送り先は基本的に別々だが。
〈反撃ニヨリ200のだめーじヲ与エマス。相手くりーちゃーを撃破シマシタ。おーばーだめーじヲ相手ぷれいやーニ与エマス〉
そしてもし、相手の攻撃によってクリーチャーが倒されてしまった場合。そのときにクリーチャーが受けていたダメージのうち、残り耐久力を超えていた数値分のダメージは、その倒されたクリーチャーをコントロールしていたプレイヤーが受けることになる。
カルタマキアはこのようにしてお互いのクリーチャーを戦わせ、相手の生命力を削っていくゲームなのだ。
「馬鹿な!? リザードウォーロックが一撃だと!? なっ! 炎がわしの方にまで! ウォ、【水流】! 【水流】! 馬鹿な! 魔素の収束率が……!? この反応はまさか、決戦魔術具のときと同じ──ぐあああああああ! わしは、わしは、リ、リメルダ、すま──……」
フレイムジンの攻撃力は200。リザードウォーロックの耐久力は知らないが、それを超えた数値分のダメージが老魔術師に襲いかかったようだ。老魔術師やリザードウォーロックまでカルタマキアのルールに縛られているとも思えないから、フレイムジンがルールを守るために勝手に攻撃したのかもしれない。
この状況でわざわざ呼び出すほどだから、リザードウォーロックの素の戦闘力は老魔術師より上のはずだ。そのリザードウォーロックで受けきれなかったダメージを受けて、老魔術師が無事で済むはずがない。
気休め程度の水の魔法などものともせずに、フレイムジンの炎が老魔術師を包み込み、瞬く間に炭に変えてしまった。
とは言え、 石台に拘束されたままの黒狼からは魔術師が灰になったのは見えない。おそらくそうだろうというだけだ。
黒狼は恐る恐る、老魔術師に声をかけてみた。生存確認である。
「……ご主人様ー? 生キテマスカー? 元気デスカー?」
返事はない。
仮に灰にならずに原型を保っていたとしても、彼はおそらく床に倒れた状態のはず。何の音も聞こえてこないので、死んでいるか、気を失っているか、そのどちらかだと思われる。
「『……反応ねえな。よし。よし、よしよしよしよし! クソが! 人の身体を好き勝手にいじり倒しやがって! ざまぁみさらせ!』」
異端の老魔術師の仕打ちは生涯忘れることはないだろう。そりゃそうだ。手足を何度も切り落とされて、そのたびに謎の生物の部位をくっつけられるなど、普通に生きていたら絶対にしない経験である。忘れられるはずがない。
一方、リザードウォーロックと老魔術師との戦闘を終えたフレイムジンは静かに佇んでいる。石のベッドに拘束された黒狼に何かをしようという気配は感じられない。
(やっぱりこいつはさっき牢屋でぶん投げたカルタマキアのクリーチャーってことなのか? 一緒に投げた【火のマナ結晶】の効果で火マナが発生して、それで召喚された……。俺がカードをぶん投げたから俺が召喚した扱いになってんのかな)
だとしたら先ほど聞こえた【エレメンタルフレイム】という言葉は、フレイムジンの持つ特殊能力のことで、黒狼の願いに応えて発動されたものなのかもしれない。
フレイムジンの特殊能力【エレメンタルフレイム】、その効果は『場のアイテムカード一枚を選択して破壊する』というもの。
破壊できるのはアイテムだけで、クリーチャーや
カルタマキアにおいては、もちろんアイテムカードも重要なファクターのひとつではある。何より、あらゆるゲームプレイの根本となる『マナ』を生み出す基本カード、各属性の【マナ結晶】はアイテムカードなのだ。これを破壊できるというのは大きなアドバンテージである。
しかし長い歴史の中で様々なカードが増えていくにつれ、カルタマキアというゲームはどんどん高速化していくことになった。2ターン、3ターンで決着がつくなどザラになっていったのだ。
そうなると、1ターンに一度、しかも自分のターンに相手のアイテムを破壊できたところで何になるのかということになってしまう。それがマナ結晶であろうとも同じだ。そういう時代が到来した。
戦って相手のライフを削り切るのが主な勝利条件である以上、戦力の要はダメージソースとなるクリーチャーカードに頼りがちになる。もちろんアイテムカードを軸にして戦うタイプのデッキもあるが、例えば大会などで様々なデッキと対戦することを想定した場合、どうしても主流であるクリーチャー対策を優先せざるを得ない。単発でアイテムを破壊できるマジックカードも存在しているため、わざわざクリーチャーとして場に召喚してまでアイテムを破壊するメリットは薄い。どうせ同じコストを支払って召喚するのなら、もっと有用な特殊能力を持ったクリーチャーの方が良いし、そういうクリーチャーはいくらでもいた。カードゲームのインフレとは得てしてそういうものである。
【炎の精霊 フレイムジン】はそういう理由で使われなくなったカードの一枚だ。
ただし、彼の能力が現実になったのだとしたら、その有用性は計り知れない。
『アイテムカードを破壊する能力』がどのように現実に落とし込まれているのかはわからないものの、老魔術師が手ずから作ったのであろう羊皮紙のリストを燃やせたということは、この世界では物品であれば何でもアイテム扱いで破壊できる可能性がある。
「『なら、試してみるか。フレイムジン、特殊能力発動! 俺の手足の拘束を破壊しろ!』」
〈命令、受諾。対象ヲ焼却処分シマス。【エレメンタルフレイム】〉
すると黒狼の手足が突然燃え上がった。
「『うおっ!? あぢぢぢぢぢぢぢぁああああああ!』」
正確に言うと燃えているのは拘束具であり黒狼の手足ではないが、密着しているのなら同じことである。
その名前から、【エレメンタルフレイム】とは炎の力でアイテムを破壊する特殊能力なのだろう。
カードテキスト的には単に『破壊する』としか書いてないわけだが、カードの隅に記載されているフレーバーテキストには『その炎は形ある全てのものを燃やし尽くす』とある。フレーバーテキストはゲーム内容に直接影響しない、文字通りの香り付け程度の意味しかない文章だ。ユーザーからは長らく「カードの染み」などと呼ばれ、デジタルゲームではついに存在そのものを削除されてしまったフレーバーテキストだが、現実になったなら決して無視できない重みを持つというわけだ。
人間、つまりおそらくはプレイヤー扱いである黒狼を直接破壊することは出来ないものの、命令したように拘束具を破壊することは可能だ。ただ、炎によって破壊するのなら、対象に密着している黒狼が無事で済むはずがない。
拘束具は無事破壊された。ただし、その代償は高く付いた。
なお拘束を焼き尽くすほどの高温に晒され炭化した黒狼の手足は、少しすると自然と回復した。牢でも見た、生命力の自然回復によるものと思われる。拘束から解かれた直後はとにかくパニックに陥っており、正常な判断がなにも出来ていなかったので、勝手に治ってくれたのは助かった。
異常な回復能力の正体はつかめていないが、状況から見て老魔術師の実験の成果のひとつだろう。あの所業による成果だと思うと素直に喜べないところがあるが、有用なのは確かだ。
★ ★ ★
【炎の精霊 フレイムジン】
召喚コスト :炎炎炎炎炎
攻撃力 :200
耐久力 :100
カテゴリ :【精霊】【人型】【不定型】【古代文明】
特殊能力 :
【エレメンタルフレイム】
〈アクティブ〉一ターンに一度発動できる。フィールド上のアイテムカード一枚を選択して破壊する。
──命令、受諾。対象ヲ焼却処分シマス。今月ノまな消費量ハ先月ヨリ2.3%増加シテイマス。二ヶ月連続デ無料使用枠ヲ超過シテイマス。定額まなぷらんノ契約ヲ推奨シマス。
【火のマナ結晶】
使用コスト :なし
カテゴリ :【神代文明】【マナコンバーター】
設置アイテム:
〈パッシブ〉一ターンに一度、自分の場に炎属性のマナを一発生させる。
──ほら、ごらん。結晶の中に炎が揺らめいているのが見えるだろう。これが私たちが造り出した、全く新しいエネルギーだよ。私はこれを『マナ』と名付けた。この結晶体は周囲の空間に存在する余剰エネルギーを自動でマナに変換する機能があるんだ。
公式FAQ
Q:マナ結晶がマナを発生させるタイミングはいつですか?
A:そのターンの開始時です。また、マナ結晶を設置したターンのみ、設置した瞬間にそのターンの分のマナが発生します。
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