第11話「炎の精霊 フレイムジン」

「さて。では今日は何からやろうかの。昨日は獣系の魔獣と融合させたから……。ふむ、蟲系いってみるか。そもそも四肢の数や内臓の構造が違う魔獣でも問題なく融合できるのかには非常に興味がある」


 それを聞いた黒狼は愕然とした。

 昨日の実験の時点ですでに悍ましいことこの上なかった。もちろん慣れることはないが、しかし一度経験したことならばまだ耐えられる。

 だというのに、今日は蟲だと。

 どうやったらそう次から次へと恐怖のネタを用意できるのか。


「『やっ……やめろ!』 ヤメテクダサイ!」


「ほっ。昨日のように何でもするとは言ってくれんのか? まあ、ええわい。どっちでも結果は変わらぬ。変わらぬが……順番は考える必要があるかもしれぬ。いきなり蟲系に挑戦するか、もうしばらくは獣系でいくか。はたまた鳥系の翼をなんとかして無理やりくっつけられないか試してみるのもよいな。四肢という括りで言えば丸々一対増えることになるが……そういう意味では蟲も同じか。悩ましいの。これはじっくりと考える必要があるか……」


 石台に拘束したままの黒狼のことなど忘れてしまったかのように、老魔術師はブツブツ言いながら何かのリストを凝視している。稀に近くの冷凍庫のようなものを開け閉めしリストと付け合せのようなことをしているところからするに、あのリストには融合素材が記載してあるようだ。

 黒狼にとっては悪夢のリストである。

 もし叶うのなら、あんなリストは灰になるまで焼き尽くしてやりたいとすら思った。


〈命令、受諾。対象ヲ焼却処分シマス。【エレメンタルフレイム】〉


「っ!?」


 脳裏に片言の日本語が聞こえた。黒狼にとってとても久しぶりの日本語だった。


「──うおっ!? な、なんだ!?」


 そして次の瞬間、老魔術師の手のリストが勢いよく燃え上がる。


「アチチッ! アチッ! なぜ急に火が!? この部屋に火種なぞなかったはずなのに!」


 老魔術師は火を消そうとビーカーらしき器材の中の液体を羊皮紙にかけた。が、炎の勢いは変わらない。


「これは──魔術的な火か! ならば【水流ウォーターフロー】!」


 老魔術師が唱えた短い呪文に連動し、その手のひらから突然水が飛び出した。その勢いと量は地球の高圧洗浄機から出るそれに近い。

 炎どころか燃えたリストごと吹き飛んでしまうのではと思われたが、しかし床で燃え続ける羊皮紙には何の変化もなかった。炎もだ。


「馬鹿な!? わしの魔術に耐えただと!?」


 狼狽する老魔術師。展開についていけない黒狼。

 石台で呆然と状況を眺めていると、みしり、と一瞬だけ音がし、鉄でできているはずの実験室の扉も燃え上がり、どろりと溶け落ちた。

 そして扉の向こうから、全身が炎で出来た大男が現れた。

 どこかで見たことのあるような、というかついさっきも見たその姿。


(【炎の精霊 フレイムジン】!? な、なんで……リアルの世界に……。やっぱここはゲームっていうか空想の世界なのか!? それとも異世界だから普通に生息してんのか!? どっちにしても野良のクリーチャーがホイホイ入ってこれるとか、この実験室セキュリティガバガバすぎるだろ!)


「わしでさえ見たことがない魔獣……いや、魔法生物か? 人型の魔法生物だと……? まさか、わし以外の誰かが、わしと同じ研究を……? いや、わし以外の誰かがすでに研究を完成させていたとしても、わしの研究室を襲う理由はない、か。先を越された悔しさは感じるが、そんなものは人類の発展を願う心の前では些事である。わしがそう思うのだから、わしより優れた者ならば言うまでもない。となると……」


 黒狼の内心と老魔術師の妄言のどちらが正しいのかはわからない。

 しかし、黒狼の脳裏に片言の日本語が聞こえてきたのは事実だ。しかもその内容は、まるで黒狼の心に従うかのようなものだった。


(……まさかと思うが、こいつ……さっき放り投げた『カルタマキア』のカードから……?)


「これはもしや、わしの研究を知った『龍』が遣わした新種の魔獣、か!? ならば、ここで仕留めるしかあるまい! 『龍』の手の内、そのひとつを明らかにさせてもらうぞ!

 ──いでよ! 魔に連なりし水の魔術師よ! リザードウォーロック召喚!」


 老魔術師はそう叫び、腰の短杖を前方に突き出した。

 すると、彼の眼前の石床に一瞬で魔法陣のようなものが描かれる。魔法陣が光を発すると、そこから這い出すかのように巨大なサンショウウオが現れた。

 サンショウウオは後ろ脚と太く長い尻尾を使い、立ち上がった。さらにその手には老魔術師のものよりずっと長い杖を持っていた。


「リザードウォーロックはリザードマンの魔術師系最上位の魔獣よ! ただ燃えておるだけの大男など物の数ではないわ! いけ! リザードウォーロック! 『龍』めの尖兵に、あの日の報いを受けさせるのだ!」


 老魔術師の命令に従ってか、リザードウォーロックが杖を掲げ、長い唸り声を出しはじめる。

 ゆらゆらと揺らされる杖の先端に、紫色のモヤのようなものが集まってきた。


「グウォオオ!」


 リザードウォーロックが吠えると、杖の先端のモヤが弾け、先ほど老魔術師が放った水とは比べ物にならない量の水がフレイムジンを襲った。


〈敵性存在ヲ確認シマシタ。脅威度、低。戦闘、開始。相手くりーちゃーヨリ35ノだめーじヲ受ケマス。耐久力ガ65ニナリマシタ。相手くりーちゃーノ特殊能力ニ【速攻】ハアリマセン。反撃だめーじガ発生シマス〉

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