第9話「覚醒しろ、俺!」

 実験体である黒狼の心情や体調が配慮されることはないが、老魔術師本人の体調管理はしっかりとしているようだ。

 その日の実験が終わると、黒狼は鉄の格子つきの牢のような部屋に入れられ、老魔術師は休むために去っていった。

 食事のつもりか、石より硬いパンと少し濁った水だけが差し入れられている。この屋敷には老魔術師と黒狼しかいないようで、これを用意したのも老魔術師だ。

 しかしパンの硬さや水の汚さがなかったとしても、黒狼はそれらに手を付ける気は起きなかった。もちろん実験の後遺症だ。

 と言っても肉体的に問題があるわけではない。体調だけはすこぶる良い。気持ち悪いほど快調だ。

 問題は目に見えないところ、精神と、身体の中身である。

 腕や足を切り落とし、別の生物のそれを強引にくっつけ、元通りに治す。そんな異常なことを何度も繰り返したこの身体は、果たして正常な状態なのだろうか。


「『……ス、ステータスオープン』」


 震える声でステータスを呼び出す。

 自分がまだ人間であるということを確認したかった。


 ◆


 名前  :コクロー・オチ

 種族  :人間

 性別  :男

 年齢  :21

 クラス :プレイヤー、【異端魔術師助手】


 生命力 :1000/1000

 攻撃力 :5

 魔力  :0

 耐久力 :5


 スキル :ストレージ


 ◆


「『よ、よかった……。俺はまだ人間だ……にんげ……あ?』」


 上から順番に確認してくと、まず「クラス」の項目が目についた。

 前回確認したときこの項目は「プレイヤー」しかなかったはずだ。

 それが今は「異端魔術師助手」も追加されている。

 考えるまでもなく、この「異端魔術師」とは黒狼を買った老魔術師のことだろう。


「『……ごしゅ、じゃねえ、あのクソジジイ。異端って、やっぱ普通じゃねーじゃねえか』」


 黒狼がその助手となっているのは、実験が成功した暁には助手にしてやると言っていたからだろうか。口頭でそう言っていただけだが、それがクラス決定のフラグか何かになったらしい。

 クラスの項目の次に気になるのは、各種パラメータの数値の変化である。

 魔力がゼロなのは実験中に異端魔術師が融合のたびに【鑑定】して確認していたのでわかっている。

 問題はそれ以外の数値だ。

 異端魔術師は何も言っていなかったので彼にとってはどうでもいいパラメータなのだろうが、黒狼にとっては重要な部分だ。

 1だった数字が変化しているのはいい。いや良くはないのだが、理由はわかる。あのイカれた実験のせいだ。問題はそこではない。それらの数値が意味する分類の方だ。

 ここは確か、以前に見たときは筋力、魔力、体力の並びだったはずだ。

 それが何故か、筋力は攻撃力に、体力は耐久力に変化している。


「『攻撃力……耐久力……。それに、生命力が1000……。なんだこれ、どっかで見たような……」


 とても見覚えがある。おそらくよく触れていた数値とワードのはずだ。

 しかしあと少しで思い出せそうなのに、ついぞ思い出せなかった。


 今はそれよりも考えるべきことがある。


「『さっきの悪夢が夢じゃねえんだとしたら……いやクソ痛かったしクソ気持ち悪かったし間違いなく現実なんだろうけど、だとしたら、俺は……今は人間に見えても、実は違う……ってことなのか……? 変化しちまったパラメータは、それを表してる、のか……?』」


 黒狼は恐る恐る自らの手のひらを凝視した。

 小刻みに震えているが、特に変わったところはない。見慣れた自分の手のひらだ。

 異端魔術師が言っていたように、黒狼の元々の身体の設計図がこの身を人間に押し留めている、のだろうか。


「『だがこのままじゃ……ただの人間のままじゃ、またあの実験が繰り返される……』」


 想像しただけで震えが強くなる。吐き気もしてくる。

 自分が人間でなくなってしまう恐怖は確かにある。しかしあの悪夢が繰り返されることと比べればまだマシだ。

 実験の最中に黒狼が異端魔術師に言い放った「何でもするからやめてくれ」という言葉は本心である。たとえこの身が人外へ堕ちようとも、あの実験をまたされるよりはずっといい。


「『少なくとも、元の1よりは数値が上がってる、らしい。単純に考えれば、筋力5倍になってる、ってことか? 表記が攻撃力に変わっちまってるのは意味がわからんが、まあ意味合い的には一緒だろ。だったら……』」


 黒狼は震える拳を握りしめた。

 自分の身体に埋め込まれた謎の生物──魔獣の力をなんとかして引き出す。それができればここから脱出できるかもしれないし、できなければ明日も地獄が待っている。

 ここが正念場だ。


「うおおおおおおおお!」


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