第8話「今何でもするって」
「ああああああああああああああ!」
意識した瞬間、大きな喪失感とともに強烈な痛みが襲ってきた。
指を潰すのだけはやめてくれと祈っていたら、腕を切り落とされた。
やはり、神とやらはどうやっても黒狼の願いをまともに叶える気がないらしい。
「どうどう、落ち着きなさい。なに、痛みはすぐに消える」
老魔術師は右腕を失ったことで拘束が解かれ、暴れる黒狼の右肩を石のベッドに押さえつけた。凄まじい力だった。とても老人とは思えない。
そして作業台から凍らされた何かの塊を取り上げ、黒狼の右肩に押し付けた。きっと冷たいのだろうが、右腕の断面にはそんな繊細な感覚はもう残っていない。何も感じず、ただただ激しく熱く激しく痛いだけだ。
「さて……。まずは【
気を失いそうな痛みの中、絶たれた右腕が疼くのを感じた。そのすぐ後に急に痛みが消える。あまりに急だったので、まだ痛いような気がしているくらいだ。しかし段々とそれは収まっていき、本当に痛みが消えているのだとわかった。
恐る恐る首を傾け右腕に目をやる。するとそこには、
先ほど老魔術師が作業台から持ってきた塊は明らかに人間の腕とは違う形と色をしていた。凍っていたことを差し引いてもだ。
しかし今黒狼の右腕には特に変化はない。これがもしかして、老魔術師が言っていた『設計図』だかの効力なのだろうか。熱さも冷たさもないのは、老魔術師が何かをしたからだろう。魔獣などがいる世界だし、回復系の魔法とかそういう謎パワーに違いない。
生物の設計図というと、義務教育程度ではあるが地球で教育を受けた黒狼なら真っ先にDNAを連想する。しかしDNAとは本来そういうものではないはずだ。そういうことが可能かどうかは知らないが、仮に全く別種の生物の四肢を無理やり繋げたとしても、その部分は繋げた形のままになるだろう。DNAがどうなっていようと関係ない、はずだ。
本当にこれが自分の腕なのか、それを確認する意味でも、黒狼は右手の指を少し動かしてみた。問題なく動く。痛みもない。
「おお! 魔力がゼロでも問題なく『設計図』は機能するようだな! これは大きな発見だぞ!
おっと、拘束は切り落とした腕の方にしてあったんだったな。新しい方に付け替えなければ」
老魔術師はそう言い、石台の拘束具から何かを取り外す。
その何かは人間の腕だった。
「──うっ、うげえっ!」
しかもおそらくは黒狼のもの。
それに気づいた瞬間、黒狼は名状しがたい不快感に襲われ、えずいた。
「【冷却】。よし、この腕はまた別の実験体に使えるかもしれんからな。保存しておこう。それでは次に移ろうか」
老魔術師は改めて黒狼の右腕に──果たしてソレを黒狼の右腕と呼称してよいものなのかは不明ながら──拘束を付け直し、斧を片手に石台の反対側に回った。
次は左腕が切り落とされる。
そう察した黒狼は必死に叫んだ。
「『も、もうやめてくれ!』 ヤメテクダサイ! オ願イデス! オ願イデス! 何デモスルマス!」
これで正しく伝わっているのか、考える余裕は黒狼にはもうなかった。
真に恐怖し、心の底から相手に慈悲を縋るとき、自然と口をついて出た言葉がこれだった。辛うじてこちらの世界の言葉だったのは無意識ながらもファインプレーと言えるだろう。
「ん? 今何でもすると言ったのか。何でもするというのなら、このまま実験に付き合ってくれたまえ。なに、今この瞬間、まだ爆発していないという時点で実験は成功している。わしの仮説通りだ。実に素晴らしい。
ゆえにこれからするのは次の実験だ。さらに別の種の魔獣の部位を融合させたらどうなるか、というな。安心したまえ。今【鑑定】してみたが、魔獣の腕を融合させてもきみの魔力は表記上はゼロのままだ。ならば次もおそらく成功するはずだ。間違いない」
残念ながら黒狼の願いは叶わなかった。
応える老魔術師の瞳には狂気が宿っていた。あるいは黒狼が気づかなかっただけで初めからそうだったのかもしれない。
これまで黒狼が願ったことは尽く望まぬ形で叶えられ、最後の願いは叶いそうな気配すらない。
黒狼はいもしない神を呪い、この異世界を呪った。人生は本当にクソゲーだと確信した。自分をこんな目に遭わせる神など、世界など、滅んでしまえと心から願った。
「心配せんでも肉体の『設計図』がある限りは見た目だけは【治癒魔術】で今の姿に戻る。むしろ気をつけねばならんのは作業をするわしの方だな。どこを切ってどこを切ってないのか、きちんと覚えておかねば同じところをまた切ってしまう」
そして老魔術師は笑いながら作業を続けた。
黒狼はそのたびに喉が裂けんばかりに叫んだ。
しかしどこからも助けは来ず、老魔術師が満足するまで実験とやらは続けられた。
★ ★ ★
今後、日本語を話すキャラクターは黒狼くんしかいないので、日本語の場合は『』で表記します。
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