第5話「ハガー開拓村」

 それからしばらくして、黒狼は目を覚ました。

 やけに寒いと思ったら全裸だった。ただし靴だけは履いている。


「へっきし! な、なんでいきなり裸なんだ! いてて……頭が痛え」


 黒狼の主観では、スキルについての悪態をついたと思ったら気を失い、気がついたら衣服と荷物が消えていたという感じである。

【ストレージ】に荷物が入れられないことに文句を言ったのは確かだ。すると衣服と手荷物が消えた。

 おかげで【ストレージ】に荷物が入れられない問題は気にする必要がなくなったが、そういうことではない。

 もしこの世に神なる者がいたとして、あのときの黒狼の悪態を聞いていたとしたら、あるいは黒狼の願いを叶えてくれたということなのかもしれない。

 しかしその叶え方は最悪だ。


「クソ、どんなバグだよ! やっぱ人生ってクソゲーだわ……」


 改めて毒づいてみても、何も解決はしそうにない。いるかどうかもわからない神とやらはすでに黒狼から興味を失ってしまったらしい。


 幸いなことに気を失っている間に森の野生動物に襲われることはなかったようで、後頭部のコブ以外に目立った怪我はない。それに、どれだけ気を失っていたかはわからないが、木々の隙間から見える空にはもう月はなく、うっすらと全体的に明るくなり始めているようだった。


「朝か。えきしっ! 寒いなクソ。このままじゃ風邪引いちまう」


 森の奥深くで素っ裸、さらに体調も崩すとなったら、どう楽観的に考えても明るい未来は想像できない。


「しゃーねえ。とりあえず歩くか」


 遭難した場合は動かない方がいいとは聞いたことがある。しかしそれは捜索してもらえる前提での話だ。

 ステータス画面や【ストレージ】なんていう非現実的な現実を目の当たりにした今となっては、ここがどこであれ、地球の森ではないことはおそらく間違いない。

 だとすればいくら待っても捜索隊など来るはずがなく、ここに留まっていても良いことなど何も無い。

 それなら、現状を打破するためには移動するしかない。たとえ動くことで危険に遭遇する確率が上がるとしてもだ。動かなければ、助かる可能性にも遭遇できないのだ。


 慣れない森の中を、身を守るものが何も無い状態でおっかなびっくり歩いていく。

 何度か枝葉に身体を引っ掛け、小さな擦り傷を作りながらも、辛うじてスニーカーだけは履いているおかげで歩けている。

 暗くてほとんど視界もきかない中でたまに木の根や岩に足を取られて転んでしまうこともあったが、夜明けで徐々に明るくなってくるおかげでそういうことも少なくなってくる。

 そうして体感で何時間も彷徨った結果、黒狼は何とか道らしきところへ出ることができた。


「おお、やっと文明の気配が……。ずいぶんと心細い気配だけどよ」


 道らしき、というのは、それが黒狼にとって馴染み深い舗装された道路ではなかったからである。

 森の中で、辛うじて木々を排除しただけの、土が剥き出しの状態が道のように長く続いているだけのものだ。森の裂け目といったほうが正確かもしれない。

 よくよく観察してみるとわだちのような跡がついているので、車輪を使った文明的な何かが往来したりしているのだろう。

 道はまっすぐではなく、排除するのが難しそうな大きな木は避けるようにぐねぐねと作られているため、道の先に何があるのかは見通すことはできない。


「この道を辿れば人里には行けそうだな。問題はどっちに行くかだが……」


 道があるということは、どこかからどこかへ人が移動しているということである。それならどっちに行っても人のいるところへは行けるはずだ。

 ここがどこかはわからないが、少なくとも黒狼が知っている地球でないことが確かである以上、知っている場所に歩いて行ける可能性はゼロである。


「ならどっちも同じか。とりあえずあっちに向かうか」


 黒狼は森から出て右手側の方向へ歩き始めた。



 それからしばらく、数時間ほど歩いていったところで、遠目に建物のようなものが見えてきた。

 今度こそようやく文明のあるところへ行けると、黒狼の歩みは自然と早くなる。

 近づいてみると、申し訳程度の木の柵に覆われた畑といくつかの建物があるだけの、小さな集落だった。建物はどれも木と石で作られた簡素なものばかりで、口さがない言い方をすれば、まさに限界集落といった風情の場所だった。

 ただし日本の限界集落とは違い、住んでいるのは若い者が多いようだ。

 そういう人相などがわかるくらいまで近づいていくと、こちらから声を掛ける前に村の人間に見咎められた。


「■■■■■■、■■■■」


「え? ごめんもう一回話してもらっていいですか? 聞き取れなくて。ていうか、それ! 耳! 尖ってる! もしかしてエルフってやつっすか!? やべーテンション上がるわ! すごいみんな若くて美形なのはそういうことか! エルフの集落なんすねここ!」


「■■■! ■■■■■■■■、■■■■■■■■?」


 しかし黒狼のテンションとは裏腹に、村人たちの反応は固い。


「──■■■■? ■■■■■■■」


 大声で人を呼び、村の人間が次々と集まってきた。

 近づいてきた村人たちは、黒狼を見て目の色が変わる。


「あっしまった俺裸だったわ。え、なにその目付きは……」


 慌てて局部を隠すが、もう遅い感じがする。


「■■■■■。■■■■■■……?」


「■■……」


「■■■■■?」


「■■■■」


 恥ずかしがる黒狼をよそに、村人たちは聞いたこともない言語で話を続けている。


「てかこれ、言語理解的なスキルもないってことかよ! おいおいマジでクソゲーにもほどがあんだろ!」


 思わず大声を上げて罵倒しまった黒狼に村人たちは一瞬びくりとしたものの、強い視線で黒狼を睨んでいる。強い視線といっても、村人たちの中にはいくつかの種類の視線があるように感じた。何かしらの決意を秘めたような視線であったり、迷うような視線であったりだ。


「■■■■、■■■■!」


「■■■■!」


 決意の視線の村人が強く発言するたびに視線の割合は変化していき、やがて周りのすべての村人が決意を込めた視線に変わった。

 そして後ろの方の村人たちが、どこかから農作業用と思われる長柄の道具を持ってきて、最前線にいる村人に渡し始めた。


「あ、なんかこれやばい感じする……! あの! ちょっと待ってください! 確かに裸ですけど別に怪しい者とかじゃなくてですね──」


 黒狼は必死で抗弁するものの、村人たちは聞く耳を持たない。言葉が通じていないので、聞く耳を持っていたとしても意味があるかどうかはわからないが。


「■■■■■■!」


「■■!」


「や、やめてく──ぐわっ! あだっ! ぎゃあ!」





 ★ ★ ★


プロローグで神々が話していたジオイドの人類というのがいわゆるエルフで、それを元に地球で生み出した廉価版が地球人なんですね。

文明レベルは初期設定で神が決めちゃったので種族のスペックとは直接関係ないです。


予告ですが、黒狼くんの受難は10話くらいまで続きます。

10話のラストで「ん? 流れ変わったな……」って感じになります。

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