第4話「盗賊」
ケルネルス盗賊団は、プリムス王国辺境の開拓村を主な獲物に活動している、比較的規模の大きな盗賊団である。
ターゲットに定めた村を数日から数週間調査し、最も発覚しにくいタイミングで襲うのが彼らのやり口だ。
開拓村は通常貧しいものであるが、村全体が持っている資産が少ないわけではない。田畑も満足に整備されていない中で、何が起きるかわからない開拓村である。普通は寄親となる大都市から援助を受けているものだ。いざというときの援助は即応性が求められるため、予め村に蓄えという形で保管されている場合が多い。
ケルネルス盗賊団が狙うのは、そうした村の蓄えである。開拓村というのは村の規模や発展度に比べてこの蓄えが充実しているケースが多いのだ。
彼らが今狙っているのは、辺境の大都市フォールドから馬車で2、3日の距離にある開拓村だった。
団長ケルネルスの命令で、襲撃のために用意された仮設アジトの周辺を警戒していた盗賊の下っ端──アーロンは、森の中で怪しい人物を発見した。
その人物は見慣れない服装で、聞いたことのない言葉で何かを叫んでいた。
ここは開拓村にもアジトにも近い場所だ。こんなところで騒がれて、万が一開拓村の村人に気づかれてしまっては、森の中に何かが潜んでいると不審に思われてしまうかもしれない。
アーロンはそう考え、その人物に忍び寄ると、背後から剣の柄で殴り、昏倒させた。
「見慣れねえ格好だが……妙に小綺麗だな。花みてえな良い匂いもするし、こいつはもしかして貴族かなんかか?」
自らのみすぼらしい格好と見比べ、そう呟く。
規模の大きな盗賊団と言っても、その身なりは決して良いものではない。
別に金がないわけではない。実務上の理由からである。
規模が大きいということは、それだけ見られるリスクも大きいということである。首領など一部の幹部はともかく、下っ端なら何かの拍子に町人や村人、行商人や旅人に見られてもおかしくない。そこでもし盗賊だと見破られてしまえば、衛兵や冒険者に攻撃されてしまうかもしれない。
それを防ぐためには、見られても問題のない身なりにしておけばいい。つまり、貧しい村人と同じような格好だ。
そういう事情でアーロンもまたボロ布同然の服を着ていた。
貴族であれば金目の物を持っているかもしれない。アーロンは殴り倒した少年の荷物を探る。
白いビラビラした妙に薄い袋の中には、ブニブニと不気味に柔らかい瓶が入っている。それと透明な何かに包まれたパンのような物に、やけに硬い小さな紙片だ。羊皮紙よりも植物紙に近い気がするが、植物紙をここまで硬く加工する方法は男は知らなかったし、表面がつるつるでカラフルな模様が描かれているのも見たことがなかった。
「……どれも希少価値が高そうだな。こいつは貰っておくか。あとは服もだな。おお? なんだこりゃ、希少な魔獣の毛皮か何かか?」
薄いが暖かく、しかも柔らかくて伸縮もする、謎の素材で作られた衣服だ。上下でデザインが統一されているが、男は見たこともないものである。地味にも思えるがどこか洗練されているというか、妙な説得力を感じる服だった。
アーロンは少年の身につけていた全ての衣服を剥ぎ取ると、背負っていた背嚢に丁寧にしまった。
靴はどうしようか迷ったが、やめておいた。厚手の布で出来ており、同じく布製の紐で縛る作りの靴だ。そこまではいいのだが、見たこともない素材で作られた靴底には複雑な模様が彫られており、これが彼の手を止めた。複雑かつ精緻で規則的なその模様はいかにも呪術的な意味があると言わんばかりのものだった。白い袋やブニブニした瓶に書かれた文字らしきものは怖くはない。読めはしないが、おそらく文字だろうと想像がつくからだ。しかし病的に規則的な模様は怖い。わざわざ靴の裏にそんな高度な彫り物をする理由がさっぱりわからないからだ。もしこれが略奪者に呪いをかけるタイプのものだったりしたら目も当てられない。
「欲をかくとろくなことがねえからな。本当だったらこいつ自身も連れてって奴隷として売っ払いたいところだが……」
そうするには少年は得体が知れなさすぎた。
夜の森でひとりで騒ぐという非常識かつ正気を疑う言動からするに、たとえ奴隷にしたとしてもマトモに働けるとは思えなかった。そんな不良品を売りつけたとあっては、いくら馴染みの奴隷商相手でも信用を失ってしまうだろう。
自らが社会秩序に反しているからこそ、同じ反社会勢力同士では信用こそが最も重要視されるのだ。身なりから考えてもただの平民とは思えないし、厄介事の匂いしかしない。
「うわ、なんだこいつ。よく見たら耳が……誰かに切られた、って感じでもねえな……。最初っから短くて丸いのか。気持ち悪いな。髪も真っ黒だし、顔ものっぺりしてやがるし、もしかして、これが噂に聞く魔族ってやつじゃあ……。最近異常な天気続きでどこも飢饉になりそうだっていうし、まさか本当に魔族の仕業なのか……? だとすると、さっき喚いていたのは呪文か何かで、この妙な紋様の靴はその触媒とか……?
あ、あんまり関わると俺まで呪われちまうかもしれねえ。こいつはここに捨てておこう。そのうち獣か魔獣が餌にするだろ。剥いだ服は……取り敢えず、親分に献上だな。そうすりゃもし呪われたところで俺は困らねえ」
アーロンは小声で愚痴をこぼしながらその場から立ち去った。
後には全裸で靴下と靴だけを身に着けた少年──黒狼だけが残された。
★ ★ ★
アジア人特有の「若く見える」やつ。
本作でそれ以外で日本人であるメリット? ないよ(
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます