七村紅緒と狭いベッド

「ねえ、マジェンタ。起きてる?」

「うん。起きてる」

私たちは狭いベッドで背中合わせに寝ていた。背中越しにマジェンタの体温が伝わってきて熱いくらい。温度を低くしたせいか、冷房の音がいつもより気になった。

「今日は付き合ってくれてありがとう。私が貴女を訪ねたときドアを開けてくれて。こんな急に引っ張り回しちゃって、ごめんなさい」

「何言ってるの? 私は紅緒が来てくれて本当に嬉しかったの。私のほうこそお礼を言わなきゃ。私、あんなことをしちゃって、どうしたらいいかわからなかったの。黄路や志安にどんな顔をすればいいのか。でも貴女が彼女たちとまた顔をあわせる機会をくれたわ。本当にありがとう」

「ねえ、マジェンタ。なんで貴女は私を大事に思ってくれるの? 私は貴女に恨まれてたって仕方がないって思ってたの」

茜に聞いたマジェンタの過去。

なぜ茜は彼を演じたとき、マジェンタの名前を上げて警告したのかを聞いた。黒薔薇の会の母体が純白先輩が率いた中等部生徒会だったこととそこにマジェンタの名前があったとき、咄嗟に茜は私に悪意を向けていた夜をマジェンタだと誤解してしまった。

それは茜がマジェンタの過去を知っていたからだ。

彼女と彼女の母が、この国で居場所を失ったことに父が関係しているらしい。私の父は、彼女の母がマジェンタを身籠り、彼女の父を頼ったとき、彼女たちを家に入れることを親族の立場から猛烈に反対した。縁者の中でも影響のあった父の意見は他の親族たちを取り込んで、家から彼女たちを追い出した。

私は彼女たちの仇の娘と言ってもいい。そのことを知っていた茜は咄嗟にマジェンタのことを警告したのだった。

私はまた何も知らないまま、無邪気にマジェンタのことを友人だと親しげにしていた。彼女の気持ちも知らず。

「紅緒のことを、恨んではいないよ」

けれど、そう言うマジェンタの声はやや固かった。

「私とお母さんのことに紅緒が関係ないことぐらいわかるわ。紅緒のお父さんがどういう人なのかも知ってる」

「ごめんなさい。わたし……」

「ううん。紅緒が謝ることじゃないでしょ。……ホント言うとね、ちょっと近寄りがたいとは思っていたの。わかってるんだけど、どうしても悪く思っちゃいそうで」

「当然だわ」

「こら……! 当然じゃないでしょ。でもだからこそね、紅緒と友達になりたいって思ったの。紅緒のことなんにも知らないで嫌うより、友達になってみようって、それで嫌な奴だったらそのとき嫌おうって」

「それで。どうだった? 嫌な奴じゃなかったかしら?」

「全然そんなことなかった。真っ直ぐな子で、前向きで、ホントに友達になりたいって思えるような子だったよ。それにね途中で気づいたの。紅緒だって私と同じなんだって。あの人に家を奪われた子なんだって。そしたらもう親近感も凄く湧いてね。紅緒のことがとても大切に思えたの」

マジェンタの真っ直ぐな好意に瞼が熱くなる。

「紅緒だって大変だったはずでしょ。去年学院に来るまで紅緒はあの人と同じ家で暮らしてたんでしょ? ちょっと私には無理。大変だったね。がんばったね。紅緒」

暖かい言葉に涙が溢れそうになる。マジェンタはいつの間にかこちらに向き直っていて、私のことを後ろから抱きかかえた。

「頑張ったんでしょ? 偉いよ。紅緒は」

屋敷での罵倒に怯える日々。少しでも父の理想に近づくことができなかった。私にできるのは、せめて怒られる回数を減らすことぐらいしかなかった。

私はずっと誰かに、褒めてほしかった。そのことをマジェンタの言葉で知る。

「私はっ……! 私は……!」

溢れ出した涙は止まらなかった。

頑張ったね、とマジェンタは繰り返し囁いて頭を撫でてくれた。

「今だって、ずっと辛いはずなのに。私のことまで気にかけてくれて。紅緒はすごい。私は紅緒と一緒にいれて嬉しいよ。いいんだよ。泣いて。今度は私が紅緒を慰めてあげるから」

泣きじゃくる私をマジェンタはぎゅっと抱きしめてくれる。私はマジェンタの胸の中で泣いた。

やがて泣き疲れて微睡みに落ちた。

翌日、ベッドの中で目を覚ますと、マジェンタはまだ私のことを抱きしめていた。急に彼女への愛しさで胸がいっぱいになる。私はマジェンタの額に口づけをした。

私はマジェンタのことを純白先輩や彼の代役にしているのではないか。そう思ってちらりと胸が痛んだ。

「本当にありがとう。マジェンタ」

小さい声で言ったつもりだったけれど、マジェンタは私の言葉で身じろぎをした。う~んと唸って、寝惚け眼を開ける。キスしたことに気づかれたかと思い、私は少し慌てた。

「どうしたの? 顔赤いよ?」

「なんでもないわ」

「そおう?」

「ええ。支度をして下に行きましょうよ」

「うぅん」

まだ眠そうなマジェンタの世話を焼いていると、またマジェンタへの愛おしさを覚える。

昨日はいっぱい泣いてしまった。この頃は本当に泣き虫になってしまったらしい。

マジェンタの肘に捕まり、私たちは居間へ降りた。「おはよう」

「おはようございます」

居間に既に来ていた黄路さんと挨拶を交わす。

「あら、紅緒さん。目が赤いわ。どうかしたの?」

「あれ、すいません。何でもないんです」

「マジェンタ。貴女、紅緒さんに変なことしてないでしょうね?」

「紅緒とはより親密な関係になったたところだよ」

「なっ! まさか、本当に貴女たち……!」

「ち、ちがいます! 変なことなんてしてないわ!」

「私たちはもう一夜を共にした仲ですから」

黄路さんが絶句した。

「ちょっともう! マジェンタ!」

私が文句を言うと、マジェンタがからからとした笑い声をあげた。

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