純白紗智と『彼』

マジェンタは、血相を変えて飛んできた赤星あかほし先生に取り押さえられた。赤星先生が感情もあらわに生徒を叱りつけるところを私は初めて見た。当事者である私たちも、遠巻きにしていた生徒たちも、誰も口を挟むことができないほど強烈な怒り。

「退学にでもなりたいのか!?」

赤星先生の口にちらりと登った言葉に見が竦む。退学。もちろんそれだってありえるだろう。ナイフを持って他の生徒を襲撃なんて、どんな処罰がくだされてもおかしくない。

マジェンタに加勢したい気持ちはあったけれど、マジェンタが刃物を持ち出して他の生徒を襲ったという事実は偽りようもなく、それを多くの生徒に見られていては庇いようもない。

その場で当面の謹慎を言い渡し、本格的な処分はこれから検討すると言って、泣いているマジェンタを連れて去っていった。

マジェンタと先生がその場を立ち去ると、集まっていた生徒たちはすぐに色めきたち、あちこちで噂話の花が咲いた。

純白ましろ先輩とマジェンタの名前、小金こがね先輩の名前が繰り返し囁かれていた。揉めている間の立ち位置のせいもあるのだろう。口上には私の名前も登っているようだった。

小金さんは生徒の噂を遮断するように生徒会室の中へ入り、扉を閉めた。入れ替わるように志安しあんさんが出てくる。

「文芸部まで送る」

「……ありがとうございます」

私は志安さんの肘に捕まり、来た道を戻った。階段に差し掛かると声をかけられたとき、志安さんが生徒会室で語った言葉を思い出し怯みそうになる。

志安さんはそれに敏感に気づいた。この人は考えるだけでなく、よく人を見ている。

「大丈夫。何もしない」

「……ええ」

「と言っても信じられないよね。さっきはごめん」

「わかってます。志安さんがマジェンタを説得するために話したんだって。けれど、どうしても怖がってしまって。……臆病で、すみません」

紅緒べにおは臆病じゃない。見えないことのリスクを正当に評価してるだけ。紅緒は盲目を言い訳にしない。むしろとても勇気があるよ。純白さんが気に入っていた理由はよくわかる」

「……ありがとうございます。でも私は、そんなに褒めていただくほどできた人間ではありません。きっと私は嫌なことからだけなのです。それで問題を忘れられるぐらい、浅はかなだけで」

「そんなものだよ。みんな」

「志安さんも?」

「うん。私は、純白さんが死んだことを受け入れられないんだ。だから他のことを考えて、そのことを忘れようとしてるんだと思う」

「……私を黒薔薇館から追い出す方法とか?」

「そう」

私たちはそれから部室まで無言で歩いた。「ついたよ」という志安さんの言葉に私はお礼を返した。

「……ねえ、入っていってもいい?」

純白先輩を思い出したいのだろうと、志安さんの気持ちはわかった。けれど、やはり今志安さんと二人で部屋に入るのは、躊躇った。何もしてくるはずないとわかっている。けれどやはり、怖い。

「ごめん。紅緒の気持ちを考えなかったね。今のは忘れて」

「すみません」

「謝らないで。これは私が悪いから。ただ、ここでいいから一つ聞かせてほしい」

「なんでしょうか?」

「紅緒は実際のところ、私たちのことをどれくらい知っているの?」

私たちのこと。それはつまり黒薔薇の会ということだろうか。マジェンタの一件やその前の聴取もあった。志安さんたちも私が全く彼女たちのことを知らないとは思ってないのだろう。

話してもいい気がした。少なくとも志安さんには、本当に私への害意はないように思える。

しかし、それは彼女たちの秘密だ。廊下で口にすることは、彼女たちへの敬意が明らかに欠いているようにも思えた。

純白先輩。勇気をください。

私は密かに覚悟を決める。

「どうぞ、中へ」

私はそう言って部室へ入った。扉を閉めてくれる音が遅れて聞こえる。私が一度断っている手前、中に入ることを躊躇ったのかもしれない。

私は窓際の席までゆき、腰を下ろした。この席に座っていれば、純白さんのように強くいられる気がする。

「好きな席にかけてください」

志安さんは私からほどほどに距離のある席に座った。

「入れてくれて、ありがとう」

「いえ。先ほどは失礼をしました」

志安さんの声から普段はない緊張を感じる。物事に動じない志安さんにしては珍しい。

頭の隅でまた恐怖心が騒ぎ出す。私を騙して何か悪いことが進行しているのではないかと、恐怖が疑心暗鬼を呼び起こそうとする。けれど、私は意識して微笑みを浮かべることで、それを抑え込んだ。

「紅緒は、もう立派にこの部屋の主だね」

「そうですか?」

「うん。なんか、謎の凄みがある。そういうところは、なんというか、純白さんに似ている」

「ありがとうございます。光栄です」

その褒め言葉は本当に嬉しかった。

「先程の質問ですが……」

さて、どこから話したものか。私がしばし悩む間、志安さんはただじっと待ってくれた。

よし。決めた。話はきっと単純なほうがいい。単刀直入に話そう。

「黒薔薇の会を私が知っているかという質問と考えてよいですか?」

黒薔薇の会の名前を出したからか、志安さんがわずかに驚いた声を出した。

「そう。そのとおり。名前を知っているということは、どういう集まりかも知ってるんだね?」

「ええ。知っています。学院に隠れて、あまり良くない本を読み感想を交換する、読書会のようなものですよね?」

「うん。だいたいあってる。ただ一言だけ言わせてもらうなら、良くない本を読んでるつもりはないよ。確かにそういう本を読むことはある。けれど、ほとんどの場合私たちが読んでるのはミステリーとかホラーとか、そんな駄目なものを読んでるつもりはない。ただ学院が私たちから遠ざけようとしてるだけ。学院の図書室には絶対入らないだろうけどね」

学院をそれなりに堅苦しいところだと言ったのは彼だったか。志安さんもきっと同意見なのだろう。

「黒薔薇の会を知ったのは、純白さんが書いていた手記からです。純白さんが私に話したのではありません。言ってしまえば、私は純白さん秘密を勝手にしたのです」

「やっぱり。紅緒に渡ってる気はしたんだ。あれ」

志安さんは納得したようにため息をついた。

「でも、紅緒は……読めないでしょ? 使用人に読ませたの?」

「いえ、違います。読んでくれた人は他にいます。より正確に言うなら、黒薔薇の会については彼がまず教えてくれたんです。それから本を読みました」

「彼?」

ええ、と頷く。私は彼について、知ってる限りのことを志安さんに話した。女性の声でありながら声色を変えて「僕」と名乗ること。彼が突然黒薔薇館に現れたこと。純白先輩と親しいこと。黒薔薇の会の会員と思われること。正体は未だ不明なこと。などなど。

志安さんは黙り込んだ後、

「純白さんとは別に、そもそも内通者がいたんじゃ紅緒に会を隠し切るなんて、最初から無理だったわけか。ならもっといろいろやりようもあっただろうね。参ったな」

志安さんはしばらく黙っていた。

「ねえ。紅緒」

「なんでしょう?」

「虫のいい話だとは思う。けれど黒薔薇の会のことはどうか黙っていてくれないだろうか。あそこは私やマジェンタ、黄路にとってはとても大切な場所なんだ。黒薔薇の会のことは、君の胸のうちに留めていてほしいんだ」

「言いふらしたりなんてしませんよ」

「……ありがとう」

「私には黒薔薇の会をどうにかしたい、というような気持ちはありません。私はただ、彼が誰なのか、知りたいだけ」

その内通者、と言って志安さんは、また黙った。何かを考えている。私はその沈黙の間、志安さんが彼であることの可能性について考えていた。可能性という意味ではゼロではない。志安さんも条件を満たしている。いまのところ、黒薔薇の会の誰も除外することはできないはず。

「おもしろいね」と志安さんは呟いた。「単純に考えれば、黒薔薇の会の誰でもあり得る。飛び抜けて、誰が怪しいというのはなさそうだけど」

「ええ、そうなんです」

「黒薔薇の会のメンバーを紅緒は全員知ってるの?」

「いえ、全員ではないんです。わかるのは、純白先輩、灰谷先生、マジェンタ、黄路さん。それに志安さんまでです。安直ではありますが、もう一人が彼なのかな、とは思っているのですが」

「つまり紅緒はまだ正体がわかってない、最後の一人が彼だと思っているわけだ」

「あと一人が誰なのか、教えてはくれませんか?」

きっと教えてはくれまい。そう思いながらも聞いた。

「紅緒が自分で気づくぶんには、仕方ないと思うけど、告げ口みたいになるのはちょっとね」

「そうですよね」

「そう言いつつ実はもう目星をつけてるんじゃない?」

「ええ。まあ。この人なのかな。という人はいます」

「まずそれを聞きたいな」

「小金さんです」

ふっ、と志安さんが笑った。

「あんな修羅場をやった後じゃ、誰だってわかるよね」

「ええ、まあ」と私も苦笑いをした。

「じゃあ小金さんが君の王子様だと、すると」

「王子様?」

「ん、ああ。王子様というのはね。純白さんのあだ名なんだよ。本人は嫌がってたけど。黄路が話してた月虹祭での劇がもとなんだ。その彼の『僕』口調はこれをかなり意識してると思う」

「ああ、なるほど」

「小金さんが純白さんを意識してるのは間違いないよ。その王子様が純白さんを『先輩』呼びをするのも、小金さんが正体なら意味も通る。パクリ元を『先輩』呼びしてたと考えられるわけだ。いや、もっと自虐的かもしれない。純白さんは中等部で生徒会長で小金さんは高等部で生徒会長だからね」

思いがけない指摘だ。

「なるほど」と思わず唸ってしまう。

「君の話によると王子様は純白さんと随分仲が良さそうだ。これは小金説を補強しそうだね。よいことばかりではなかったけど、彼らはお互いを悪く思っていたわけでもない。二人はうまい具合の付き合い方をしていたと思うよ。マジェンタには別の意見があるのかもしれないけど」

話を聞くと小金さんが彼の可能性はやはり高そうだ。

志安さんは一度言葉を切り、「まあ、他の人についても考えてみよう」と言った。

「確実に除外していいのは、灰谷先生だけ」

「え、どうしてですか?」

「王子様の条件に、王子様が黒薔薇館に侵入してきた段階で君の使用人や君と初対面だったという条件があるからだよ。君の使用人は王子様を直接見てる。そのうえで学院の生徒だと断定したようだけど、これは灰谷先生だけはありえない。そもそも君が黒薔薇館に移ったのに灰谷先生は一枚噛んでる。直接顔を知っていてもおかしくない」

「確かに」

「ただ残りのメンバーについては全員がこの条件を満たしてしまう。次の条件は、王子様は頻繁に文芸部の部室に顔を出していたということ。これはマジェンタを除外できる。彼女は部活で毎日サッカーをしてるからね。それから黄路もだ。黄路は生徒会活動の他に茶道部、筝曲部、演劇部を兼部してる。日替わりで別の部活に顔を出すような生活のはずだ。頻繁に文芸部に顔を出すのは無理だろう」

「え、黄路さんはそんなに部活動をされてるのですか……」

「黄路は私やマジェンタと違って、本物のお嬢様だから。習い事も忙しいらしい」

「……なら私もそちらのお仲間ですね。仲良くしてください」

「紅緒は佇まいがお嬢様すぎるからなあ」

「そうですか?」

「うん」

ともあれ、と志安さんは話を戻した。

「残るは私と小金さんだけか」

随分、絞れている。私はまだ漠然と誰の可能性もあると思っていたのに。志安さんは頭の切れ味が違うようだった。

「志安さんもまだ残っているのですね」

「まあね。アリバイが少ない人間で申し訳ない」

「いや、そうではなくて、志安さん自身なら答えを知っているはずです」

「まあ、それはそうだね。ただもし私が王子様の場合、私が志安として『私は王子様じゃないよ』といったとしてもまったく信憑性がない。これまで正体を隠してたわけだから、当然嘘をついたとしてもおかしくないしね」

「志安さんの言いたいことはわかります。けれど、志安さんの可能性はやっぱり薄いと思います」

「どうして」

「今日、私の腕を引いて生徒会室に連れて行ってくれたからです」

「ごめん。どういうこと?」

「志安さんは今日、私を陥れることができるか確認するために、私を生徒会室まで連れて行ってくれたんですよね?」

「そう」

「あなたが彼であればその確認の必要がないからです。彼は何度も私を特別教室から部室まで連れて行ってくれています。途中に段差もありますし、わざわざ別に確認をする必要がありません」

「わざとそんな振りをしたのかもしれない。きみに正体を悟らせまいとして」

「ええ。その可能性はあります。けれど、志安さん。あなたはこれまで視覚障害者の誘導をやったことはありませんよね? そういったことはわかるものなんです。非常に細かく声掛けをしてくれましたし、歩くスピードも遅かったですから。誘導に慎重になりすぎていました」

「それも演技とも考えられる」

志安さんはなかなか折れない。少し頑固なところがあるようだ。ちょっとだけむっとする。

「その発言には矛盾があります」

「ないよ」

「あります! 志安さんが『彼』なら、私から正体を隠したくて、その演技をしたということになりますよね」

「そうだね」

「なら、なんで私が志安さんを候補から外そうとしたとき、それを引き止めて演技の可能性なんて議論してるんですか。動機が矛盾します」

私が言うと今度は、志安さんが押し黙った。

「いや、動機なんてなんとでも言えるよ。気が変わったとか」

「それはちょっと酷いです。もうちょっとまともに反論してください」

「ちゃんと反論してる。私が正体を隠してるのと一方で検討自体は徹底して行うのは、全然現実的に許容されるでしょ? 私が言いたいのは、あなたが王子様と会ってる時間に私は他の場所にいたとか、私が知り得ない情報を王子様が知ってるとか、そういうことを確認しないと除外できないって言ってるの」

「その発言が正体を隠したい人の発言じゃないです。志安さんの態度に一貫性がなくて、説得力がありません」

「態度とか、私の内面は今の話に関係ない」

「ありますよ」

「ないよ」

私たちは「むう」 と互いに唸る。議論は完全に平行線だ。私が志安さんを候補から外そうとしてるのに、志安さんが候補に無理やり残ろうとしてくる。なんだろう。この不思議な時間は。

志安さんが候補に留まり続けることに何か意味があるのだろうか?

例えば、彼と志安さんは協力関係にあって、彼の正体を隠すため、容疑者を一人でも増やそうとしてるとか。

いや、この案はだめだ。全然私が絞れてない状況から、灰谷先生、マジェンタ、黄路さんは違うと候補から外していったのは他でもない志安さんだ。その結果、候補はもう志安さんと小金さんしか残ってない。自分だけ残そうとする理由はない。もうちょっと候補の人数が多い段階でなければ、この動きは意味がなく、むしろ残った小金さんの可能性が高いことを強調してしまい逆効果だ。

やっぱり、この混迷した議論は単純に志安さんの何事も突き詰めないと気がすまない性根をあらわしているだけに思える。

志安さんが議論に臨むその姿勢自体が、志安さんが候補者でないことを顕にしているとしか思えない。

私自身としては、もうほとんど志安さんが彼ではないと確信していた。

「志安さんは保留にしておいていったん飛ばしましょう」

「うん。いいよ」

とは、言ったがもう残っているのが小金さんしかいない。小金さんは志安さんが指摘していたとおり、彼として説明が通る部分が多い。

なら、やはり彼は小金さんなのだろうか。

すっきりと納得はできない。小金さんから彼との共通点を探せば合致するように見えるが、彼から小金さんへの共通点を探すと、謎がまだいくつも残る。最大の謎は純白先輩の死後、彼と学校で会うことができないと言われたことだ。小金さんとは先ほども会っている。なぜ学校では会えないのだろうか。純白さんの死は関係なく、単純に忙しいだけとか。いや、彼は今後の展望がないような口ぶりだった。

思考の海に潜っている私を志安さんの言葉が急に引き上げた。

「紅緒。王子様の候補は、もう一人いるよ」

「誰でしょう?」

「純白さんだよ」

私は黙って志安さんの続きの言葉を待った。その案は考えたことがないでもないが。

「純白さんの一人二役で解決することはできるかもしれない」

「でも、私は純白さんの死後にも彼と会っています」

「本当に会ってるの?」

私は見えない目を自分の手に向けた。闇の向こうにある私の手は、未だに彼の手の感触を覚えている。震える私の手を引いてくれた柔らかい手を。彼の頬を流れた涙の温度を。

「なら、私はどうやって純白さんの告別式にいったんですか?」

「一人で行ったんでしょ?」

「できません」

「本当に?」

「ええ」

志安さんがじっと私に視線を注いでいるような気がする。

だが、彼はいたのだ。私の幻想などではない。

「私がそんなことをする意味はなんですか?」

「現実逃避。純白さんが死んだことを認めたくないから、純白さんの一人二役をきみが引き継いだ。自分を騙すためだけに」

「違います」

私はゆっくりと呼吸した。

彼が自分の幻想かもしれない。その考えに私は恐怖を覚える。それは私が見えない目を現実に向けることをやめ夢を見続けているということを意味する。

これまで自分の正気を何度も疑いたくなった。志安さんの指摘は、私自身何度も考えたことのあることだ。だって名前を知らないなんておかしい。一年以上付き合いがあるのに。彼の顔を知らない。彼の普段の声を知らない。彼の何も知らない。

彼が去るたびに、私は夢を見ていたのではないかと思う。本当に先程まで彼と会話をしていたのかと不安になる。全部私の妄想でないかと。

「違います。彼はいます」

「そう」

そうだ。彼はいる。なぜなら……。

「志安さん。昨日、部室に忍び込んだのはあなたですね?」

「……それがどう関係するの?」

無言の肯定、と受け取った。

「昨日、マジェンタは部活に、黄路さんと小金さんは、生徒会で委員会活動をしていました。黒薔薇の会の会員で部室に忍び込めるのは、灰谷先生と志安さんしかいません。灰谷先生は確かに外から入ってきましたから、部室の中で私をやり過ごそうとしていたのは、志安さんしかいません。

最初このことを考えたときには、侵入者が志安さんだとまではわかりませんでした。けれど、あなたの存在を隠すために灰谷先生が嘘をついたことはわかりました。だから私が黒薔薇の会で最初に、メンバーだと気づけたのは灰谷先生です」

「それで?」

「私が黒薔薇の会のことを知ったのは、純白先輩の死後です。ただし、黒薔薇の会のことは手記に残されていましたので、私がなんらかの方法で手記の内容を知ることはできます。けれど、手記の中には、誰がどの会員名であるかは明記されていないでしょう。されていれば、会員名を使う意味がないですから」

「そうだろうね」

「私は今、あなたがたの会員名をすべてあてることができます。それが内通者がつまり、彼が純白先輩以外に、存在することの証明になります。手記からでは得られない情報ですから」

志安さんは私の言葉を少し吟味してから頷く。

「なるほど。じゃあその証拠を示してもらおうかな」

彼が教えてくれたのは、正確には灰谷先生=漆だけだが。それを糸口にもう全容はわかる、と思う。

「ええ」

私は自分の予想を注意深く点検する。うん。問題ないはずだ。

「まず純白先輩の会員名ですが、これは『烏』です」

「そのとおり」

「灰谷先生が『漆』。小金さんが『猩々』」 

「あっているよ」

残り三人。志安さん、黄路さん、マジェンタ。の会員名だ。唯一の問題は誰が『夜』かだ。もともとマジェンタだと思っていたが……。

『黒曜石』は『猩々』と一緒に会場の管理をしていた。黒薔薇館を出た後の会場はおそらく生徒会室だろう。

素直に考えれば、『黒曜石』は現生徒会の黄路が自然だ。けれど、黒薔薇の会と生徒会の関係に着目すると、他の答えも考えられる。

黒薔薇の会はおそらく純白先輩が率いた中等部生徒会を母体にしている。

彼女たちが付けたという黒薔薇館の名前と会の名前の共通点。中等部生徒会が行った迎賓館を使ったパーティ。傍証はいくつかある。

「中等部で生徒会をしているとき、戸締まりはマジェンタの仕事だったんですよね」

「そう」

ならば、そのときの役割が今もまだ引き継がれているのだと予想できる。『黒曜石』はマジェンタのほうが先ほどの騒動との整合性が高い、と思われた。

「志安さんが『墨』。マジェンタが『黒曜石』。黄路さんが『夜』です」

志安さんは私の答えを聞いたも沈黙を守った。私がどのようにして、メンバーの会員名を知ったのか考えているかもしれない。

やがて口を開き、「まあ、いいよ」と言った。

「純白さん説は捨てて……。いや、待った」また志安さんは黙り込んだ。私は志安さんの思考の邪魔をしないよう、静かに彼女がまた喋り出すのを待つ。

「捨てるのは、紅緒による一人二役の引き継ぎだけだ。純白さんが死んだ後、誰かが引き継いだ可能性は消えてない。それよりも『学校では会えない』という新たな条件が加わる以上、純白さんの死のタイミングで彼自身にもなにかあったと考えるほうが自然だ」

志安さんはそう言って、また思考の海に潜っていった。



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