第8話


 グリーンシグナルが点灯し、次のレースが始まった。


 ……ゲン担ぎを、してないぞ……。


 ……まぁ、闘技場で賭けなかったくらいで……。


 そんなことしなくなったくらいで……。


 オッズ表を確認してみる。


 1-2のオッズが知りたいわけじゃない。


 ああ……光ってない……1ー2の文字が、光って見えない……。


 激しい不安が襲い掛かってくる中、俺はレースを見守る。


 1-2は、すでに揃ってスタートに失敗して、最下位争いだ。


 ……カゴごと賭けた……全部賭けてしまった……。


 ここで、もし、負けたら……。


 ……なんだよ、もしって……。


 俺は、勝つことを知ってるんだろ?


 おかしいっ。なんで俺は、俺が勝つことを知らない?


 今まで、知ってたじゃないか。どのスライムが勝つかなんて……知ってたから賭けてたんじゃないか。


「さぁ、レースが始まりました! 5番、黄色。3番、オレンジ。が先頭で横並び! 少し遅れて4番、青! そして1番、緑。2番、ピンクと続きます!」


 大男たちが俺に近づいてきた。


 視線が熱い……。


 ……すごい見られている。


 証拠を掴もうと、してるんだ。


「さぁ、レースも中盤! 5番、黄色。3番、オレンジ。が先頭で横並びは変わらず! 1番、緑。2番、ピンクが上がってきた! 4番、青が最下位に転落!」


 ああ、良かった、1ー2が勝ちだした。


 大男たちの視線が鋭く尖って、俺を見つめだす。


 別に何もしてないんだけど……。


 ……噂だよな……拷問されてとかなんとか、なんて……。


 普通にしてよ。


 突っ立ってよ。


 これで、相手も何もできまい。


「さぁ、レースも後半! 先頭の5番、黄色がスパートをかける! 後続を引き離しにかかった!」


 なにやってる1-2! お前らもスパートしろ!


「2番手の3番、オレンジもスパートをかける! レースももう残り少ない」


 なにやってるだ1-2! 早く走れ!


「1番、緑。2番、ピンクが上がってきた! 3番、オレンジを2人そろって躱す!」


 来た来た来た来た来た来た来た、やっと来た。


「しかし、レースも残りわずか。先頭を走る5番、黄色に追いつくことができるのか!?」


 行け行け行け行け行け行け! 1ー2! 1ー2!


「さぁラストスパートだ! 5番、黄色がさらに速度を増して先頭を行く! しかし! しかしそれ以上に! 1番、緑。2番、ピンクの勢いがすさまじい! 体力をキープしていたか! 5番、黄色に迫る!」


 どうだ、間に合うか、どうだ、ギリギリ、このまま行けば、黄色を抜ける、抜けるぞ!


「1ー2、頑張れ!」


 俺は、声を張り上げ声援を送った。


「ゴール直前になって、まだ勝負は分からない。先頭を走っていた黄色のすぐ後ろに、迫りくる緑とピンク! 3匹が並ぶか、どうだ、黄色がゴールが先か、どっちだ!」


 どっちだ!


「行け行け行け行け行け行け! スラちゃーーーん!」

「そして、今、ピンクが黄色と並んで、追い抜いたぁぁぁぁ!」

「よし! 後は緑! 後は緑だ! お前も追い抜けぇぇぇ!」


 俺は力いっぱい叫んだ。


「緑が黄色と並……ゴォォォォォォォォル!」


 赤ネクタイがゴールを告げる。


「いやー、1番、緑は惜しかったですねー。1位、2番ピンク。2位、5番、黄色です!」


 ピンクのスライムが、飛び跳ねて勝利したことを観客にアピールする。黄色も、その横でアピールしだした。


 緑は、肩を落として、レース場隅でうなだれている


 大男たちが俺から離れて行った。


 ヒソヒソ話しているのが、聞こえてくる。


「あの絶叫見たかよ、スラちゃーんって全部スラちゃんだろ」

「あの落ち込みようも見ろ」

「あの感じは、何もやってないな」

「ああ、ただの強運だったみたいだな」


 何の感情も湧いてこない。


 俺は、負けた。


 俺は、どうしたら良い。


 いくら負けたんだ。

 

 俺は今、いくら持っている。


 闘技場に賭けようとして、鷲掴みにした両手いっぱいのコイン。


 これしか、残っていない。


 レース所の隅に向かった。


 コインを数えていく。


 100コインの山が1個できた。


 まだ残っている……。


 10枚、20枚……70、80枚……。


 ……そして、9コイン……。


 合計189コイン。


 ……足りない……。


 ……よし、ならばこれを使いも、もう一勝負だ。


 ……とは、もう考えられない……。


 ツキは、なくなってしまった。


 それぐらい、俺でも悟れる。


 ……やっても負けるだけだ。もう駄目なんだ……。


 指輪は諦めるしかない。


 俺は、真鍮の格子がはまっている換金係の窓口へ向かう。


 コインを金貨11枚と、銀貨13枚に変えた。


 落ち込むことはない、これで腹いっぱい食いながら、故郷まで帰れる。


 それどころか、おつり付きで愛するシモーナとジーナの元へ帰れる。


 ボロ指輪より、金持って帰った方が喜ばれるだろう。


 カジノから出る。


 宿屋に向かおうとして、立ち止まった。


 でも、一応……行ってみよう……。


 質屋に向かう。


 質屋の扉をゆっくり開いた。


「あのー、さっき売った指輪なんだけど……」

「結婚指輪の事かい?」


 俺を見て、しわがれた声の、しわくちゃの爺さんが尋ねる。


「いくらで買い戻せる」

「……金貨1枚と銀貨8枚だね……」

「……え?」

「なんじゃ?」

「いや、なんか安いなって」

「ああ、わしゃ目が悪くての。こんなボロボロだとは気が付かなんだ。大丈夫じゃと思ってたら、よく見たら宝石まで傷が入ってる。安くしか売れん」

「ああ、そうなの……」

「なんでこんな傷だらけなんじゃ?」

「……ああ、働いてる時も……ずっと身に着けてた物だから……」

「よっぽど重労働してたのかい? このボロさ」

「……ああ、そうだ、ずっとつけてたから」

「そんなことしてるからじゃ、わしの目が良かったらもっと安く買い取るところじゃった」


 爺さんが、俺の、ボロボロの指輪を机の上に出した。


「……」

「どうした、買うんじゃないのか?」


 俺は迷った。


 こんなボロ指輪より、金を持って帰った方が良い。


 そう思って。


「どうしたんじゃ?」

「……ああ、うんと……」


 金貨11枚と、銀貨13枚


 この指輪を買ったら、金貨10枚と、銀貨5枚になる。


 これは故郷までの旅賃としては、ギリギリだ。


「何ボケっとしとるんじゃ?」

「……買い取らせてください……」

「……ああ、まいど」


 俺は質屋を出て、星ひとつない夜空の元、指輪をはめる。

 

 指輪は、カジノの煌びやかな光を受けてキラリと輝いた。


 食料は明日の朝、買う事にしよう。


 俺は宿屋に戻り、ベッドに横になる。


 ……もう、なんかヘトヘトだ……。


 懐に入っている金貨10枚が入った、重い重い袋を、ぎゅっと掴んだ。


 ポケットから、財布を取りだす。


 中には、銀貨が5枚。


 ……銀貨1枚、カジノで負けて減ってしまった……。


 ……少し食べる分を我慢しないと……。

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少し食べる分を我慢すれば 月コーヒー @akasawaon

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