第7話


「がんばれスラちゃーん! フレッフレッ、スラちゃーん!」


 俺は力の限り声を張り上げる。


「がんばれスラちゃーん! よし、いけいけ! スラちゃーん!」


 1-2は、今のところ最下位争いだ。


 でも、まだレースはわからない……。


「さぁ、レースも後半に入ったぁ!」


 赤ネクタイが叫ぶ。


「なんやってんだ! 早く行け! 殺すぞ!」

「4番、青がスパート! 5番、黄色も追いかける!」


 ……ああ、もう駄目か……。


 今回は負けとして、次の弾もある……次に賭けるか、次は……なんにしても、当てないと……。


「おおっと、なんだなんだ!」


 急に、赤ネクタイが驚きの声を上げる。


 俺も、自分の目を疑った。


「最下位争いをしていた、1番と2番がとんでもない速さで追い上げてきたぁぁぁぁ! なんて速さだぁ!」


 1ー2は、あっという間に、4番と5番を追い抜いていく。


「ゴォォォォル! 1位、2番! 2位――」

「――やったぁあぁぁあぁぁ!」


 俺は、赤ネクタイを抱きしめた。


「やったやったやったやったぁぁぁぁぁぁ!」


 40枚の勝ち。


「早く早く! 早くコイン! コインをよこせ! 赤ネクタイ! 早く早く!」

「あいてててて! 引っ張らないで! ネクタイ引っ張らないで!」


 俺は赤ネクタイからコインをひったくるように受け取る。


 カゴの中には、合計200枚以上になった、コインの山が輝きを放って眩しい。


 さぁ帰ろう。


 もう、何も思い残すことはない。


「ちょっと、どこへ行くんですか?」

「へ?」


 赤ネクタイが、ネクタイを整えながら俺を引き留めてきた。


「賭けないんですか?」

「もう良い、帰る事にするよ」

「なに言ってるんです、そんなもったいない事をするなんて」

「もったいない?」

「そうですよ、あなた、さっきから当たりまくってる、ツキが来てるんですよ、もっと勝負するべきでございますよ」

「……ははは、そんな事……」


 ……そんな事……。


 ……そんな事、ある、のか?


 そうだぜ、何でここで帰るんだ。


 あの声が聞こえてきた。


 赤ネクタイの言う通りだ、ここで帰るなんて馬鹿だぜ。せっかくツキが来てるってのによ。


 だいたいよ、もう小さく賭けりゃ1回くらい負けても良いじゃないか。そんなに勝ったんだからさ。せっかくの儲けチャンスを逃すなんて馬鹿だよ。


「……それも……そうだな……」

「そうでございますよ、ささっ、次のレースのスライムが入ってきますよ」


 赤ネクタイが俺に笑顔を作る。


「よし、じゃあちょっとゲン担ぎしてくる」


 俺は赤ネクタイに背を向けた。


「え? どこへ行くんです?」

「闘技場だ、すぐ帰ってくる」


 俺は闘技場に来ると、何でも良いから1コイン賭けて、スライムレース場に馳せ戻る。


 そして、やっぱりうっすら光って見える1-2に5コイン賭けた。


 オッズは、なんと15倍だ。


 やがてファンファーレが鳴り響く。


 その時、俺は、急に確信できた。


 いや、確信以上のものだった。


 それは知識と言って良い。考えるのでもない、信じるでもない、感じるのでもない、知っているのだ。1ー2が勝つという事を。


 俺がこれから勝つという事を、俺は、知っている。


 ファンファーレが鳴り響き、クリーンシグナル点灯。


「さぁレースが始まったぁぁ! 横一列、どれが勝つかわからない戦いになる!」


 赤ネクタイが叫ぶ。


 はははは。この人に打ち明けてやりたい。いや、レースを見守る全ての人に1ー2が勝つという承知の事実を伝えたい。皆は知らないで、バカみたいに騒いでるなんて、ははははは。なんて哀れな人たちなんだ。


「ゴォォォォル!」


 赤ネクタイが叫ぶ。


「1位、2番。2位、1番! 1-2が続く! こんな事初めてだ!」


 ほら勝った。


 さぁ、次も勝つぞ。


 俺はゲン担ぎをちゃんとしてから、1ー2に300コイン賭ける。


 一気に行って良い。


 負ける事なんてないのだからな。そう知っているのだから。


 ツキが去る前に儲けるだけ儲けないと。


 さぁ、待ってろジーナ、父さんは超金持ちになって帰るぞ。


 ファンファーレが鳴り響き、クリーンシグナル点灯。


 そしてスライムたちは、必死に走り、


「ゴォォォォル!」


 赤ネクタイが叫ぶ。


「1位、2番。2位、1番! 何が起こっているんだ1-2が続くぞ!」


 オッズは3倍だったので、600コインの勝ちだ。


 さっ次、次。


 闘技場に足を運びゲン担ぎをして、俺はレースにさっき勝った900コインすべてを、そのまま賭ける。


 俺の掛け金に、会場がどよめいた。


 俺は、スマートに驚愕の表情の赤ネクタイに900コインを渡す。


 ファンファーレが鳴り響き、クリーンシグナル点灯。


「ゴォォォォル! 勝ったのは……1ー2、です……」

「はははははは」


 笑いが止まらん。


 俺は1800コインを、赤ネクタイにもらいに行く。


 さっ、次だ。次も勝つぞ。


 俺は、ゲン担ぎをし終わると、今度も勝った1800コインを全て1-2に賭ける。


 そして、


「ゴール! 勝ったのは1ー2です」


 カゴの中には、コインが零れ落ちそうに山盛りになっていた


 次、次のレースを早く。このまま勝ち続けてカジノを潰してやろうかな、はははははは。


 俺は赤ネクタイに、コインの入ったカゴをまるごと渡す。


「えっ、こんなに?」

「ああ、構わんよ。1-2複勝だ」

「また1ー2……」

「ただ待ってくれ、ゲン担ぎに一度離れるから、帰ってきたら賭ける分だから」

「はぁ……」

「ははは、持っててくれと言ってるんだ。こうなると重くてね、腕が辛くて、がはははははは」

「はぁ……かしこまりました……」


 俺はカゴから1コインだけ摘まみ上げる。


 いや、待てよ、闘技場でも盛大に賭けてみるかな、はははは。


 俺はコインを両手でわし掴み、闘技場へと向かった。


 その時、離れたところで2人組の大男が俺を見ながら、ヒソヒソしゃべっている。


 なんだ、あいつら……。


 ふと振り返ると、レース場の赤ネクタイが俺を指さし、白髪の偉そうな人とヒソヒソ話していた。


 ……まさか……。


 俺はショックと共に悟った。


 俺が不正をしたと疑ってるのか?


 ……そうだよな、あのヒソヒソな感じ……バカな、俺にどうやったらできるっていうんだ……。


 ……しかし、疑うのも無理はない……。


 ふと、視線を感じ、周囲を見渡した。


 ……やばい!


 離れているが、大男たちが俺の周りに集まっている!


 そして皆が俺を見てきている!


 疑われてる!


 俺は、勝ちすぎてしまったんだ!


 やばい!


 怪しい奴は片っ端から拷問する、とかなんか、聞いたぞ!


 不正のやり方をカジノ側は探してて……マフィアに頼んで、吐かせてもらってるとか、聞いたぞ。


 ……もう、やめて帰ろう……。


 踵を返し、レース場に戻る。


 逃げよう、何も悪いことはしてないが、もう駄目っぽい……。


 スライムレース場の赤ネクタイの肩を叩き、


「やぁ、こんにちは?」


 しまった、なんか話しかけるのが、たどたどしくなってしまった。


「ああ、お待ちしておりました。今からレースが始まりますよ」

「ああ……それなん――」

「――あなたが、先ほどから勝ち続けているお方ですか?」


 近くに居た、白髪の偉そうな人が話しかけてきた。


「えっ……ああ……そうですが……」


 誰だろう、多分見た目からカジノの偉い人だろうけど。


「すばらしい幸運が続きますね」

「ははは……ホントに……なんででしょうかね……」


 その時、ファンファーレが鳴り響く。


 スライムたちがゲートに入り、レッドシグナルが点灯した。


「しまった! ちょっと俺の掛け金は?」

「ご心配いりません。言われました通り、きちんと1-2にお賭けいたしました」


 赤ネクタイが微笑む。

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