第6話


 勝つ前に何をしたっけ……。


 まずモンスター闘技場で賭けたよな。それからレースに賭けたんだ。


 よし、賭けにいこう。


 俺は、闘技場に行き、何でも良いから1コイン賭けた。


「FIGHT!!」


 赤蝶ネクタイが叫び、戦闘が始まる。


 化け猫と化け狐の戦いは、熾烈を極めた。


 手に汗握る戦いの後、俺が賭けた化け猫は辛勝する。


 ははは、9コイン帰ってきたぞ


 やったやった。


 俺は、スキップして再びスライムレースに戻ってくる。


 これでゲン担ぎはバッチリ、あとはここでも勝ったら良いだけだ。


 俺はカゴを強く握り、84枚のコインの重さを確かめるように上下する。


 さて、レースのオッズは……あれ?


 ……1ー2が、やっぱり、うっすら光って……。


 瞬きして、よく見ようとすると、再び光は消えていた。


 ……今度も1-2複勝に賭けるか……。オッズは2倍だ。


 今度も15コイン……。


 いや、全部いこう。


 84枚、全部賭けるぞ。


 前もそうだっただろ。


 ここで勝負を決めてやる!


 この一勝負に賭ける!


 カゴから賭けるコインを取り出し、赤蝶ネクタイに渡した。


 ……よし、あとはレースを待つだけ。


 ……。


 ……さぁ、これで、これで帰れる、はず……。


「さぁ、レースが始まります!」


 赤い蝶ネクタイの声が響いた。


 ファンファーレが鳴る。


 大丈夫。ゲン担ぎは、ちゃんとやった。


 今度も行ける、きっと行ける!


 5匹のスライムがゲートに入って行く。


 俺の賭けた1番の緑のスライムは、他のより頭上のにゅるんとした角の分だけ高く、跳んでいた。


 そして2番のピンクのスライムは、緑のスライムの頭のにゅるんとした角の分だけさらに高く、跳んでいる。


 皆がゲートに入り終わった。


 レッドシグナルが点灯。


 ふたつ、みっつとレッドシグナルが全て点灯。


 少し間をおいて、グリーンシグナルが点灯する。


 瞬間、僕は目を瞑り、神に願った。


 もうレースで頑張るスライムを見てる暇ない。


 神だ。


 神頼みだ!


 あと1回、勝たせてくれと、ただ祈る。


 その耳に、赤蝶ネクタイの声が通り過ぎて行った。


「さぁ、レースも中盤! リードしているのは1番、緑。並んで2番、ピンクの2匹。続いて3番、オレンジと続く!」


 おおっ、良い感じだ。


「おぉっと1番、緑、2番、ピンクの2匹が早くもスパートをかけた! 後ろに続く!」


 おいおい、これは……スタミナ切れパターンじゃないよな……。


「3番、オレンジもスパート! レースも後半に入った! 5番、黄色も続く!」


 ま、まだ、安心できないぞ……がんばれ、1ー2……。


「レースも残りわずかだ! さぁラストスパート! 1番、緑、2番、ピンクの1位争いが苛烈する! 3番、オレンジが迫る! 勝負はどうなる!」


 ……そのまま……そのまま行け……行ってくれ!


 俺は目を開いた。


「ゴー――――ル!」


 開いた瞬間、俺の目の前で、緑とピンクが同時にゴールする姿が飛び込んでくる。


 わなわなと、体が震え出し、止まらなくなる。


 当たった……。


 脚に力をこめ、ショックで、なんとか倒れそうになる体を支える。


 コインを取りに行かないと……。


 赤蝶ネクタイは、ラックから次々にコインを取り出し、俺に手渡していった。


 カジノの音が、何も聞こえなくなる。


 168枚のコインを受けとり、カゴに入れた。


 山盛りのコインを見ると、生まれてから経験した事のない、安堵感と幸福感に包まれる。


 極度の興奮からか、呼吸をするたびに背中が痛くなった。


 まもなくして周囲の音が聞こえ始め、我に帰った時、俺は一目散にレース場から離れる。


 金に換えないと。


 合計168枚のコイン。


 換金すれば、金貨10枚と銀貨8枚。


 これで……取り戻せた……。


 それどころか、銀貨2枚プラスだ。


 ははは、これで帰れる。


 換金所へと向かう。


 さぁ帰ろう、カジノから出よう! やっと出れる! 指輪を売ったかいが――


――ハッと気づき、足が止まる。


 指輪の分を取り返してない……。


 ……指輪分を入れると、いくらになるんだ……。


 あと金貨1枚分。


 買い戻すのに、売った時と同じ金貨1枚じゃないだろう。倍ぐらいで売られてるのが普通……


 ……コイン200枚はほしい……。


 もっと金が要る……。


 ……もう1回、勝つ必要あるのか……。


 ……もう1回……。


 指輪を取り戻して、元通りにするためには……もう1回……。


 ぐっと脚に力を籠め、目の前の換金所に背を向ける。


 すると心の中で、声が響いてきた。


 もうやめろ、幸運がそんなに続くわけあるか。指輪の事はあきらめるべきだ。


 これは理性の声だろう。


 レース場へと戻る俺の足が、重くなる。


 もうこれだけ取り戻せたら、無事に帰れる、妻と子の元へ行くために、早くカジノから出るんだ。


 ……この声の、言う事を聞いた方が良い。


 ここで、また失う羽目になる、だけになるかもしれないんだから。


 でも、指輪が……。


 もう1回、だけなら、勝てるかもよ。


 駄目だ、駄目だ。


 今までそうやって、何回痛い目にあってきたんだ。


 何言ってんだよ、今の俺はツイてるんだ。まだ幸運は続いているんだぞ。


 ……これは何の声だろう……。

 

 ……俺に、ギャンブルする勇気をくれる……。


 レース場へと戻る俺の足が、軽くなる。


 ……あと1回だ……1回勝てば、本当にこれで終われる……。


 必ず勝って指輪を取り戻してみせる!


 レース場へと馳せ戻る。


 さぁ、何に賭けようかというところで、


 おっと、ゲン担ぎをちゃんとしとかないと……。


 思い出した。


 やっとかないと負けてしまうところだった。


 モンスター闘技場に駆けて行く。


 何ても良いから1コイン賭けて戻ろう。


 闘技場では、次のバトルの対戦モンスターである、オオネズミとオオガラスが闘志を燃やして待機していた。


 どっちでも良いや。


 俺はオオガラスに1コイン賭けた。


 試合が始まるのを待とう。


 闘技場を見下ろ観客席の一番端に腰を下ろし大きく息を吐く。


 今まで、興奮しっぱなしなのが、少し落ち着いた。


 ……急に当たりだしたな。これが波と言うやつか?


「FIGHT!!」


 赤ネクタイが試合の始まりを告げた瞬間、オオネズミは飛び掛かる。


 良いね、早く勝負を決めてくれ。


 グダグダしてたらせっかくのツキが逃げてしまう。


 試合は、オオネズミの猛攻に、オオガラスが踏ん張り、なかなかな長期戦になった。


 死闘の末、オオネズミが勝利。


 よし、スライムレースだ。


 今度も1ー2が光って見える。


 レースのオッズを見たら、2倍だった。


 1ー2複勝に、40コイン賭ける。


 これで勝ったら、指輪代も取り返せて帰れる……。


 1番も2番のスライムも、とくに特徴もない、普通のスライムだ。


 がんばれ、君らに賭けたぞ。


 俺は心の中で、1番と2番のスライムに声援を送った。


 さぁ、あとは待つだけだ。


 他にゲン担ぎで、する事はないよな……。


 よし。今まで怖くて目を瞑ってたけど、今度ばかりは大声であいつらを応援してやろう!


 しばらくしてファンファーレが鳴り響き、スライムたちがゲートに入る。


 レッドシグナル点灯。


 ふたつ、みっつ、少し間をおいて――この間が今回は酷く長く感じた――グリーンシグナル。


 レースが始まった。

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