第5話


 俺はカジノを後にした。


 騒がしい店内から、夜空の星がきらめかない外に出る。


 ゆっくりと宿屋へと帰った。


 そしてベッドに寝転ぶ。


 天井を見上げた。

 

 目の前には、ただ絶望があるだけだった。


 今では、帰る旅費も、帰ったとしても返す金もない。明日からの食費も何もない。


 俺は、なんとか、どこかに住み込みで働かないといけない。


 それで、コツコツと貯金して、そしてまた……。


 いつかまた、故郷に……。


 ……いつになるんだ、それは……。


 金貨10枚を貯めるなんて、いつになるんだ……。


 ボロボロの結婚指輪をさする。


 待ってくれるのか……またギャンブルでバカをした俺を……。


 後悔と自責の涙があふれてくる。


 ……。


 罠にかかったモンスターになった気分だ……。


 今の俺にできる事は何だ?


 罠にかかったモンスターにできる事は何だ……?


 この罠から逃れようと、暴れまくる。


 ……そしたら罠がさらに食い込んでしまった……。


 もう食われるのを待つしかない?


 あきらめずに必死で必死でも罠が食い込んでも、暴れまくるか?


 必死で必死で……。


 ……もう、失うものなんてない。


 故郷に戻れないのなら、もう生きててもしょうがない……。


 生きてる意味なんてないんだ。


 結婚指輪をさする。


 俺はベッドから跳ね起きた。


 宿屋から飛び出し質屋の扉を勢いよく開く。


「結婚指輪かい?」


 しわがれた声の、しわくちゃの爺さんは目が悪いのか、じっくりねっとり指輪を見て、尋ねてきた。


「ああ、はい……」

「……金貨1枚だね……」

「わかりました……」


 結婚指輪を売り飛ばした。


 俺の手の中に、金貨1枚が握られる。


 ……一か八か、だ……。


 金貨1枚で、金貨10枚と銀貨6枚を取り返す!


 心臓は鼓動を早めた。


 息は忙しくなる。


 脳が、その考えの成功イメージを浮かべるのを止めれない。


 もし、これで勝てば、何もかもなかったことになって、帰れるのだから。


 この絶望が、綺麗さっぱり無くなるんだ!


 賭けよう、俺の人生を、この金貨1枚に!


 俺はカジノの扉を力いっばい勢いよく開け、中に入る。


 心臓がの鼓動は激しくなる一方だった。


 キャッシャーに向かう


 もし負けたら……。


 キャッシャーを前に、急に、そんな思いがよぎる。


 その強さに、喉が詰まったように息ができなくなった。


 手の中の、金貨を見つめる。


 もし負けたら……?


 脳が、失敗イメージを浮かべるのを止めれない。


 首を吊ってる自分の姿が浮かび上がってく止められない。


「はぁぁぁ、ふぅぅぅぅ」


 俺は深呼吸をした。


 ……違う。


 違うだろ。


 もし、ここで取り戻せなければ、妻にもジーナにも会えないんだ……。


 もし負けたら、の、その解答はない。


 額に汗がにじみ出る。


 手の平と背中はびっしょり濡れていた。


 もし負けたら、の先は、勝つこと以外、ないんだ。


 激しい不安と、破裂してしまいそうな高揚の中、キャッシャーへと向かう。


 16枚の中コインに変えると、俺は、突っ立ってカジノ内を見渡した。


 カジノ内は、何も変わっていない。


 俺を惑わした音も、そのまま。


 スロットマシンのレバーの、ルーレットの球が転がる、ボーイのコール、そして、何千ゴールドが立てる景気の良い響き。


 と、左側にある、モンスター闘技場の冷たそうな檻に目が行った。


「世界中のモンスターが激突する、手に汗握る格闘場はこちら!」


 ここでも、赤い蝶ネクタイの男が大声を張っている。


 声に交じって、モンスター達の吠える声が聞こえてくるな……。


 そうだ。スライムレース以外に、1回やってみようか。


 スライムレース以外もあるんだ……やったらうまくいくかも……。


 俺は檻に近づき、眼下に広がる闘技場を見渡した。


 5メドールくらい下に、円型のフィールドがある。大きな鉄の扉が付いた登場口が2つ、対角にあった。


「さぁ、まもなく次の勝負が始まります、張った張ったぁ!」


 モンスターは、一角ウサギと一角狸の勝負だ。


 どちらも体格は同じ、気合も十分。


 俺は直感で、一角狸に1コインだけ賭ける。


 すぐに、戦闘が始まった。


 赤蝶ネクタイが、


「FIGHT!!」


 の声と共に、一角ウサギが体当たりを繰り出す。


 不意を突かれた一角狸が突き飛ばされた。


 しかし一角狸は、すぐに体制を立て直し、一角ウサギに向かって突進していく。


 そのまま体当たりを仕返した。


 が、一角ウサギは、ひらりと身をかわし、無防備な一角狸の背中に、角を突き刺す。


「ギャーーーーン!」


 一角狸は悲鳴を上げ、跳び退っていった。


 そこへ、一切の猶予も与えない一角ウサギの猛攻が加わる。


 強烈な体当たりに、一角狸が突き飛ばされていった。


 今度は、体勢を立て直すこともなく、一角狸は気を失って倒れてしまった。


「いやー残念でしたね」


 赤い蝶ネクタイの男が話しかけてくる。


「次の試合も挑戦しますか?」


 と尋ねてきたので、


「いえ、良いです」


 と言って、後にした。


 まったくもって、幸先の悪い……。


 ……やんなきゃよかった……。


「よし行けぇぇ!」

「ノロマーー!」

「頑張ってぇ!」


 スライムレース場に近づくと、そんな懐かしさも感じる声が聞こえてきた。


 さぁ、気を取り直そう。


 15枚のコインの重さを確かめるように、上下する。


 これからが本番だ……。


「さあ、次のレースが始まります!」


 レース場の端にある穴から、5匹のスライムが出てきた。


 ちょうど始まるところだ。


 ぴょんぴょん跳ねて、レース場を一周するスライムたちをよく見る。


 ……いや、もう見るのはやめた……。


 やっても無駄だ。


 何回、目を見てとか、そんな無駄なことしたあげくに負けてるんだ。


 あれ?


 ……1ー2が、なんか、うっすら光ってる?


 瞬きすると、光は消えていた。


 気のせいか……。


 ……1ー2複勝、倍率5倍か……。


 よし、1ー2複勝にしよう。


 考えても無駄だ。負ける時は負ける。


 何コイン賭けようか。


 よし、15コイン、全部賭けよう。


 ちまちまなんてやっていられるか!


 俺は男だ!


「さぁ、レースが始まります!」


 赤い蝶ネクタイの声が響いた。


 ファンファーレが鳴る。


 5匹のスライムが緊張した面持ちで、ゲートに入って行った。


 俺の賭けた1番の緑のスライムは、とくにぴょんぴょんすることもなく、スッスッとクールに、滑るように進んでいる。


 そして2番のピンクのスライムも同じく、とくにぴょんぴょんすることもなく、スッスッとクールに進んでいた。


 皆が入り終わると、レッドシグナルが点灯する。


 ふたつ、みっつとレッドシグナルが全て点灯し、グリーンシグナルが点灯、レースが始まった!


 反射的に目を瞑ってしまう。


 見ていられなかった。


 ただ、目を閉じ、身をすくめる思いで、結果を待つ。


 ああ! ムカつくような不安に居てもたってもいられない!


「さぁ、レースも中盤! リードしているのは3番、オレンジ、頭一つ抜けている。続いて5番、黄色。4番、青と続く」


 赤い蝶ネクタイの声がした。


 1-2は!?


「さぁ、4番、青がスパートをかけた、どんどん先頭に近づいていく!」


 1-2、1-2……1-2……。


「レースも残りわずかだ! さぁラストスパート! 4番、青と3番、オレンジがリードする展開!」


 1-2……1-2……1-2はどうした……もう、駄目なのか……。


「おおっと、ここでレース後方から1番、2番がとんでもない勢いで巻き返してくる!」


 ……えっ?


「早い、ごぼう抜き1番、緑が、ここに来て先頭に立った。続いて2番、ピンクがすぐ後を追いかける!」


 ……来てる!? なんか来てる!?


 俺は目を開いた。


「ゴー――――ル!」


 開いた瞬間、俺の目の前で、1番、緑が先頭でゴールする光景が飛び込んでくる。


 そして、その後すぐを2番、ピンクがゴールした。


 わなわなと、体が震え出す。


 当たった……。


 脚に力を籠め、ショックで、なんとか倒れそうになる体を支える。


 もはや、倒れないようにするので精一杯だ……。


 蝶ネクタイおっさんが、払い戻しを始めている。


 コインを取りに行かないと……。


 俺は、なんとか75枚のコインを受けとった。


 手の中に山盛りのコインが……。


 ぷるぷる震える手を押さえ、ゆっくりと、精神を落ち着かせるために深呼吸をする。


 素晴らしい気分を味わいながら、空気を肺に送り込んだ。


 そして、しみじみと手の中の75枚のコインを眺める。


「どうぞ、おつかいください」


 赤蝶ネクタイが、カゴを差し出してきた。


「ありがとう」


 俺は、なんとか気持ちを落ち着かせながら、コインをカゴを入れていく。


 しっかりしろ。


 自分は金貨10枚と銀貨6枚、コイン166枚のマイナスなんだ。


 つまりあと91枚のコインを、取り戻さなくてはならない。


 もういっぺん勝たないと……。


 しかし、また負けて、絶望の中に沈みこむのは御免だ……。


 でもやらないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る