第4話


 手に持ったカゴに入ったコインを見つめる。


 手にずっしり、160枚のコインの重みがあった。


 金貨10枚すべてを中コインに変えた。


 心強い弾丸だ……。


 これだけあれば、絶対勝てる。


 勝つのに1番必要なのは、弾丸だ。


 これだけの資金があれば、どこかの時点でツキに恵まれ、連勝できるぞ。


 たった銀貨6枚、取り戻せば良いだけだ。


 もう勝利は揺るがない。


 今やってるレースが終わり、新しい5匹のスライムが入場してくる。


 ……今度は、目だ……目で判断しよう。


 レース場を半周するスライムたちの目を、目を凝らして見ていった。


 オレンジの目の色が違う。


 こいつはやれる。


 あと、黄色だ。こいつも良い目をしてやがる。


 よし。


 俺は3ー5の複勝に、1コインを賭けた。


 倍率は、2倍。


 待て待て、1コインだけなんて、やめよう。


 160枚のコインの重さを確かめるように、俺は左腕を上下した。


 もう2コイン追加で、3ー5、に5コインを賭けた。


 俺は、金を取り戻した瞬間に、カジノを後にする自分の姿が思い浮かべられる。


 取り戻した金を、カジノの隅にある窓口で、きっかり元通り取り戻し、カジノから去る。


 その喜びはどんなにすばらしい喜びだろうか。


「レースが始まります!」


 ファンファーレが鳴り響いた。


 スライムたちがゲートに入っていく。


 俺のスラちゃんたちの、狼のような目は健在だ。


 グリーンシグナルが点灯。


 一斉にスライムが走りだした!


「がんばれ、スラちゃーん!」


 俺は力の限り叫んだ。


「スラちゃーん、行け―! 俺の声援も力に変えてくれー!」


 そんな俺を見て、


「スラちゃんって、全部スラちゃんだろ……」


 となりの若い男が呟いていた。


「さぁラストスパートです!」


 黄色とオレンジのスライムがスパートをかけ、アッという間に他のスライムらを抜き去っていった。


「行け―、スラちゃーん!」


 叫ぶ俺の目の前で、


「ゴーーール!」


 黄色のスライムが、飛び跳ねる。オレンジも、その横に来て飛び跳ね始めた。


「1位、5番。2位、3番です」


 あ……当たった……。


 コインを取りに行くと、バニーガールが当たり前のように、俺の手に、10コインを手渡してくれる。


 これで損失は……マイナス1コイン……か……。


 くそっ、もっと賭けときゃよかった。


 160枚のコインを持っておきながら、今までの少ないコインしかない時の感覚のまま、やってしまった。


 ……1コインの損失で終わるべきか……。


 ……何を考えてる……。


 そんなの、決まってるじゃないか。


 ここまで来たら、何の損失もなしに出て行かなければ!


 損失0にするんだ!


 そうしないと帰れるか、あと一歩なんだ、あと一歩、1コイン足りないだけなんだからな。


 次のレースの、スライムたちが入場してくる。


 よし、やるぞ。


 勝つ前に何をしたっけ……。


 たしか、160枚のコインの重さを確かめるように、上下してから、賭けたよな。


 よし。


 俺は左腕をブンブン上下させる。


 このゲン担ぎをやっていれば、当たるんだ。


 そして次も目だ。目を見るんだ。そしたら当たるんだから。


 俺は、レース場を回っているスライムたちを見つめた。


 ……あいつだ。


 良い目をしてやがる。


 ……青色のあいつに決めた……。


 俺はあいつの単勝は、倍率は、3倍。


 俺は5コインを賭け、レースの始まりを待つ。


 大丈夫、あの目を見ろ。


 絶対勝つ。


 ファンファーレが鳴り、いつものようにレースが始まった。


 もう見慣れたもんだ。


 レース中は、叫びもしない。


 もう落ち着いたもんだ。


 レースも終盤にさしかかり、あっという間にレースが終わった。


 俺の青はビリだった。


 あれ?


 負けた……。


 やる前の損失に戻ってしまった……。


 ……まぁ……こんな事もあるだろう……。


 問題ない。


 いつもなら、ここで弱気になってしまうだろう、俺の事だから。


 しかし、今の俺の中には軽い緊張があるだけだった。


 それもこれも、この160コインの重みのおかげだ。


 これだけの資金があれば、負け分なんてすぐに取り戻せる。どこかで1回、2回当たれば良いだけなんだから。


 変わらず、目に注目だ、目だ目。そして、今度は顔つきも見よう、さっきのは思えば少し悪かった。


 次のスライムたちが入場してくる。


 よーーく見る。


 よーーく見て、俺は黄色と赤に決めた。


 160枚のコインの重さを確かめるように、上下してから、倍率6倍の複勝に5コイン賭ける。


 レースが始まった。


 俺の黄色と赤は……2位と3位だった。


 青に巻き返されてしまった……。


 こんな事もあるさ。


 俺の自信は揺るがない。


 一度に5コインずつ賭けて行けば、このずっしりするコインが無くなることはあり得ない。


 大したことはない、11コイン取り戻せば良いんだから。


 残り155コインもあるんだ。


 負けるなんてありえない。


 負け分取り戻す方が先に決まっている。


 この方法でやって行けば、良いだけだ。


 いつものファンファーレが鳴り、次のレースが始まる。


 負けた。


 次だ次。


 ファンファーレが鳴り、次のレースが始まる。


 負けた。


 次だ次。


 これが10回続いた。


 11回、連続で負けた?


 そんなバカな……。


 残り105コイン。


 次のレースのスライムが入場してきた。


 ……ここからは、賭けるコインを増やそう。


 そうしないと、勝っても負け分を取り戻せない。


 次のレースのスライムが入場してきた。


 10コインを握り締める。


 よーーーーく、見極めろ。


 今回は勝負だぞ。


 ……オレンジ……お前だな……。


 そして、ピンク、お前か。


 2ー3の倍率は4倍。


 よし、賭けに行こう。


 ……。


 ……ははは。


 なんてこった……。


 10コイン賭けたのを後悔した。


 はははははははは。


 ははははははははははははははは。


 勝った。


 やったぞ、勝った。


 40コインを握り締める。


 135コインに戻った。


 くそっ、もっと賭けておけばよかった、後悔しかない。


 勝つ前に何をしたっけ……。


 そうだよ、もっと大きく賭けよう。


 ケチな真似はやめだ。


 10コイン行こう。


 前も10コインで買った。10が俺のラッキーナンバーという事なんだ!


 このゲン担ぎをやっていれば、当たるんだ。


 ここで勝ったら、そのまま損失分を取り戻して、いや、それ以上になって、カジノを後にできる。


 次のレースに入場してきたのスライムを見極め、手に10コインを持って、3ー5に賭けに行った


 ……。


 ……負けた。残り125コイン


 こんな事もある、次だ次。次も10コイン。


 ……ううう、くそっ負けた。残り115コイン。


 次だ次。


 ……つ、つつ次、次だ。残り105コイン。


 次は必ず。と、それから3回続けて負けてしまった。残り75コイン。


 俺は、どうして良いかわからなくなった。


 ……取り戻さないと……。


 ……。


 ……負け。残り65コイン


 ……負け。残り55コイン


 ……負け。残り45コイン


  倍率の低いのに行こう。当たりやすいはずだ。ちょっとずつでも、取り戻さないと……。


 ……残り35コイン。


 ……残り25コイン。


 ……25コイン……?


 俺は、コインの重さを確かめるように、左腕を上下した。


 すごく軽くて、上に飛んでいき、ポンポンお手玉するみたいになる。


 ……負け。残り15コイン。


 ……負け。残り5コイン。


 胃の中が蠢く、手の平がベトベトになっていた。


 掛け金を1コインに変えた。

 

 もはや、施す術なんてなかった。残り4コイン。


 もう対策を考える気さえなかった。残り3コイン。


 もうレースさえ見る気もない、目を瞑って終わるのを待つ。


 あ。


 勝った。残り8コイン。


 何したっけ、目を瞑ってたっけ。ゲン担ぎに同じ行動をしよう。


 負けた。残り7コイン。


 駄目だ。残り6コイン。


 分かっていながらどうすることもできない。5コイン。


 なんとか当てるしかない。4コイン。


 俺は、ピンクに賭けた。


 ラインハットで待っている、妻と娘の、好きな色だ。


 あ。


 勝った……。残り6コイン。


 この調子で。


 勝つ前に何をしたっけ……。


 妻と娘の、好きな色だ。


 ピンクに賭けよう。


 あ。


 ははは、勝った……。


 ああ、勝った勝った。残り8コイン。


 この調子で。


 この調子で。


 ああ、負けた。残り7コイン。


 次、次。


 ああ、負けた。残り6コイン。


 次、次。


 ああ、なんで、なんで。残り5コイン。


 ああ、なんで、なんで、なんで、なんで……ピンク、どうした……。残り4コイン。


 3。


 2。


 1。


 ……俺は、最後の1コインを、1-2に賭けた。


 妻と娘の、好きな色のピンクと、俺も好きな色の緑だ……ははは……。


 倍率は2倍。


 当たっても2コインになるだけか。


 レースが始まり、1番緑は3位。2番ピンクは6位だった。

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