第2話


 どのフロアも人がいっぱいだ。


「よし行けぇぇ!」

「ノロマーー!」

「頑張ってぇ!」


 すぐ隣で、歓声が上がる。


 スライムレース場だ。


 盛り上がっているらしい。


 ちょっと見に行ってみよう。


 低い石垣に囲まれた、人間なら10秒で走れる直線のレース場を、こいつらは一生懸命跳ねて、50秒くらいでゴールする。


 5、60人の男女が、「がんばれ」との応援や、「何やってんだノロマ」との罵声を上げていた。


 近寄って見てみる。


 1番、緑。

 2番、ピンク。

 3番、オレンジ。

 4番、青。

 5番、黄色。


 どこで捕まえてきたのか、色とりどりのスライムがぴょんぴょん跳ねていた。


「さぁラストスパートです」


 髪をキッチリ七三分けに決めた、白いワイシャツ、赤い蝶ネクタイの中年男が叫んだ。


 レースも、のこり5分の1になって、いっきにスライムたちがスピードを上げる。


「おおっ良いぞ良いぞ、オレンジ」

「もうっ、黄色、踏ん張りなさいよ」


 黄色のスライムが先行していたレースだったのが、一気に様子が変わった。


 2位3位の緑とピンクが、ともにスピードを上げ黄色を抜き去っていく。


 しかし、それ以上に、ビリだったオレンジだ。


 とんでもない速さで全員を抜き去っていった。


「ゴーーール!」


 オレンジのスライムが、飛び跳ねて勝利したことを観客にアピールする。ピンクも、その横に来てはアピールしだした。


「1位、3番。2位、2番です!」


 色白の超細面長顔の奴が大笑いしながら、大量のコインを受け取っている。


 良いなぁ、たまらんなぁ。


 ああギャンブルがしたくてたまらない。


 体の中で、なんかがうごめきだしている。胃が、手先へと、何かが……。


「さあ、次のレースが始まります!」


 レース場の端にある穴から、5匹のスライムが出てきた。


 ぴょんぴょん跳ねて、レース場を一周しだす。


 逆に、レースを終えたスライムたちが穴から中へ帰って行った。


 客たちが、張り始める。


 ……どうしよう……。


 コイン1枚を握り締めた。


 ……どれに賭けるかな……。


 ……。


 ……決めた。


 俺はコインを、1の単勝に賭けた。


 みぞおちに、ぞくぞくする熱いような冷たいような感覚が起こる。


 それが全身に広がっていった。


 ……。


「さぁ、レースが始まります!」


 赤い蝶ネクタイの声が響く。


 ファンファーレが鳴った。


 5匹のスライムが緊張した面持ちで、ゲートに入って行く。


 俺が賭けた1番の緑のスライムが、一番最後にゲートに入った。


 皆が入り終わると、レッドシグナルが点灯する。


 ふたつ、みっつ。とレッドシグナルが全て点灯し、少し間をおいてグリーンシグナルが点灯された。


 一斉にスライムが走りだ――


――あれ?


 出してない!?


 俺の賭けた、1番のスライムが止まったままだ!


「おいどうした、あのスライム」

「なによ、あいつ! 私、賭けてたのに……」


 回りも戸惑っている。


 と、1番のスライムが緑の体をぷるぷるさせて石垣に向かって体当たりしだした。


 なにを……やっているんだ……?


「ああ、1番は何か調子が悪い様です、レース失格となります」


 赤い蝶ネクタイが、残念そうに言うと、網で暴れているのを捕まえ、係員に渡した。


「さっ! レースは4匹の戦いになった!」


 赤い蝶ネクタイは、気を取り直して実況を開始する。


 えっ終わり。


 ぽかん、としてしまった。


 ぽかん、といしてる俺を放っておいて、4匹の白熱したレースが続いていく。


 赤い蝶ネクタイがレース結果を告げる熱い声が響いてきた。


 ささやかなショックが走る。


 クレームを付けたかった。


 こんなのじゃ、ギャンブルした実感すらないじゃないか。


 あっという間の出来事。


 なのに、大事な銀貨が消えてなくなっていった!


 詐欺にあった気分だ、ひったくりにあった気分だ、親の訃報を聞いた時の感覚に似ているぞ、この疾走する悲しみは!


 立ちすくんでしまう。


 損は覚悟していても、頑張るスライムを応援して、しばらくそれなりに楽しめるつもりでいたってのに。


 むしゃくしゃして、ポケットに手を突っ込みキャッシャーへと急いだ。


 大丈夫。


 損は、他で埋め合わせたら良い。


 2、3日くらい、食べないでも行ける。水なら川で飲み放題なんだしな。もしくは1日分を2日に分けたら良いだけだ。


 いやいや、何言ってるんだ。違う違う、これから勝って埋め合わせるんだ。


「いらっしゃいませ、ここはコイン売り場です」


 バニーさんが、笑顔で定型句を言ってくる。


「何枚お求めになりますか」


 ポケットの財布を取り出し、


「えっと」


 中身を鷲掴みにする。


 1枚で、と言おうとしたら、


「銀貨5枚ですね、では中コイン5枚になります」


 バニーさんはラックから、コインを5枚、白くて細い指でつまみ取った。


 それを俺の前に、一目で何枚かを確認できるように、コインが5枚重なったのを横にずらす。


 俺は、慎重に銀貨5枚を渡し、コイン4枚を左手で握り締め、1枚を右手で握り締めた。

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