少し食べる分を我慢すれば

フィオー

第1話


 いったい何で、借金などしてしまったのか。


 ギャンブルで背負った借金だらけの俺に愛想を尽かし、妻も子供を連れて去ってしまった。


 あれから故郷を離れ、今まで働いてきた。


 傷だらけの結婚指輪をさする。


 これが、俺の心の支えだった。ずっと身に着けて、辛いときは指輪を見て気力を回復させた。


 俺は、懐に入っている金貨10枚が入った、重い重い袋を、ぎゅっと掴む。


 俺は、背負った借金の、利子含め、金貨10枚。ピッタシ稼いだ。働いて働いて、節約して節約して、やっと貯まった金貨がこれだ。


 肌着の中に、しっかり体に括り付けて、寝る時は一緒に抱いて寝て、肌身離さず持ち歩いている。


 この金を返せば、俺は妻と子供とも一緒に住める。


 妻も、そう約束してくれた。


 手紙の中に、ジーナも俺に会いたがっていると、書いてあった。


 あれから8年、この前10才になった。


 ああ、愛するシモーナ、愛するジーナ、父さんはもうすぐ帰るよ。


 帰ったら、職も、なんとか探そう。


 欲を言わなければ、何かしら働き口はあるはずだ。


 今日は、ここに泊る。


 故郷までは10日ほどで着くだろう。


 まだ遠い……でも半分まで来た。


 故郷を見る日も近い。


 ああ、それにしても腹が減ったな……。


 宿屋の簡易なベッドに寝転んで、天井を見た。


 借金返済のために、この金貨には手は付けられない。


 返済分の余分に出た少ない金で旅をしなければならない。


 今日は朝に少し食べたきりだ。


 ポケットから、財布を取りだす。


 残り銀貨6枚。


 旅費としては、ギリギリだ……。


 僕は宿屋から出て、大通りに出た。


 曇りで、月明りもなく外は真っ暗だ。


 食料店は、どこだ?


 次の街までの食料を買わないといけない。


 見渡す俺の目に、通りの突き当りにあるカジノが、夜の闇の中で煌びやかに輝いている姿が飛び込んできた。


 懐かしい、ここのカジノにも来た事がある、前と何も変わってない。


 そうだ。


 カジノの近くにあったな、思い出した。


 人ごみ溢れる大通りを、カジノに向け歩き出す。


 近づくと、嫌でも楽しそうな音が響いてきて耳に入ってきた。


 様々な音の集まりだ。


 スロットマシンのレバーの、ルーレットの球が転がる、ボーイのコール、そして、何千ゴールドが立てる景気の良い響き。


 脚が勝手に立ち止まった。


 だめだだめだ……。


 節約しなくちゃならないんだ。


 残り銀貨6枚。


 ……宿泊費と、10日分の食料、今日の夜食も買って、とそうしたら、1枚も余らないんだ。


 カジノから景気の良い音が、響いてくる。


 それが外まで聞こえてくる、のはわざとか?


 わざと聞かして、呼び込もうとする策略か?


 俺は、カジノの入り口へと踵を返した。


 見学に行くだけ。


 賭けなんかしない。


 それでも入口へと向かっていると、何か、やましい気分になって、ポケットに手を突っ込んだ。


 そうすると、手が、無意識に、ポケットの中の銀貨を握ってしまう。


 少し観光をしてもばちは当たらない。


「いやー、今日は勝たせてもらったなぁ」


 入口の前に居た上機嫌なおっさんが、大きな独り言をつぶやいている。


「ギャンブルはやっぱり引き際が大事だな」


 どうやら、勝ったらしい。


 そうだ。


 せっかくカジノに来たっていうのに、1枚も賭けずに帰れるか。


 ……銀貨1枚だけなら。


 銀貨1枚だけなら、たとえ負けても、ちょっと食べる分を我慢すれば、大丈夫だ、我慢できる量だぞ。


 まぁ……負けたら、今日は飯抜きだな。


 でも勝ったら、今日はごちそうにできる。


 俺は、いくらなんでも、困窮しているからといっても、そこまで落ちぶれてはいない。


 1枚、捨てに行くつもりで、一発やろう。


 俺は、意気揚々と、両側を噴水で飾っているカジノの入り口を通り抜けていった。


 中に入ると、その広さに圧倒される。


 敷居もない、どでかいワンフロアのカジノ。


 高い天井。何台ものシャンデリアが室内を照らしていた。


 敷石の上には、各フロアへの道を示すように赤絨毯が敷かれている。


 すぐ横にスライムレース場、その奥には沢山のスロットが列になって並んで、その奥はバーになっていた。


 そのバーの横には、踊り子がステージの上で踊っている。


 ここからでも、色っぽい踊りが見えた。


 ……酒飲みながら、近くで見たいなぁ……。


 もし勝ったら、そうしよう。


 久々の酒をあおって、踊りを特等席で見よう、ははは。


 左には、モンスター闘技場、そして左隅に換金所だ。 


 どのフロアも人がいっぱいだ。


「ようこそ、カジノへ」


 すぐ横に居たバニーさんが笑顔で出迎えてくる。


 白い巨乳に目が自然に行ってしまった。


「ここではコインしか使えません。キャッシャーでコインを買ってくださいね」


 大きな胸を寄せ、笑顔でキャッシャーの方を指し示した。


「どうも」


 巨乳に別れを告げ、指し示されたカウンターに向かう。


「いらっしゃいませ、ここはコイン売り場です」


 カウンター越しにバニーさんが、笑顔で俺に言った。


「中コイン1枚、銀貨1枚からですが、何枚お求めになりますか」

「1枚で」

「ありがとうございました。ご幸運をお祈りしていますわ」

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